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下の三行

 天文十七年の秋。刈り入れが終わり、年貢を納める日です。


 前回、藤丸は野分のあとの田を数えました。切れた畔と、切れなかった畔。どちらにも入らない三枚は、筋に合わないからと下へ外して書きました。


 その紙は、父の手で岡豊へ上がっています。


 今回は、上がった紙が戻ってくる話です。

 納めの日は、朝の暗いうちから足音が続いた。


 屋敷の前庭にむしろを敷き、村ごとにたわらを積む。担いできた男が肩から下ろすたび、地面が短く鳴った。藤丸ふじまるは縁の下り口に座って、その音を聞いていた。


 脇には文吏ぶんりがいる。俵が下りるたび、村の名と数を帳に書き入れていく。


 見ておりたい、と藤丸は三日前に父へ申し出ていた。歩く前に申せ、と言われたのはあぜのことだったが、それ以外も先に申したほうがよい気がした。昌源しょうげんは「座って見ておれ。口は出すな」と言った。


 俵は、村ごとにまとまって積まれ、まとまったまま数えられた。


 自分が春から歩いて見てきたのは、田の一枚ごとだった。落ち口の広さ、溝のさらい、水の残る低み。それが、ここでは村という一つの名に括られ、「何村、何俵」の一行になる。


 太助たすけの村の俵が運び込まれたとき、藤丸は思わず数を追った。去年より少ない。だが、そのどれだけが野分のわきで、どれだけが穂の芽で、どれだけが取りこぼしなのかは、この庭のどこにも書かれていない。


 文吏の筆は、迷わず動いていた。


*  *  *


 昼を過ぎて、岡豊おこうからの使いが来た。


 藤丸は縁から下がって、庭の隅に控えた。源五郎げんごろうが黙って傍らに立った。


 使いは若い侍で、油紙の包みを昌源に渡すと、それだけで下がっていった。昌源はその場で開き、しばらく目を落としてから、文吏を呼んだ。


「引きの沙汰さたじゃ。村ごとに写して、年寄りに渡せ」


 文吏が受け取って板の間へ運ぶ。藤丸は父の顔を見たが、昌源は何も言わず、庭の俵に目を移しただけだった。


 その日の夕方、藤丸は文吏の部屋を覗いた。板の間に写しかけの紙が何枚も並び、村の名が一枚ずつ違う。藤丸は入り口に膝をついたまま、いちばん手前の一枚を見た。


 ――一つ、水の落ち口を広く取り、溝を浚いたる田にて損じたる分は、引くこと。


 ――一つ、落ち口塞がり、溝浚わざる田にて損じたる分は、引かざること。


 一度読んで、膝の力が抜けた。


 自分の紙だった。


 書いたのは、こうではない。切れた畔が十二、切れなかったのが十一。切れた側は落ち口が狭いか溝が詰まり、切れなかった側は落ち口を広く取って溝を浚ってあった。数えたことを、そのまま並べただけだ。良し悪しは、一言も書いていない。


 だが、二つの列に分けたその形は、一つも崩れずに残っていた。落ちたのは、行の脇に小さく添えた一行だけである。


(言われていた)


