秋の利
蔵の戸が開いて、三日が過ぎました。
春の初め、村の蔵はどこも細っています。それを屋敷が繋ぐのが、春の貸しです。前回、藤丸はその貸しが今年は出るのかどうかを訊かれ、分からぬ、としか答えられませんでした。
今回、答えは出ます。
出た答えは、藤丸の思っていたものとは、少しだけ違う形をしていました。
蔵改めから、三日が過ぎた。
藤丸は、文吏の部屋にいた。書院の北側の板の間で、日は差し込まない。墨が乾きすぎぬからここに置くのだと、去年の夏に教わっている。
「去年の、春の貸しの帳を見せてはもらえぬか」
文吏は棚から一綴りを出し、藤丸の前に置いた。
村の名があり、その下に家ごとの行が並んでいる。貸した量と、秋に返った量が、上下に書き分けてあった。五升貸して、秋に六升。八升貸して、秋に九升と六合。
借りたぶんに、いくらか足して返す。それが利というものだと、藤丸は太助から聞いていた。五升が六升なら、一升につき二合ほどである。
冬の終わりから麦の熟れる頃までは、どの家も蔵が細る。その間を屋敷が繋ぐ。繋いだぶんは、秋に少し重くして返る。
藤丸は、指で行を追いながら、一つのことに気づいた。
「文吏どの。この五升のうち、いくらが種籾で、いくらが食い物か」
「そこまでは、書いておりませぬ」
「出すときは、どうしておるのか」
「分けて出しまする。種籾は俵のまま、食い物は升で量って」
藤丸は、顔を上げた。
「分けて出しておるのに、書くときには一つにするのか」
「返るのが、一つだからにございます」
文吏は、当たり前のことを言う口調だった。
秋に返ってくるのは、米である。種籾で借りたぶんも、食い物で借りたぶんも、返るときは同じ米になる。返る側が一つなら、貸す側も一行でよい。帳とは、そういうふうに畳まれていた。
(返ってくるほうの形に合わせて、出すほうの形が畳まれているのか)
藤丸は、もう一度帳を見た。
「では、去年、村へ出した種籾がいくらであったかは、もう分からぬのか」
「分かりませぬ」
「一昨年は」
「同じにございます」
藤丸は、それきり何も訊かずに、行を上から下まで数えた。
去年の春の貸しは、一昨年より少し多い。多い理由は、どこにも書いていない。
蔵に今いくつあるかは、三日前に自分の手で数えた。だが、去年ここから何が出ていったのかは、数えられなかった。数えられるのは、今あるものだけだった。
* * *
その日の午過ぎ、藤丸は城下の文吉の店へ出た。源五郎が半歩うしろについてくる。
用は紙の買い足しである。お咲の書付の紙が、そろそろ尽きる。
店先の框に、見慣れぬ男が腰を下ろしていた。文吉が、浦戸へ入った荷を捌く店の手代だと言い添えた。上方から戻ったばかりだという。
「上方が、割れましてございます」
手代は、頼まれもせぬのにそう言った。話したくてたまらぬ顔をしていた。
御屋形様と、その下で一番大きゅうなっていた家が離れた。離れた家は、もう一方の細川の方についた。去年の秋の終わりのことだという。
「いくさには」
藤丸が訊くと、手代は首を振った。
「まだ、聞きませぬ。ただ、どちらも人を集めておると」
文吉が、帳場の縁で指を折った。
「堺の米が、上がりましたか」
「上がりました。塩も。船の借り賃も、去年の倍だとか」
文吉は、藤丸のほうを見て、少し笑った。
「上方で上がったものは、こちらでも上がりまする。半年か、一年か、遅れて」
藤丸は、帰り道でその話を頭の中に並べ直した。
畿内の話を聞くのは、これで三度目である。一度目は去年の夏、この店に来ていた薬種屋の手代。二度目は秋、次郎兵衛の船仲間。今日が三度目で、三度とも別の口から出ている。
三度目にして、初めて「割れた」という言葉が出た。
