一つきりの話
今回は語り手と場所が変わります。舞台は安芸の寺、佐吉の側です。
時は進んでいません。前回、岡豊の屋敷に三つの道から届いた同じ報せが、国の反対側ではどんな形で届くのか。そういう回です。
朝の勤めが済むと、佐吉は庫裏の隅で帳を開く。
四月の付け届けが、まだ半分ほど残っていた。麦の初穂が三軒、干した小魚が二軒、蝋燭が一軒。品と、家の名と、日にち。それだけを書けばよいのだから、半刻もかからぬ仕事である。
かからぬはずのものが、この春から少しばかり長くなった。品の横に、量を書くようにしたからだ。
麦の初穂、と書くだけでは、来年になったとき何も比べられぬ。三軒のうち、どの家がどれだけ持ってきたのか。去年より多いのか、少ないのか。書いておかねば、佐吉自身の頭の中にしか残らぬ。
(頭の中のものは、いつの間にか、都合のよいほうへ変わる)
変わったことに、自分では気づかぬのが厄介であった。だから寺の枡で量り、枡の数を書き添える。それだけのことである。それだけのことを、五年のあいだ、しないできた。
筆を置いたところで、戸口に人影が差した。
「和尚様は、おいでかの」
浜の家の男だった。五十がらみで、手の甲まで日に焼けている。片手に薄縁で包んだものを提げていた。
「まだ本堂におられます。お預かりいたしましょう」
「そうか。ほんの少しじゃが」
包みを開くと、干した小魚が入っていた。佐吉は台所から枡を持ってきて、量ってから帳に書いた。男は、その手つきを珍しそうに見ていた。
「近ごろは、そういうふうにしなさるか」
「量っておかねば、来年、比べられませぬゆえ」
「比べて、どうなる」
「……どうにもなりませぬ」佐吉は正直に答えた。「ただ、多い年と少ない年が分かりますと、少ない年に、なぜ少ないのかを訊けまする」
男は、へえ、とだけ言った。得心したふうでもなく、不審がるふうでもなかった。
帰りかけて、思い出したように振り返る。
「そういえば、佐吉様。西のほうで、えらいことがあったそうにございますな」
「西と申しますと」
「中村の、御所様よ」
佐吉は、筆を置いた。
「お亡くなりになったそうな。ご乱心の末に、お腹を召されたと。四月の十二日じゃそうにございます。跡目は御子じゃが、まだ七つとか」
男の言葉は、するすると出てきた。詰まるところが、どこにもなかった。
「……その話は、どなたから」
「西から塩を運んでまいった者よ。二日ばかり前に、浜で聞いた」
「その者は、どこで聞いたと申しておりましたか」
「はて」男は首をひねった。「そこまでは、聞いておりませなんだ。まあ、あちらの者が申しておるのじゃろう。何しろ日にちまで分かっておるくらいでな」
男は、それきり浜へ下りていった。
* * *
佐吉は、しばらく帳の前に座っていた。
中村。
行ったことはない。生まれてから一度も、西へは行っていない。
父は、あの土地で禄を食んでいた。御所の御用の紙を扱う役の、そのまた下についていたと聞く。佐吉が物心つく前に代替わりの風が吹いて、父の座っていた場所は無くなった。恨み言を聞いた覚えはない。ただ、家の中がだんだんに静かになっていった覚えだけがある。
だから、いま亡くなったという御方に、恩はない。恨みもない。顔も知らぬ。名を耳にしたのも、数えるほどだ。
それでも、胸のあたりに、何か据わりの悪いものがあった。
しばらく座っていて、佐吉は、それが何かに気づいた。
――帰れぬ、と思っていた。
父の失った場所へは、もう戻れぬ。そう思って、寺の飯を九年食うてきた。戻れぬというのは、けれども、そこに在るということでもあった。戻れぬ場所は、戻れぬなりに、西のどこかに在り続けていた。
その屋根が、いま、傾いだ。
戻れぬ場所が無くなるというのは、戻れぬこととは、別のことであった。
