名のない行
前回、佐吉が岡豊へ着きました。役目の名は「傅役」と決まっていますが、その中身は誰も口にしていません。
今回は、それから三日目の話です。藤丸はまだ渡せる役目を持っていませんが、渡せるものが一つだけありました。
三日が経った。
佐吉は、よく動いた。
朝、藤丸が起きると、廊下はもう拭かれている。草履は向きを揃えて置いてある。硯には水が張られ、墨がひと通り磨ってある。誰も命じていない。
二日目に、藤丸は一度だけ止めた。
「それは、下の者の仕事です」
「は」
佐吉は手を止めて、それきり動かなかった。動かないまま、次に何をすればよいかを待っている顔だった。
藤丸は、続けて何も言えなかった。止めておいて、代わりを渡せていない。
三日目の朝には、また廊下が拭かれていた。
* * *
お咲が、洗い物を抱えて廊下の端で足を止めた。
「佐吉様は、よう働かれます。昨日は、蔵の外の薪を積み直しておられました。誰も頼んでおりませぬのに」
言って、行きかけて、少し戻った。
「わたくしも、そうでございました。初めてこちらへ上がりましたころ、手が空くのが怖うございました。手が空いていると、要らぬ者に見えますゆえ」
お咲は、今度こそ行ってしまった。
(要らぬ者に見えるのが怖い。だから、頼まれてもいない薪を積む)
三日、何も渡していない。渡すものがないと思っていた。だがこの三日、佐吉は自分で自分に仕事を出し続けていた。出さなければ、立っていられないからだ。
役目がないのは、静かに待っていられることではない。
* * *
部屋へ戻ると、佐吉は板の間の隅で紙の束を揃えていた。
揃えるといっても、乱れてはいない。一枚ずつ端を合わせて、また重ねているだけである。
「その紙は」藤丸は言った。「使ってよいものです」
「は」
佐吉は手を止め、それから一枚を指の腹でなでた。
「……これは、こちらで漉かれたものにございますか」
「いえ。西の川筋の村々から買います。この辺りでは漉かぬそうです」
佐吉が、わずかに眉を寄せた。
「安芸では、浜へ着いたものを買うておりました。年に二度か三度、まとめて寺で買い置きます。……値は、こちらのほうが安うございます」
「同じ紙が、ですか」
「同じ紙かどうかは、分かりませぬ。ただ、この厚みと漉き目のものでしたら、寺で買うておりましたのは、もう少し高うございました」
同じものが、山を隔てた二つの場所で、違う値をつけている。
なぜ違うのかは、分からない。道が遠いからか、船に乗るからか、買う量が違うからか。分からないが、違うということだけは、この者が両方を見て知っている。
「あとで、詳しく伺います」
「は」
* * *
その日の昼下がり、藤丸は文机の脇の棚から、帖を下ろした。
四冊ある。天文十五年、十六年、十七年。それに、書きかけの今年。
膝の上に重ねて、しばらく持っていた。
(前の世でも、人に紙を見せる前には、必ず一度、余計なところを消したくなった。何を消したのかは思い出せない。ただ、消したくなること自体が、見せる相手を選んでいたのだということだけが、手に残っている)
消さずに、そのまま持って立った。
「佐吉殿。これを、読んでいただきたい」
藤丸は、四冊を板の間に置いた。硯と筆の脇である。
佐吉が、置かれたものを見た。それから藤丸を見た。
「……帖にございますか」
「私が、三年書いてきたものです。父上には見せております。ほかの誰にも見せていません」
言ってから、これは重すぎる言い方だったと思った。相手に断りにくくさせている。
「読まぬという答えもあります」
「いえ」
佐吉は、そこは早かった。
「読ませていただきます」
「一つだけ、お願いがあります。読めぬところがあれば、読めぬと言ってください」
佐吉の目が、そこで一度、止まった。
止まって、それから、何かを飲み込むように、ゆっくりとうなずいた。
「……承知いたしました」
* * *
佐吉は、長く読んだ。
