教えるもの
前回、藤丸は安芸の寺へ迎えを出しました。二日の道を、四日か五日で戻る手はずです。
今回は、その戻りの日です。時は天文十八年(一五四九年)六月の半ば過ぎ、梅雨のさなか。視点は藤丸。
二年のあいだ文だけを交わしてきた二人が、初めて顔を合わせます。ただし、その者が何をする者なのかは、まだ誰にも分かっておりません。
六月も半ばを過ぎて、雨は降ったり止んだりを繰り返していた。
四日、長うて五日と決めて出した迎えである。四日目には戻らなかった。五日目の朝、藤丸は帖を開いて、開いたまま何も書かずに閉じた。
去年の野分の夜に、同じことをした。あのときは風の音の絶え間を数えた。今日は数えるものがない。人が二日の道を歩いているというだけである。
庭に出ると、土の匂いが濃かった。夜のうちにひと降りしたらしい。
「藤丸様」
お咲が廊下の端から声をかけてきた。手に、たたんだ夜具を抱えている。
「夜具は、どちらへお運びいたしましょう」
「……夜具は」
藤丸は、言葉に詰まった。寝る場所のことを、一度も考えていなかった。硯と筆と紙を板の間に置いて、そこで終わりにしていた。
「父上に伺います」
「はい」
お咲は下がっていった。藤丸は、濡れた飛び石をしばらく見ていた。
夜具を置く場所まで座る者に決めさせるのは、決めさせているのではない。ただ、こちらが考えていないだけだ。
* * *
三人が門の内に入ってきたのは、昼を少し回った頃だった。
先に甚兵衛。振り分け荷を負い、脚絆は膝まで泥である。そのうしろに源五郎。荷はほとんど持たず、笠を手に提げている。
そのまた後ろに、一人。
藤丸は、歩いて門まで出た。走らなかった。
背は、思っていたより高かった。三つ上なのだから当たり前である。当たり前のことを、当たり前だと思っていなかった。文の字は自分より整っていて、書く中身は落ち着いていて、そのぶん頭の中では、自分と同じくらいの背丈になっていた。
日には焼けていない。腕も首も白く、そのくせ手だけが荒れている。指の関節が太く、右の中指の脇に、筆だこがはっきりと盛り上がっていた。
荷は小さかった。風呂敷が一つ。背負うほどでもない。
帳を持ってこなかったのか、と藤丸は最初に思った。思ってから、思った自分に呆れた。持ってくるはずがない。あれは寺の帳だ。
「ただいま戻りましてございます」
甚兵衛が笠を取った。源五郎は一歩下がったところで、黙って膝の泥を払っている。
佐吉は、その二人の間から前へ出て、濡れた地面にそのまま膝をついた。
「安芸より参りました、佐吉と申します」
頭の下げ方が、深かった。深すぎるほどだった。
「……久武藤丸です」
言ってから、自分の声が少し高くなったのに気づいた。
二年、文を書いてきた相手である。枡の話をし、帳の継ぎ目の話をし、揃わぬものの揃え方の話をしてきた。その相手が、いま目の前で泥に膝をついている。文の中のものと、目の前のものが、うまく重ならなかった。
「立ってください。濡れます」
「は」
佐吉は立ち上がった。立ち上がってから、袴の膝を見て、少し困った顔をした。泥がついている。払うべきかどうかを、この場で迷っているらしかった。
藤丸は、その迷いのほうを、はっきりと覚えた。
* * *
「道は、いかがでした」
訊いてから、しまった、と思った。
源五郎が答えかけて、藤丸を見て、口を閉じた。この男は問われたことにだけ答える。答えかけたということは、答えられる中身があるということである。
山田の御領分の改め場。番の者の顔ぶれ。荷を検める順番。訊けば、たぶん出てくる。
藤丸は、口の中で数を一つ数えた。
「……いえ。あとで伺います」
源五郎は、少しだけ間を置いてから、頭を下げた。
「へえ」
それだけだった。責める色も、拍子抜けした色もない。この男は、こちらが訊かなかったことも、訊いたことと同じ顔で受け取る。
(先に訊かぬこと、と書いたのは、この者に対してではなかったのだが)
書いた一行は、書いたときに思っていたより広いところまで届いていた。