* * *
昼過ぎ、佐吉は自分の紙を一枚出した。
寺の帳ではない。品と量を書く帳とは別に、この一年ばかり、聞いた話を書き留める紙を持つようになっていた。岡豊の御方の真似である。
――誰に教わったかも書け。
文にそう書いてあった。あのときは、律儀な御方だと思った。しばらく経って、意味が分かった。半年も経てば、自分がどこで聞いた話かなど、きれいに忘れている。忘れたまま人に伝えれば、まことのように聞こえてしまう。
佐吉は筆を執り、書き出しかけて、止まった。
――聞。浜の家の与助。西より塩を運びし者。中村の御所様、ご乱心の末ご自害。四月十二日。
書けた。作法の通りに書けた。
書けたのに、筆が進まなかった。
しばらくして、佐吉は、その下に何も足せぬ理由に気づいた。
筋が、一つしかない。
与助は浜で聞いた。浜で語った者は、西から来た。その者がどこで聞いたかは、誰も知らぬ。辿れば一本の糸で、糸の先は霧の中へ消えている。
それでいて、話には迷いがなかった。ご乱心の末に、お腹を召された。日にちは四月十二日。跡目は七つ。どこにも「かもしれぬ」がない。与助は疑っていなかった。与助に語った者も、おそらく疑っていなかった。
(一つきりの話は、確かに見える)
佐吉は、筆の先を見ていた。
量りなら、まだよい。帳に三枡とあって、目の前の俵が四枡なら、もう一度量ればよい。合わねば、どちらかが違うと分かる。
合わせる相手のない数は、量り直しようがない。
二人が申しておれば少しは重く、三人ならもっと重い。一人きりの話は、軽いのではなく――重さが分からぬのだ。
佐吉は、書いた一行の脇に、小さく書き添えた。
――一筋のみ。ほかに聞かず。
書いてから、少し息が楽になった。分からぬことを、分からぬと書いておけば、この紙は嘘をつかずに済む。
* * *
夕方、住職が庫裏へ入ってきた。
本堂で長く座っていたらしく、膝を伸ばすのに手間取っている。佐吉は火を熾して湯を沸かした。
「聞いたか」
「はい」
「本堂で読んでおいた。誰に頼まれたわけでもないがの」
住職は、湯呑を両手で包んだ。
「あの家がのうては、この国はもっと早うに、もっと血なまぐそうなっておったろうよ。……重しというものは、載っておるあいだ、誰も有難がらぬ」
佐吉は黙って聞いていた。住職は、しばらく湯呑を回してから、こう言った。
「佐吉。お前をこの寺で預かると決めたときのことじゃがの」
「はい」
「わしは、二年か三年のことじゃろうと思うておった」
佐吉は、顔を上げた。
「西の風向きは、いずれ戻る。戻れば、お前の父の同輩筋の誰ぞが、この子を引き取りに来る。――そう踏んでおった。踏んでおったゆえ、算用を仕込んだ。手ぶらで返しては、こちらの顔が立たぬでな」
湯気が、細く立っていた。
「九年になる。帳を任せて、五年じゃ。……その間、誰も来なんだ」
「……はい」
「これで、来ぬ」
住職は、そう言った。声に力は入っていなかった。
「当主が死んで、跡目は七つじゃ。あの家がまともに人の面倒まで見られるようになるには、十年はかかる。十年経てば、お前は幾つになる」
佐吉は、答えなかった。
住職は、湯呑の底を見ていた。
「……もっとも、五年も前から、そうと分かっておったことじゃ。分かっておって、まだ来るやもしれぬ、と申しておった。今日、それが申せんようになっただけでな」
佐吉は、その言葉のほうに顔を上げた。
「わしはお前を追い出しはせぬ。寺の飯は、明日も出る。それは、はっきり申しておく」
「はい」
「そのうえで、訊く」
住職は、湯呑を置いた。
「西から迎えは来ぬ。お前は、これからどこの者になる」
去年の夏に、同じ声で問われたことがある。あの枡が解かれる日、お前はどこにおる、と。あのとき佐吉は、分かりませぬ、としか言えなかった。住職は、重ねて問わなかった。