(米が、高い)
藤丸は、足を止めそうになって、止めなかった。
高いということは、売れば銭になるということである。
* * *
屋敷に戻り、文机の前に座って、藤丸は書かずにしばらく考えた。
蔵に米がある。三日前に、自分で数えた。
その米を欲しがっている手が、三つある。
一つ。村である。春の貸しに出る米。
一つ。秋である。糒を干し、草鞋を編み、稽古場の人数が増えている。誰も戦とは言わないが、支度は米を食う。
一つ。堺である。上方が割れて、米が上がっている。売れば、銭になる。
三日前に数えたとき、俵はただの俵だった。いくつある、という数でしかなかった。
(数えたのは、一つの山だ。だが、その山を引く手は、三つある)
そして、米は二度使えない。
春に出せば、秋には無い。売れば、村へは行かない。どれか一つを選べば、残りの二つは選ばなかったことになる。
藤丸は、帖を開いて、三つの引き手を三行に書いた。書いてみても、どれが正しいとは、どこにも出てこなかった。
* * *
その夜、藤丸は父の部屋の前で膝をついた。
昌源は書き物の手を止めず、入れ、とだけ言った。
「春の貸しのことにて、申し上げたきことがございます」
「申せ」
藤丸は、二つある、と前置きしてから話した。
一つ。今年の貸しを減らすのであれば、減らすのは食い物であって、種籾ではないこと。種籾を減らせば、秋に穫れる米が減る。減った分は来年の蔵に返ってこない。今年の蔵から出すのを惜しんだつもりで、来年の蔵から先に食うことになる。
一つ。貸しの帳に、種籾と食い物を分けて書いていただきたいこと。
昌源は、筆を置いた。
「一つ目は、既にしておる」
「……は」
「出すときは分けて出す。減らすときも、種籾は最後じゃ。わしの代より前から、そうしておる」
藤丸は、膝の上で指を握った。恥ずかしいというより、耳のうしろが熱くなるような感じだった。
知らなかったのではない。この屋敷がどうしているかを確かめる前に、申し上げに来た。順が逆だった。
「やっておるが、書いておらぬ」
父は、そこだけ言い足した。
「では、二つ目は」
「なぜ書かねばならぬ」
藤丸は、少し考えてから答えた。
「わしの代より前から、と父上は申されました。それは、どこにも書いてございませぬ」
「書かずとも、続いておる」
「続けておられるのは、父上にございます」
昌源の手が、紙の上で止まった。
「父上が申されねば、種籾から先に減らす者が、いつか出まする。その者は、間違えるつもりで間違えるのではございませぬ。ただ、聞いておらぬだけにて」
「来年のことか」
「来年も、その先も」
昌源は、しばらく藤丸を見ていた。
「文吏に申しておく」
それから、付け足すように言った。
「書いたものは、いずれ外へ出る。承知の上か」
「承知しております」
「承知しておって、なお書けと申すか」
昌源は、紙の上に置いた指を動かさなかった。
「種籾を幾ら出したかが分かれば、この家の村がどれだけ作れるかが知れる。数の知れるものは、欲しがられる。敵にもじゃ。味方にもな」
藤丸は、味方、という言葉のほうを聞いていた。
「……その数は、書かずとも知れまする」
「ほう」
「田を見れば、どれだけ作れる村かは、外からも見えまする。焼くなら、紙を見ずとも焼けまする」
昌源は、何も言わなかった。
「書いておらねば、外へは出ませぬ。かわりに、内にも残りませぬ。見えておらぬのは、こちらだけにございます」
「よかろう」
昌源は、脇に置いた紙を一枚、指の腹で押さえた。
「して。そちは、今年の貸しを出すべきと思うか」
藤丸は、答えるのに間が要った。
蔵の米を欲しがる手が三つあることは、二日かけて並べた。並べただけで、どれが正しいとは書けなかった。