甚兵衛が、荷を下ろしながら言った。
「殿様が、お待ちにございましょう」
* * *
書院に通されると、昌源は文机の前に座ったままだった。
佐吉は敷居のところで膝をつき、さっきと同じ深さで頭を下げた。名を述べ、寺の住職からの口上を述べ、それきり黙った。
昌源は、しばらく何も言わなかった。
筆を置き、佐吉の顔を見て、それから手を見た。藤丸は、父の目が指の関節のところで止まったのが分かった。
「歩けたか」
「は」
「二日、歩けたかと訊いておる」
佐吉は、一瞬だけ間を置いた。
「……二日目は、遅れましてございます。日の高いうちに宿へと申しつかっておりましたが、着きましたのは暮れ方でございました」
「そうか」
昌源は、それ以上訊かなかった。
「久武の家に、そなたを置く。役は傅役じゃ」
藤丸は、その言葉を、初めて父の口から聞いた。
文には書かれていた。書いたのは父であり、読んだのは住職である。自分は一度も、その二文字を口にしていない。声にして出されると、思っていたより重たかった。
佐吉が、頭を下げた。
「身に余りましてございます」
「余っておる」
昌源は、あっさり言った。
「歳が三つ違いの者を傅役と申すのは、世間では通らぬ。通らぬのを承知で書いた。……役の中身は、この家で決める。決めるのは、わしではない」
昌源は、藤丸のほうを見なかった。見ずに、そう言った。
佐吉が、わずかに顔を上げた。上げて、藤丸を見た。
その目には、はっきりと問いがあった。
* * *
部屋へ通した。
佐吉は敷居のところで一度膝をつき、中へ入って、入ったところでまた膝をついた。板の間に置いてある硯と筆と紙の束を、しばらく見ていた。
空いた一畳には、座らなかった。
部屋の隅の、柱に近いところに膝を折っている。座る場所を選んだ、というより、座ってよい場所が分からなかったのだろう。
藤丸は、自分の文机の前に座った。
外で雨が鳴り出した。ひと降り来るらしい。
「そこの硯は、こちらで使うために置きました」
「は」
「文には、硯も筆もこちらにあると書きました。紙も」
「頂戴いたしました」佐吉は言った。「それゆえ、荷を軽うして参りました」
そこで会話が切れた。
訊きたいことは、たまっている。十五ほど書き出して、そのうち一つも訊かぬと決めて、紙は帖の巻頭に挟んである。挟んだときには、守れる気がしないと思った。いま、守れている。守れているだけで、何も進んでいない。
雨の音が強くなった。
佐吉が、膝の上で手を組み直した。それから、背を伸ばした。
「藤丸様」
「はい」
「それがしは、何をお教えすればよろしゅうございますか」
藤丸は、答えられなかった。
言葉が出てこないのではない。言ってはならぬものばかりが、先に浮かんだ。
教えていただくことはない、と言えば、この者はこの家に立つ足場を失う。二日の道を歩いてきて、要らぬと言われたのと同じである。
そなたには私の数を量り直してもらいたい、と言えば――父の言葉が、そのまま返ってくる。それは家来ではない、目付じゃ。目付は上から下へ置くもので、下が自分の頭の上に置くものではない。
それに、と藤丸は思った。会って半刻の相手に、そなたは私の間違いを探す役だ、と告げて、何が伝わるだろう。伝わるのは中身ではなく、この家では違うと言うてよいらしい、という当座の許しだけだ。許しは、言った側の顔色ひとつで、明日には消える。
雨が屋根を叩いていた。
(訊かぬと決めた。訊かれる側になるとは、考えていなかった)
昨夜、紙の裏に一行書いたとき、自分は訊く側に立っていた。こちらが我慢すればよいのだと思っていた。我慢する側でいるあいだは、こちらは静かに座っていられる。
いま、静かなのは向こうである。
「……いま、お答えできませぬ」
言ってしまってから、藤丸は膝の上の拳を握った。
呼ぶとは言わぬ、連れてくると言うのじゃ。父の声が、耳の後ろで鳴っていた。
佐吉は、顔を伏せた。
「差し出がましいことを申しました」
その引き方が、あまりに早かった。