 野分の五日後、この同じ部屋で、この男が言ったのだ。断りは、たいてい落ちまする。急いで写す者は、まず脇を落とします。次に、下へ外した行を落とします――


 あのとき自分がしたのは、写してくれと頼むことだった。控えにも、戻すほうにも、同じに写してほしいと。文吏はその通りにしてくれた。


 それで済んだと思っていた。


 落ちる、と聞かされて、写させることしか思いつかなかった。どこで落ちたのかさえ、まだ分からない。


「藤丸さま」


 文吏が、筆を止めずに言った。


「お座りになりますか」


 藤丸は答えずに、入り口の板の上へ座った。


「文吏どの。この二行は、どこから出たものか」


「岡豊からの、そのままの写しにございます」


「岡豊は、何を見てこれを書いた」


 文吏は、初めて筆を置いた。


「それがしには、分かりかねます」


 そして、少しだけ間を置いてから、付け足した。


「ただ、殿さまが上げられた束の中に、似た形の紙が一枚ございました」


*  *  *


 翌朝、村の年寄りが二人、屋敷の門の内に立っていた。


 写しを受け取りに来たのではない。受け取ったあとで、戻ってきたのだった。


 取り次いだのは若い侍で、年寄りは頭を低くしたまま同じことを何度も言っている。藤丸は、庭の井戸の陰から見ていた。


「溝を浚うておらなんだゆえ引かぬ、との仰せでございましょうか」


「沙汰の通りじゃ」


「なれど、あの田は、去年の夏に浚うてございます。今年も浚うつもりでおりましたが、ちょうど人手が――」


 そこから先は、聞き取れなかった。


 年寄りは、しまいに何も言わなくなり、二人とも頭を下げて出ていった。


 藤丸は、井戸の陰から動けなかった。


 あの二行を村の側から読めば、こうなる。溝を浚っていない田は怠った田である。怠った田の損は、引かない。


 自分は、怠りとは書いていない。落ち口が狭い、溝が詰まっている、と書いただけだ。


 だが、あの紙は田を二つの列に分けてあった。切れた田の列と、切れなかった田の列。分け目になっていたのが、落ち口の広さと溝の浚いである。


 読んだ者は、列の頭の字を書き換えるだけでよかった。切れた、切れなかった――それを、引かぬ、引く、に。行は一つも動かさずに済む。


 昨夜分かったのは、形が同じだ、というところまでだった。今朝分かったのは、なぜこれほど易々と書き換えられたのか、である。分けて並べるというのは、分け目に理由を一つ据えるということだ。据えた理由は、そのまま裁きの理由になる。


 そういう形に、自分で並べてあった。


 源五郎が、いつのまにか後ろに立っていた。


「藤丸様」


「……源五郎。そなたの在所は、どうであった」


「畔が二枚、切れました」


「それは、聞いた。引きは」


 源五郎は、少し黙った。


「一枚は、引かれました」


 もう一枚のことは、言わなかった。藤丸も、訊かなかった。


*  *  *


 日が落ちてから、藤丸は父の間の前に座った。


 昌源は、燭台しょくだいの下で沙汰の写しを広げていた。藤丸が入っても、顔は上げなかった。


「引きのことか」


「あの二行は、私の紙から出たものにございますか」


「出た」


 藤丸は、膝の上で指を握った。


「脇の一行は、上がりましたか」


「上がった。わしが落とさずに上げた」


「……岡豊で、落ちましたか」


「落ちた」


 昌源は、写しの端を指で押さえた。


下知げちに、たぶん、とは書けぬ。書けば、誰も従わぬ。従われぬ下知は、出さぬのと同じじゃ」


「……承知しております」


 声が、思ったより低く出た。


(途中で落ちたのでは、なかった)


 文吏は落とさなかった。父も落とさなかった。頼んだ通りに、二度写された。それでも落ちた。


 あの紙は、引く引かぬを決めるために使われたのだ。決めるための紙に、たぶん、とは書けない。書いてあれば、削るしかない。丁寧に写そうが急いで写そうが、削られる。


 落ちると聞いたとき、自分は写させることしか思いつかなかった。写す途中で落ちるのだと思っていたからだ。


 落ちたのは、途中ではなかった。使われるときだった。


「父上。私の見たのは、一つの村にございます」


「そうじゃ」


 昌源は、あっさりと言った。責める調子はなかった。それが、かえって重かった。


 残ったのは、一つの村の、一晩のあとの二十三枚。あの地面での話でしかない数が、今朝、見たこともない村の年寄りの冬を決めていた。


*  *  *


「じゃが藤丸。もう一つ、見せておく」


 昌源は、写しを裏返して、下のほうを指した。


 二行だと思っていたものに、三行目があった。


 ――一つ、水の三方より寄する低き田、また元より水の掛からざる高き田は、この限りにあらず。村の年寄りより申し出でしめ、見たるうえにて定むること。


 藤丸は、その一行を二度読んだ。


「これは」


「お前の紙の、下の三行じゃ」


 昌源は、それだけ言って、写しを元に戻した。


 三方から水の来る低い一枚と、はじめから切れようのない高い二枚。切れた側にも、切れなかった側にも入らなかった三枚である。筋に合わないから、下へ外して別に書いた。


 もし混ぜて書いていたら、と藤丸は思った。あの三枚は数の中に埋もれる。溝を浚った田は切れず、浚わぬ田は切れた、という筋だけが、きれいに残っただろう。


 きれいすぎる筋には、逃げ道がない。


 浚っても切れる田がある。上の者は、それを知らなかった。知らせたのは、あの三行だ。


 合わないものを、合うものの中に混ぜてはならない。畔を数えた夜にそう決めて、秋のますの前でもう一度そう決めた。数を嘘にしないための、自分の中だけの決まりのつもりだった。


 その決まりが、顔も知らぬ誰かの田を、一枚か二枚、冬から引き上げていた。


 藤丸は、もう一度その一行を目でたどった。


 低い田は分かる。浚っても切れる田だから、引かねば道理に合わない。


 だが高い田は、切れていない。切れていないものを、なぜ岡豊は書き足したのか。


(切れておらぬ。……切れておらぬが、溝は)


 浚っていない。浚う要がないからだ。田の面が高く、大水の折にも水が上がってこない。


 だが紙の上では、怠って浚わなかった田と、浚う要のなかった田が、同じ一行になる。区別する欄は、どこにもない。


 そして、畔が切れずとも田は損じる。野分は高い田の稲とて倒す。倒れて損じた高い田が、引きを願うて出てきたとき――溝を浚っていない、ゆえに怠った田である、ゆえに引かぬ。