四冊を順に開き、一冊目を戻し、また開いた。膝の上ではなく板の間に置いて、少し体を傾けて読む。寺の帳場で五年、そうしてきたのだろう。指は紙に触れなかった。
外で、蝉が鳴いていた。
藤丸は、自分の文机に向かって座っていた。座ってはいたが、書いてはいない。筆を持ったまま、墨をつけずにいる。
半刻ほど経って、佐吉が顔を上げた。
「よう書けてございます」
藤丸は、筆を置いた。
褒められたのだと分かった。分かった上で、これは答えではないとも分かった。
――一度目で、こちらが黙った。
あのとき黙ったのは自分である。この者は、それを覚えている。覚えているから、まず安全なところに足を置いた。
(追い立ててはいけない。追い立てれば、次は安全なところで足を止めたまま動かなくなる)
藤丸は、立って、佐吉の脇に膝をついた。
いちばん古い一冊を引き寄せ、初めのほうの頁を開く。
「ここが、読めません」
佐吉が、まばたきをした。
「……藤丸様が、でございますか」
「三年前に、私が書いた行です」
指した行には、こうあった。
――北の道、四日。よし。
「よし、というのが何のことか、いまは分かりません。荷が無事だったのか、日数が縮んだのか、値がよかったのか。書いたときは分かっておりました。分かっていたから、書かずに済ませました」
佐吉は、その行をしばらく見ていた。
「……当たり前になったものほど、書き落としまする」
「そうです」
「先ごろ、和尚様も、同じことを申されました。それがしの帳を見て」
二人とも、それ以上は言わなかった。
* * *
その先は、少し早くなった。
「二冊目と三冊目のあいだで、書き方が変わってございますな。二冊目には聞と見の別がございますが、それだけにございます。三冊目からは、時季が先に来て、聞か見か、筋の数、それから事柄と、順が定まっております」
「年の初めに、揃えました」
「前の分は、直されませぬので」
「直しません」藤丸は言った。「直せば、そのとき何を分かっていなかったかが、消えます」
佐吉は、うなずいた。うなずいて、少し感心したような顔をした。
その顔を見て、藤丸は、うれしいと思った自分に気づいた。
(危ない)
褒められたところに、足を置きたくなっている。
佐吉が、三冊目の中ほどを開いた。
「こちらは、一行空いてございます。上が去年の麦、下が今年の麦にございますな。空けてあるのは、年が変わったからにございましょう」
藤丸は、少しのあいだ返事ができなかった。
説明はしていない。書いてもいない。ただ空けただけである。
海を隔てて、この者も同じことをした。空けた行に意味を持たせ、それが伝わらぬと知って、断りを一行書き足した。書きぶりまでは、こちらは知らない。だが、いま目の前で、何も言わずに読まれた。
「よく読めましたね」
「……そういう帳を、書いておりましたゆえ」
* * *
佐吉が、四冊目を閉じた。
閉じてから、三冊目を開き直した。開いて、また閉じた。
膝の上で、手が組まれた。組んだ手を、一度ほどいて、また組んだ。
「佐吉殿。読めぬところが、まだありますね」
佐吉は、答えなかった。
答えないまま、板の間の一点を見ている。前に一度、この者は言いかけて引っ込めた。あのときは、引っ込めるのが早かった。
いまは、早くない。迷っている。
藤丸は、待った。待つあいだ、自分の膝の上の拳が固くなっているのに気づいて、力を抜いた。
「……申し上げてよろしゅうございますか」
「お願いします」
佐吉は、三冊目を開いた。指は、やはり紙に触れなかった。触れずに、行の上をなぞった。
「こちらに『見(太助)』とございます。少し下に『見(お咲の書付)』と。その先には『聞(兄上)』と。どこから来た話か、みな書いてございます。……こちらは」
指が、後ろのほうへ移った。
――秋。見。畔二十三枚。切れたる十二、切れざる十一。
脇に、小さく添えてある。
――当て推量。四つ目、効いていると見ゆ。ただし一晩、一村、二十三枚のみ。次の野分でも数える。