「……分かりませぬ」
「そうか」
「ただ、種籾を止めるのが、いちばん高くつくと存じます」
昌源は、うなずきもせずに、紙を裏返した。
* * *
「貸しは、出す」
そう言われて、藤丸は顔を上げた。
「種籾は、例年の通り。食い物は減らす。……そこまでは、そちの申した通りじゃ」
藤丸の胸の内で、何かが少し浮きかけた。浮きかけたところで、父の次の一言が来た。
「利は、米では取らぬ」
「……取らぬ、とは」
「借りた家からは、秋、人を一人出させる」
部屋の中の音が、一つ減ったような気がした。
「米は二度使えぬ。そちの申した通りじゃ」
昌源は、藤丸を見ずに続けた。
「利を米で取れば、秋の蔵は肥える。だが秋に要るのは、米ではない。米は、貸さずに置いておけば手に入る。人は、置いておいても手に入らぬ」
「秋に人を出せば、田の手が減りまする」
「減る」
昌源は、そこを一つも曖昧にしなかった。
「米で取っても人で取っても、村は痩せる。痩せる場所が違うだけじゃ。それを承知で決めておる」
「村は、承知いたしましょうか」
「利を取らぬ、と申せば、たいていは承知する」
「利は、取っておられまする」
昌源は、初めて藤丸のほうを見た。
「取っておる」
それだけだった。否みもせず、言い直しもしなかった。
「その先は」
「その先は、秋になってみねば分からぬ」
昌源は、それきり口を閉じた。
これはわし一人で決めたことではない、と、最後に一度だけ言った。どこと相談したとは言わなかった。
* * *
部屋を出て、廊下を歩きながら、藤丸は自分の手を見ていた。
三日前、この手は蔵の前で俵の数を書いた。文吏が読み上げるのを、同じ数だけ、自分の帖に書き入れた。
その数を、父は見た。見たうえで、今年の貸しを決めた。
米の話をしていたはずだった。終わってみると、人の数の話になっていた。
秋に、自分の書いた紙が村の冬を決めたことがある。あのときは、紙が沙汰になるまでの道筋が見えなかった。今度は、はじめから終わりまで見えている。蔵の俵が減って、そのぶん、村から人が出る。
(借りるのは、米だ。返すのは、人だ)
その置き換えを、誰も間違っていない。父も、文吏も、自分も、数を違えてはいない。
ただ、村へ届く言葉は、一つ短くなる。
屋敷が決めたのは、利を米では取らぬ、ということである。村が聞くのは、利を取らぬ、ということである。二つは同じ言葉で始まって、途中から別のものになる。それを誰かが偽っているわけではない。触れを回すたび、言葉は短くなるほうへ短くなるほうへ削れていく。
米ならば、揉めても枡がある。五升は誰が量っても五升で、違えば量り直せばよい。
人には、枡がない。
一人と一人が同じでないことは、村の者のほうがよく知っている。若い男と、腰の曲がった年寄りが、同じ一人である。何日出るのか、いつ呼ばれるのか、田の忙しい日に当たったらどうなるのか。そのどれも、今日は決まっていない。決まっていないまま、村は承知する。利を取らぬ、と聞いたからである。
差が出るのは、秋だった。
秋になれば、村は去年利を取られなかったと覚え、屋敷は去年人が来たと覚える。二つの覚えは、どちらも正しい。正しいまま、揃わない。
揃わなくなってから直すのは、たいてい間に合わない。
藤丸は、廊下の途中で足を止めた。
止めて、そのまま歩き出した。人一人とは何日のことか、誰を数え、誰を数えぬのか。それを決めておくのは、今の自分ではない。
できるのは、決まっていないということを、決まっていないまま書いておくことだけだった。
* * *
触れが村々へ回ったのは、四日後である。
藤丸が門のあたりに出ると、源五郎が薪を運び終えて、手をはたいていた。
