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合わぬ二日

天文十八年、六月半ば過ぎ。佐吉が久武の屋敷に着いて、四日目にあたります。


前回、藤丸は「見たものには、一緒に見た者の名も書く」という一行を新しく決めました。今回は、その決めたばかりの作法を、初めて使う日の話です。


使ってみて分かったのは、名を書くと道が一本にまとまる、ということではありませんでした。

 朝のうちに、雨が上がった。


 部屋を出るとき、佐吉さきち文机ふづくえの前にいた。昨日抜いた紙が一枚、膝の脇に置いてある。まだ何も書かれていない。筆は持っているが、動いていなかった。


 書くことを決めかねているのではなく、書き方を決めかねているのだろう、と藤丸ふじまるは思った。


 声をかけずに、廊下へ出た。


 昨日決めた一行――見たものには、一緒に見た者の名も書く――は、決めたばかりである。決めたばかりのものには、まだ形がない。形をつけるのは、決めた者ではなく、最初に使う者のほうだ。


 庭の隅で、源五郎げんごろうが濡れたまきを積み直していた。


 三十を幾つか過ぎた、口数の少ない男である。屋敷の若党で、半分は侍、半分は百姓。在所に小さな田を持ち、家の者に作らせている。藤丸が村を歩くときは、たいていこの男が供につく。佐吉を迎えに出た二人のうちの一人でもあった。


「源五郎殿」


「は」


 手を止めて、こちらを向いた。それだけで、次の言葉を待つ構えになる。訊かれたことにだけ答え、何のためかとは訊かない男だった。


「着かれた日に、あとで伺うと申しました。道中のことにございます」


「は」


 源五郎は、薪を一本、脇へ置いた。


 藤丸は、そこで一度、息を継いだ。


 ちょうの巻頭には、紙が一枚挟んである。訊きたいことを十五ほど書き出して、そのうち一つも、まだ訊いていない紙だ。裏に一行だけ書いてある。こちらから、先に訊かぬこと。


(あれは、こちらの帖が止まっているから訊く、という訊き方をやめるための一行だった)


 道が二日で済んだか三日かかったか。それは帖の話である。


 その二日を、どう歩いたか。それは帖の話ではない。


「源五郎殿。二日の道について、覚えておられることを、覚えておられるままにお聞かせ願えますか。順は、こちらで並べます」


 源五郎は、少し黙った。


「並べる、とは」


「まだ分かりませぬ。並べてみて、分かることがあれば」


「は」


 それきり、何も訊かなかった。


*  *  *


 源五郎の話し方は、村を歩くときと同じだった。


 起きた順に、一つずつ。要らぬところは切らないが、飾りもつけない。


 一日目は、朝のうちに屋敷を出た。甚兵衛じんべえは歩き慣れている。年寄りの足だが、崩れない。しばらく歩いては短く休む、というやり方を、四十年変えていないのだという。


 昼を回って、山田やまだの御領分に入った。


 改めあらためばで、待たされた。


「どれほど」


「日が、あの辺りから、あの辺りまで動きましてございます」


 源五郎は、庭の杉のこずえを指し、それから塀の上のあたりを指した。半日には足りない。二刻ふたときばかりか。


「荷は」


「甚兵衛殿の背だけにございます。改めるほどのものは、ございませぬ」


「なれば、なぜ」


「前に、二十いくつの荷駄にだが詰まっておりました。改めておる者は、一人にございます」


 藤丸は、筆を持つ手を、一度止めた。


 春に甚兵衛が通ったとき、あの小屋には誰も座っていなかった。日数が十日から九日に縮んだのは、そのためだった。その数は、帖の山田の筋に書いてある。


 人が一人、戻っている。


 だが、それは今日並べるものではない、と藤丸は思い直した。今日は、二日の道を聞く日である。山田の筋は、山田の筋として、あとで開けばよい。


「詰まっておるのは、いつもですか」


「いつもだ、と申しておりました」


「誰が」


 源五郎は、少し考えた。


「湯を売っておる者にございます」


「湯」


「改め場の手前に、木の下がございます。そこで湯を沸かして、一杯いくらで飲ませておりました。草鞋わらじも、二足、掛けて売っておりました」


 藤丸は、思わず顔を上げた。


「その者は、いつからそこに」


「訊いておりませぬ」


 源五郎は、そう言ってから、少しだけ付け足した。


「ですが、木の下の土が、踏み固められておりました。一日二日で、ああはなりませぬ」


 待たされる者がいる。待たされる場所は決まっている。決まっているところに、湯を沸かす者が一人立った。


(元手が、要らない)