「この『見』は、どなたにございますか」
「私です」
「お一人で、二十三枚を」
藤丸は、答えかけて、口を開いたまま止まった。
「……源五郎と、二人で歩きました。半日かかりました」
「はい」
佐吉は、うなずいた。うなずいて、静かに言った。
「源五郎殿の名が、ございませぬ」
蝉が、鳴きやんでいた。
「他人様がご覧になったものには、藤丸様は必ず名をお書きになります。ですが、藤丸様がご覧になったものには、名がございませぬ。それは、藤丸様がお一人でご覧になったからだと、それがしは読みました。……この二十三枚は、そうではございませぬ」
藤丸は、その行を見た。
見て、体の芯のあたりが、冷たくなった。
自分が見たのだから、名は要らない。そう思って書いた。書いたときは、それで通ると思っていた。
だが、通らない。
名を書くのは、誇るためではない。後の読み手が、確かめに行けるようにするためだ。太助の名が書いてあれば、太助に訊ける。お咲の書付とあれば、書付を出させられる。
この行には、行き先がない。数を疑う者が現れても、訊く相手が誰なのかが、紙のどこにも書いていない。
――源五郎は、いる。
いまも、この屋敷にいる。訊けば答える。二十三枚を一緒に歩いた足が、まだ生きて、そこにいる。
(一つきりの枡だと、父上に申し上げた)
あれは、嘘ではなかった。だが、正しくもなかった。
その日、畔の上に、枡は二つあった。二つあったのに、一つとして書いた。量り合わせる相手がいなかったのではない。いたのに、書き落としていた。
三年前の「よし」と、同じだった。
書いたときの自分には分かっている。だから書かずに済ませる。済ませたものは、書いた自分が忘れた日から、誰にも辿れなくなる。
「佐吉殿」
佐吉が、身を固くした。
この者は、いま、こちらの顔色を見ている。二度目である。
藤丸は、笑わなかった。笑えば嘘になる。冷たくなった芯は、まだ冷たいままである。
だから、そのまま言った。
「助かりました」
佐吉が、顔を上げた。
「……は」
「三年、気づきませんでした。気づかないまま、あと三年書いたと思います」
「差し出がましいことを」
「差し出がましくありません」
藤丸は、文机から筆を取って、佐吉の前に置いた。それから、紙の束を一つ、脇へ押しやった。
「いま申されたことを、書いてください」
「それがしが、でございますか」
「見たものには、一緒に見た者の名も書く。……これは、私が見つけたものではありません。佐吉殿が見つけたものです。私が書けば、出所が違うことになります」
佐吉は、動かなかった。
動かないまま、しばらく筆を見ていた。それから、板の間の真ん中──三日のあいだ、誰も座らなかった一畳に、膝を置いた。
膝を置いてから、硯を、自分のほうへ少し引いた。
筆を取り、紙の束から、一枚を抜いた。
束が、一枚ぶんだけ薄くなった。
お読みくださりありがとうございます。
今回、佐吉が指摘したのは「一緒に見た者の名が書かれていない」という一点でした。
中世の荘園では、田畑の面積や作柄を実際に見て回って記録する「検注」という作業がありました。このとき、都や領主のもとから来た役人だけで歩くわけではなく、その土地の事情を知る在地の者が案内役として同行するのが普通だったと言われています。作られた帳面に、こうした案内役の名や立会人の名が書き込まれている例も残っています。
なぜそんなことをしたのか。後から数を疑われたときに、確かめに行く先が要るからです。数そのものより、「その数を誰と一緒に見たか」のほうが、後の世では役に立つことがあります。
もっとも、これは残っている文書から推測できることであって、当時の人がどこまで意識してそう書いていたのかは分かりません。天文年間の土佐で同じことが行われていたという直接の記録も、今のところ見当たりません。
次回もお付き合いいただけますと幸いです。