「聞きましてございます」
藤丸のほうから訊く前に、源五郎が言った。
「そなたの在所は」
「借りますじゃろ。今年は、借りねば苗代が起きませぬ」
源五郎は、はたいた手を袴で拭いた。
「秋には、それがしが出ます。ですが、それがしが出ても、在所の一人には数えられませぬ。屋敷の者は、初めから出るものと決まっておりますゆえ」
だから、在所からもう一人出る。
源五郎はそこまでは言わなかった。言わなくても、数は合っていた。
「訊いておるのではございませぬ」
そう言って、源五郎は薪の残りを取りに戻った。
三日前の暮れ、この男は一度だけ訊いた。春の貸しは村へ出ぬのか、と。あのとき藤丸は、分からぬ、としか言えなかった。
今は、答えられる。答えられるようになってみると、答えのほうが、あの日の問いより重かった。
* * *
夜、灯を入れて、今年の帖を開いた。
――春。見。貸し、出る。種籾は例年の通り。飯米、減。
文吏は食い物と言い、父も食い物と言った。帖に書くときは、種籾と並べて釣り合う言い方にした。
――春。聞(父上)。利、米にあらず。秋、借りたる家より人一人。
その脇に、小さく添えた。
――人一人、いつとも、何日とも、誰を数えるとも、聞かず。
どちらにも出所が書けた。書けぬところは、書けぬと書けた。書ける行は、いくらでも書ける。
藤丸は、帖を一枚、前へ繰った。
行の頭が、一つだけ白く空いている。山田は残らぬ、とだけ書いて、出所を書けなかった行である。
その白い場所は、今日も白いままだった。
ただ、まわりの行が増えていた。糒。草鞋。稽古場の人数。人の座らぬ改め場。そして今日の、秋に出る人の数。どれも出所のある行で、どれも、あの一行のほうを向いて並んでいた。
行が増えたところで、あの一行が正しくなるわけではない。ただ、白いままの場所が、だんだん目につかなくなっていく。
藤丸は、その白い場所に指を置いた。紙は乾いていた。
蔵の俵は、まだ蔵にある。三日前に数えたときと、一つも変わっていない。
変わったのは、その数が何の数であるか、ということだけだった。
今回は、春の貸しの話でした。
困窮した家に春に種籾や食べる米を貸し、秋の収穫のあとに利を付けて返させる仕組みは、古代の出挙に始まり、中世を通じて各地に形を変えて残りました。土佐のこの時期にどう運用されていたかを直接示す記録は残っていませんので、作中の細かい数字は物語のための想定です。
利の重さは、時代と土地と貸し手によってかなりの幅があったようです。一般には五割前後と伝えられる例が多く、作中で藤丸が見た二割ほどという数字は、かなり軽いほうにあたります。屋敷が自分の領内の村へ出す貸しであること、村が痩せれば結局は屋敷の年貢が細ること――そのあたりを見込んだ設定として書きました。
もう一つ、「飯米」という言葉について。
同じ米でも、春にまく分は種籾、その年に食べる分は飯米と呼び分けます。帳簿の上では、この二つはまったく性格の違うものです。飯米を減らせばその年ひもじいだけで済みますが、種籾を減らすと、減った分は秋の収穫となって返ってきません。今年の蔵を惜しんだつもりで、来年の蔵から先に食べることになる。
藤丸が父に申し上げたのは、そのことでした。そして、すでに知られていることでもありました。
知られていることと、書かれていることは、違います。今回の藤丸が手に入れたのは、そのわずかな差だけです。
なお、貸しの利を米ではなく人の役で取るという形については、これに直接あたる記録を見つけることができませんでした。中世の在地領主が村へ夫役を課すこと自体はごく普通に行われていましたので、その延長として書いています。
次回は、田に水が入ります。