今度は、重ねて問われている。
佐吉は、膝の上で手を握った。
この一年、幾度も墨を磨った。量り方を教わり、揃わぬものの揃え方を教わり、返事の返らぬ先へ物を仕舞う手つきを教わった。教わるたびに、寺の帳は少しずつ読めるものになっていった。
だが、教わった手つきの行き着く先が、この寺の帳では――足りぬ。
足りぬ、と思っている自分に、ずっと気づかぬふりをしていた。
「和尚様」
佐吉は、顔を上げた。
「岡豊へ、参りとうございます」
言ってしまってから、耳のうしろが熱くなった。身の程を知らぬ言葉だと思った。行きたいと言って行ける道理はどこにもない。向こうが望むかどうかも知らぬ。
「……差し出がましいことを申しました」
「なぜじゃ」
「それがしの一存で、決まる話ではございませぬ」
「決まる話ではないの」住職は、うなずいた。「決まる話ではない。じゃが、お前が申さねば、はじまらぬ話ではあった」
佐吉は、その言い方に引っかかった。
まるで、待っていたような。
住職の顔を見た。皺の奥の目は、いつもの通りだった。驚いてもいなければ、喜んでもいない。ただ、長い掛け合いの末に、ようやく数が合ったときの顔をしていた。
「和尚様は、驚かれませぬのですね」
「歳をとるとの、驚くのが遅うなる」
それだけだった。
* * *
住職は立ち上がり、文机の前に座った。
硯を引き寄せ、水を差し、墨を執る。
佐吉は、火のそばに座ったまま、その背中を見ていた。
「……お文にございますか」
「うむ」
「どちらへ」
「檀家じゃ」
嘘であった。檀家への文なら、この刻限に磨り始めはせぬ。
佐吉は、それ以上訊かなかった。訊いても、この住職は言うまい。
墨を磨る音が、細く続いていた。今日、自分の紙に書いた一行のことを、佐吉は思い出していた。
筋が一つきりの話は、重さが分からぬ。
いま、自分が言った一言も、一筋である。裏づけも、証もない。ただ、行きたい、と言っただけだ。
だが、と佐吉は思った。
(これだけは、誰かから聞いた話ではない)
出所を書くとすれば、書ける名は一つしかない。それは、この世でただ一人、自分の内側から出てきた言葉である。量り直す相手のいらぬ数が、この世に一つだけあるとすれば、たぶん、これだ。
墨の匂いが、部屋に満ちてきた。
佐吉は立ち上がり、油皿に火を移した。灯りを、住職の手元へ近づけて置いた。
いくつか、時代のことを。
一条房基の死については、天文十八年の四月十二日に自ら命を絶ったと伝わりますが、なぜそうなったのかを記した確かな記録は残っていません。乱心によるとするもの、暗殺だったとするもの、諸説あって定まらないのが実情です。二十八歳でした。跡を継いだのが数え七つの子で、後の一条兼定にあたります。
作中で、遠くの浜に届いた話のほうが日にちまで揃っていて迷いがない、という書き方をしました。これは史料に基づく話ではなく、噂というものの性質としてそう書いています。出どころに近い場所では「病だ」「討たれた」と割れるのに、遠くへ行くほど話は形が整い、「かもしれぬ」が落ちていく。当時の記録の食い違いを眺めていると、そういうことがあったのではないかと思わされます。
中村から安芸まで報せが何日かかったかについては、記録がありません。土佐の西の端から東の海沿いまで、国を横切る距離になります。作中では十日ほどとしましたが、これは目安として置いたものです。
寺への付け届けは、初穂と呼ばれるその年の最初の収穫を納める形が古くからありました。ただし、それをどう帳面に付けていたかとなると、この時期の小さな寺の帳が残っている例はほとんどありません。品名だけを書くか、量まで書くか。佐吉がやっていることは、当時としては丁寧すぎる部類に入るはずです。