 背中が、冷たくなった。


「……水の話で、水の来ぬ田を裁くことになりまする」


 昌源が、初めて目を上げた。


「気がついたか」


「私は、あの三枚を、筋に合わぬゆえ外しただけにございます。高い田が危ういとまでは、考えておりませんでした」


「考えずに外した紙が、考えた者の手に渡ったのじゃ」


 昌源は、燭の芯を切った。


「外さねば、渡らなんだ」


*  *  *


「父上。今朝、門に来た年寄りは」


「聞いた」


「あの者の田は、この三行目には」


「当たるやもしれぬ。当たらぬやもしれぬ。申し出れば見に行く。申し出ねば、行かぬ」


 昌源は、写しを畳んだ。


「申し出よと書いてはあるが、書いてあるものが村まで届くとは限らぬ。字の読める者と、屋敷まで足を運べる者と、その両方が村におらねば、その一行は無いのと同じじゃ」


(逃げ道はある。だが、あると知らされた村しか、そこへは行けない)


 藤丸は、頭を下げた。


れを、出していただくことはできませぬか」


「出す。もともと出すつもりであった」


 昌源は、少し間を置いた。


「じゃが、触れを出したところで、届く村と届かぬ村ができる。それは、今のわしにも直せぬ」


 直せぬ、と父が言うのを、藤丸は初めて聞いた気がした。


*  *  *


 二日後、藤丸は太助の村へ下りた。用は山のことだった。埋まった谷の掘り出しに男が四、五人で半月要ると平六へいろくが言っている。納めが済めば村の手は空く。頼めるかどうかを聞きに行った。


 太助は、わらう手を止めずに聞いた。


「半月なら、出せますじゃろ。……去年までなら」


「去年までなら」


「引きの薄かった家が、冬に外へ出ますでな。炭を焼きに山へ入る者も、材木の出しに雇われる者もおります。銭になる仕事のほうへ、先に取られますわい」


 自分の書いた紙が沙汰になり、沙汰が村の冬の身の振り方を変え、変わった身の振り方が、自分の山から手を奪っていく。誰が悪いという話ではなかった。ただ、繋がっていた。


「銭で頼めば、来るか」


「来ますとも。銭さえ出せば」


「……銭は、今、私にはない」


「でしょうな」


 太助は、それきり何も言わなかった。


*  *  *


 屋敷に戻り、藤丸は文吏の部屋へ寄った。文吏はもう帰り支度をしていたが、藤丸が頼むと、板の間の隅の箱を下ろして蓋を開けてくれた。


 中に、あの日のひかえが入っていた。上がったほうと同じ字、同じ行である。


 下の三行があり、その脇に、小さく写された一行があった。


 ――一晩、一村、二十三枚のみ。次の野分でも数える。


 上がった一枚からは、これが消えた。消えなければ沙汰にならないからだ。


 だが、ここには残っている。


「文吏どの。控えは、いつまで置くのか」


「置ける限りは」


 文吏は、蓋に手をかけた。


「上がった紙は、上で使われて、使われたなりに姿を変えまする。控えは変わりませぬ。……後で誰かが、どこで変わったのかを見たくなったときに要りますゆえ」


 箱の蓋が、乾いた音を立てて閉まった。


 動く紙と、動かない紙。動く紙が人の冬を決め、動かない紙は誰の冬も決めない。


 決めない紙が何のためにあるのかは、写してくれと頼んだ日から分かっていた。分かっていなかったのは、それがいつ要るようになるかだった。


 今日、要るようになった。


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回の「引き」は、災害や不作で収穫が減ったときに年貢を減らしてもらうことです。当時は損免そんめん損亡そんもうなどと呼ばれ、中世の各地に記録が残っています。


 やり方は、おおむね次のような形だったと言われています。まず村の側が「これだけ損じた」と申し出る。次に領主の側が人を出して実際に見る。そのうえで、どれだけ引くかを決める。作中で昌源が「申し出れば見に行く。申し出ねば、行かぬ」と言うのは、この「申し出が先」という順番によります。


 ただし、この時期の土佐でどういう形が取られていたかを直接示す記録は見当たりませんでした。作中の沙汰の文面は、他国に残る例をもとにした想像です。


 もう一つ。この頃はまだ、田の一枚ごとに持ち主や状態を書いた台帳が広く整っていたわけではありません。田ごとの詳しい帳簿が国じゅうに揃うのは、ずっと後、太閤検地を待つことになります。


 つまり、誰かが実際に歩いて数えないかぎり、田がどうなっているかを紙の上で知る手立てはほとんどなかった、ということになります。藤丸が半日歩いて数えた二十三枚の紙が、あれほど軽々と沙汰の形になってしまった理由も、そのあたりにあります。


 次回もお付き合いいただければ幸いです。

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