早い、と藤丸は思った。この者は、言ったことを引っ込めるのが早い。五年、そうしてきたのだろう。寺の帳場で、誰かの顔が曇るのを見て、そこで一度引いて、次からは言わずに済ませる。
――三度目で決まる。
まだ一度目である。一度目で、こちらが黙った。
「佐吉殿」
佐吉が、顔を上げた。
「差し出がましくはありませぬ。答えを持っていないのは、こちらです」
言ってから、藤丸は続く言葉を探した。探しても、役目の中身はまだ言葉になっていなかった。
代わりに、まるで違うものが口から出た。
「寺の帳は、誰に渡してこられましたか」
佐吉が、まばたきをした。
訊かれると思っていなかった顔だった。役目のこと、算用のこと――そのあたりを構えていたのだろう。
「……和尚様に、お渡し申し上げました」
「そのまま、渡されたのですか」
「いえ」
佐吉は、少し言い淀んだ。言い淀んでから、話し始めた。
自分の帳は自分にしか読めなかったこと。住職に読ませてみて、三つ読めぬところが出たこと。十日かけて直したこと。
「一つは、書かずにおいた場所がございました」
「書かずに」
「毎年、六月に納める家がございます。その年はまだ納めておりませぬゆえ、行だけ空けておりました。空けてあることに、意味を持たせておりましたが、それは書いておりませぬ」
「……その方が、後から詰められる」
「はい」
佐吉は、うなずいた。
「月の頭に、断りを一行入れて参りました。空けたる行は、いまだ納めなき家の場所なり、詰むべからず、と」
藤丸は、その一行を、頭の中で見た。
――量るべからず。擦るべからず。
去年の夏、蔵の高い棚に上げた枡に、自分が書いた木札である。海を隔てて、この者も同じ夏に一つ封じたことは、文で知っている。だが、何をどう書く者かまでは、知らなかった。
(似せた覚えはない。似たのは、置き所が同じだからだ)
言わなかった。言えば、そら見たことかと自分が喜ぶだけである。
「よい一行です」
それだけ言った。
佐吉は、礼も言わず、否みもせず、ただ黙って頭を下げた。
雨が、少し弱くなっていた。
「夜具は、こちらへ運ばせます」藤丸は言った。「置き場は、寝てみてから、動かしてください」
「は……」
「今日でなくてよい。二晩か三晩、寝てから」
佐吉は、その言い方を量りかねる顔をした。量りかねたまま、はい、と答えた。
* * *
日が落ちてから、藤丸は一度、部屋を離れた。
父の書院に呼ばれたわけではない。ただ、同じ部屋に二人でいることに、まだ体が慣れなかった。廊下を端まで歩いて、戻った。
部屋に入ると、佐吉は隅で荷を解いていた。風呂敷の中身は、着替えが一組と、油紙の包みが一つきりである。
藤丸は、板の間に目をやった。
硯が、動いていた。
置いたときは真ん中にあった。いまは、そこから半尺ばかり北へ寄っている。北へ寄せれば手元が落ち着く。南へ寄せれば明るいが、昼過ぎに紙が反る。藤丸も一度は考えて、決めずに置いた場所である。その片方へ、硯だけが寄っていた。
筆は、硯の脇に揃えて置いてある。
(この人がどう働く人かは、もう見えている。見えていて、渡す仕事が一つもない)
紙の束は、置いたときのまま、一枚も減っていなかった。
作中に、夜具の置き場を決めかねる場面を入れました。
この時代の寝具については、いまわたしたちが思い浮かべる敷布団と掛布団の一組とは、だいぶ様子が違ったようです。板の間や土間に藁や莚を敷き、その上に畳のような敷物を置き、掛けるものは昼間に着ていた小袖をそのまま用いる――そうした形が広く行われていたと言われています。武家の屋敷であっても、寝るための部屋が決まっていたとは限らず、必要なときに敷いて、朝には片づけるものでした。
綿の入った布団が一般に広まるのは、木綿の栽培と流通が進んだ後のことで、天文年間の土佐でどうであったかを示す記録は見当たりません。ですので作中でも、夜具の中身までは書かずにおきました。
置き場所を寝てから決めよ、という藤丸の言い方が成り立つのも、寝具が据え置きの家具ではなく、毎日運んで敷くものだったからです。