 湯は沸かせばよい。草鞋は冬に編める。荷を持たず、船も持たず、山も持たぬ者に、それができる。


 藤丸は帖の隅に、小さく書いた。


 ――夏。聞(源五郎)。一筋。改め場の手前、木の下にて湯と草鞋を売る者あり。土、踏み固まりおり。


 書いてから、しばらくその一行を見ていた。


 同じ待ちが、片方には損で、片方には利になっている。


*  *  *


「帰りは、いかがでしたか」


「一日目は、日の高いうちに宿へ入りましてございます」


「二日目は」


「暮れ方になりましてございます」


 藤丸は、筆を止めた。


 その言い方を、三日前にも聞いた。書院で、父の前で、佐吉自身の口から出た言葉である。着きましたのは暮れ方でございました。数は、同じだった。


「なぜ、遅れましたか」


「改め場にございます」


 源五郎は、そう言った。


「帰りも、詰まっておりました。行きより長うございました。荷駄の数が、多うございましたゆえ」


「それだけですか」


「は」


 藤丸は、しばらく黙っていた。


「源五郎殿。佐吉殿の足は、いかがでしたか」


 源五郎は、初めて、答えるまでに間を置いた。


「二日目の朝に、血が出ておりました」


「……気づかれたのは、いつです」


「宿を出て、しばらくしてからにございます。草鞋のの跡が、赤うなっておりましたゆえ」


「申されましたか。佐吉殿から」


「いいえ」


「では、休まれましたか」


「休みましてございます。甚兵衛殿が、休むと申しました。あの者は、休むとも休まぬとも申しませぬ」


 源五郎は、そこで薪をもう一本、脇へ置いた。


「遅れましたのは、改め場にございます。あの者の足で遅れたのでは、ございませぬ」


*  *  *


 藤丸は、帖を開いたまま、しばらく庭を見ていた。


 二人が、同じ二日を歩いている。


 佐吉は、遅れました、と言った。落度おちどとして述べた。嘘ではない。暮れ方に着いたのは事実である。ただ、なぜ遅れたかを言わなかった。


(言わなかっただけだ。だが、言わなかったことで、遅れの出所が、この者に移った)


 聞いた者は、目の前にいる者の足を思う。


 藤丸は、三日前のことを思い出した。


 それがしは、何をお教えすればよろしゅうございますか。答えられずにいると、佐吉はすぐに引いた。差し出がましいことを申しました、と。あのときの引き方の早さと、これは同じものだ。


 落度を、先に自分のほうへ寄せておく。寄せておけば、あとから誰にも量られない。人に量られる前に、自分で低く申告してしまう癖である。


 帖のことでは、この者は違うと言えた。昨日、言ったばかりである。あぜの行に源五郎の名がない、と。あれは、こちらの落度を指す言葉だった。


 紙のことなら、言える。


 己のことになると、言わぬ。


 量り直す相手として来ていただいた者が、紙の数は量り直せて、自分の数だけは、低いほうへ寄せる。


 背筋のあたりが、すっと冷えた。


*  *  *


 藤丸は、筆を執った。


 どちらが正しいかを決めることはできる。改め場で詰まっていた、という話には、湯を売る者という裏づけがある。決められる。


 決めて、片方を消せば、この帖は一本の道になる。


 消したら、こちらは何も知らないままだ。この者が、なぜ自分のほうへ寄せたのかを。


 二行、書いた。


 ――夏。聞(源五郎)。一筋。帰り二日目、暮れ方着。因は改め場の詰まり。足に血あり、申し出なし。


 ――夏。聞(佐吉殿)。一筋。帰り二日目、暮れ方着。因、書かれず。


 書き終えてから、当て推量の欄に小さく足した。同じ二日について、聞が二つある。合わぬ。合わぬまま置く。


 昨日決めたばかりの作法――見たものには、一緒に見た者の名も書く――は、こういう形で使うものらしかった。名を書くのは、誰かをとがめるためではない。二つ並んだとき、どちらの目から出た話かが分かるようにしておくためだ。


*  *  *


 部屋へ戻ると、佐吉は紙を一枚、書き終えていた。


 昨日、藤丸が頼んだ一行である。見たものには、一緒に見た者の名も書く。字は、文で見慣れたものより、少しだけ硬かった。


「源五郎殿に、道中を伺いました」


 佐吉の肩が、わずかに動いた。動いてから、すぐに戻った。


「……源五郎殿は、何と」


「二日目に遅れたのは、あなた様の足ではないと」


 佐吉は、少しのあいだ黙っていた。


「さようでございますか」


 違いまする、とも、その通りにございます、とも言わなかった。ただ、そう言って、頭を下げた。


 藤丸は、それ以上訊かなかった。


*  *  *


 夜、あかりの下で、藤丸は昼間の二行を読み返した。


 同じ二刻が、待たされる者には損で、木の下で湯を沸かす者には利だった。損か利かを決めているのは、二刻そのものではない。そこに立っている者のほうだ。


 同じ二日も、そうだった。


 ともをした者にとっては、ただの道だった。歩いた本人にとっては、落度だった。


(道の長さは、どちらも同じだ)


 道は、一本しかない。


 紙の上では、二本になっている。


 二本のあいだには、まだ何も書かれていない隙間が、一寸ばかり空いていた。


今回は、道の途中で待たされる場面が出てきました。


中世の日本では、街道の要所に関が数多く設けられていました。国が一つの制度として置いたというより、荘園の領主、寺社、その土地を押さえている武士などが、それぞれの都合で置いたものが多かったようです。応仁の乱のあと、その数はさらに増えたと言われています。通る者から関銭せきせんを取るためのものもあれば、人と荷の出入りを見張るためのものもありました。作中の改め場は後者にあたります。


そして、人が足を止めるところには、たいてい商いが立ちます。京では、路傍で茶を一杯いくらで売る「一服一銭」の茶売りが、室町のころにはすでにいたことが記録に残っています。ただし、地方の街道でどのような小商いが行われていたかは、書き残される性質のものではないため、はっきりした記録はほとんどありません。今回の湯と草鞋を売る者は、そうした「記録に残らないほうの商い」として書きました。


草鞋は、旅の消耗品です。何日も歩けば擦り切れますし、緒が当たれば足も傷みます。誰かが待たされている場所というのは、湯にも草鞋にも、ちょうど都合のよい場所だったはずです。


もう一つ。同じ出来事について二人の話が食い違ったとき、どちらかを消して一本にまとめるほうが、帳面はきれいになります。ただ、消してしまうと、なぜ食い違ったのかは二度と分からなくなります。両方に名を付けて残しておくというやり方は、地味ですが、後から読む者にはありがたいものです。

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