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音の絶え間

夏の終わり。土佐に、風の季節が来ます。

前回まで、藤丸は二枚の田と山の木を並べて、二年目の答えを待っていました。その待っている途中に、待っていないものが来ます。


今回は、田の話ではありません。夜のあいだ、何も見えないところで藤丸が何をしていたか、という話です。

 朝の風が、ぬるかった。


 藤丸ふじまるが縁側に出たとき、庭の松の枝が、いつもと違う向きに揺れていた。夏のあいだ、風はたいてい山のほうから下りてきた。それが今朝は、海のほうから吹き上げてくる。生あたたかく、湿った風だった。


 空は晴れている。だが、その晴れ方が妙だった。高いところの雲だけが、目に見える速さで流れていく。


 昼前に、太助たすけが屋敷の裏門まで来た。


「藤丸様。恐れ入りますが、しばらくは田へお越しにならんほうが、ようございます」


「何かあったか」


野分のわきが、参ります」


 太助は空を仰いだ。日は照っている。


「どこで、そう見る」


「まず、風の向きでございます。海から回りましてな。それから、雲の走り。下は動かんのに、上ばかりが急ぐ日は、いけません。あとは――」


 太助は少し言い淀んでから、続けた。


「夜中に、海の鳴る音が聞こえました。ここからは遠いのに、聞こえる日がございます。そういう年は、二日か三日のうちに、必ず来ますで」


 藤丸は懐からちょうを出し、その場で筆を走らせた。


 ――夏の終わり。聞(太助)。風、海より。上の雲のみ急ぐ。夜、遠き海鳴り。三つ揃えば野分と言う。


 書きながら、胸の内が妙に静かだった。当たるかどうかは、じきに分かる。当たらなければ、それも一つの答えだ。


(前の世では、風の来る日は、前もって知れた)


 どうやって知れたのかは、もう思い出せない。ただ、知らせが届いていたことだけを覚えている。海鳴りを聞いて数える者はおらず、聞かずに済んでいた。


 ――今は、太助の耳が、それの代わりをしている。


*  *  *


 翌日から、村の動きが変わった。


 藤丸は、父の許しを得て、若党わかとうを一人連れ、昼のうちだけ村を歩いた。田には近づかず、家々の並びを見て回った。


 どの家も、同じ順で動いていた。


 まず屋根だった。男衆が上がり、縄を渡し、石を置いていく。次に、外に出してあるもの――おけたきぎ――を土間の奥へ入れる。それから井戸に板を渡し、重しを置く。あぜでは、若い衆が水口みなくちくわで広げていた。


「水を、落とすのですか」


 藤丸がくと、鍬を止めた若い衆が、汗を拭いて答えた。


「落ちる先を、先に作っておきますんで。作らんと、水が畔を越えて、そこから切れます。切れた畔は、直すのに何日もかかりますで」


 藤丸は、また帖を開いた。


 ――野分の備え。一、屋根。二、外の物。三、井戸。四、水の落ち口。


 書き終えて、しばらくその四行を眺めた。


 誰かが今朝、村じゅうに触れを回したわけではない。誰も指を折って条を分けてはいない。それなのに、どの家も同じ順で、同じ手つきで動いている。


(これは、書かれていない帖だ)


 何十年、あるいは何百年ぶんの野分が、この村に順番を教えた。教えたあとで、教えた者はみな死んだ。それでも順番だけが残って、今日、若い衆の鍬の先にある。


 紙に書かれた帖は、火が出れば燃える。だが、これは燃えない。そのかわり、間違った順番が混じっても、誰も気づかないまま、それも一緒に残っていく。


 藤丸は、四行の脇に、小さく書き添えた。


 ――当て推量。この四つのうち、どれが最も効くのかは、村の誰も分けていない。


*  *  *


 その夜、来た。


 日暮れ前から雨が降り出し、暗くなるころには、雨の音の中に別の音が混じりはじめた。屋敷じゅうの雨戸が立てられ、廊下は昼のように暗くなった。


 藤丸は、自室の文机ふづくえの前に座っていた。


 風は、うねっていた。ひとしきり鳴っては、ふつりと止み、しばらく間を置いて、また遠くから走ってくる。走ってくる音が近づいてくるあいだ、雨戸は静かで、それがいちばん落ち着かなかった。


 どこかで、板の外れる音がした。屋敷の者が走る足音。誰かが何かを叫び、それが風に呑まれた。


 廊下のほうで、あかりが揺れた。


 障子が細く開いて、おさきが顔を出した。手燭てしょくを胸のあたりでかばっている。


「藤丸様。お起きでございましたか」


「眠れぬ」


「……皆、起きております」


 お咲は敷居の外に膝をついた。中へは入らない。


「裏の物置の戸が一枚、外れました。いま、押さえております。母屋おもやのほうは、無事でございます」


「お咲は、怖くないか」


 少し、間があった。


「怖うございます。ですが、父が旅の空で野分に遭うた話を、幾度も聞いておりますので。……屋根の下におるだけ、ましだと思うことにしております」


 藤丸は、何と返せばいいのか分からなかった。甚兵衛じんべえが、いま、どのあたりの空の下にいるのかは知らない。この娘は毎年、この音を、そういうふうに聞いてきたのだ。


「お咲。書付かきつけは」


「懐に、入れてございます」


 即答だった。


「濡らしませぬ」


 手燭の灯が、風の音に合わせて揺れた。お咲は一礼して、障子を閉めた。廊下を遠ざかる足音が、また風に紛れた。


(濡らしませぬ、か)


 紙は、火に弱く、水にも弱い。それを承知している者が、この屋敷に、もう一人いた。


*  *  *


(田は、どうなっている)


 分からなかった。


 見に行けば分かる。だが、行けない。十の子が夜の野分の中を歩いて、何ができるわけでもない。仮に行ったところで、真っ暗な雨の中では、稲の一本も見えはしないだろう。


 藤丸は、帖を開いた。開いてから、書くことがないことに気づいた。


 見ていないものは、書けない。それが自分で決めた決まりだった。


 しばらく、何も書いていない紙を見ていた。それから、筆を取った。


 ――夜。聞。風、南より。強く鳴りて、間を置き、また鳴る。


 書いてから、筆が止まった。


 この帖の「聞」は、人から来た話につける印である。太助から聞いた。甚兵衛から聞いた。兄上から聞いた。出所の分からぬものを、分かったふりで並べぬために決めた印だった。


 いま書いたのは、自分の耳が聞いた音である。


 藤丸は「聞」の字を塗り消して、その上に「見」と書いた。音を見たと書くのは妙な心地がした。だが、この帖の見と聞は、目と耳の別ではない。外から来たものか、自分で確かめたものか、その別である。


 塗り消した墨を見ているうちに、朝の行のことを思った。太助の告げを一行に括ったとき、風の向きと雲の走りは、自分の目でも見ていた。それを夜の海鳴りと一緒くたにして、聞(太助)と書いた。三つを一つの行に押し込んだせいで、自分で見た分まで、人の耳の下に入っている。


(分けて書けば、行が増える。増えたぶん、後で読む者は迷わずに済む)


 直すのは、明るくなってからでいい。


 次の音を待って、また書いた。


 ――音の絶え間、五十を数えるほど。


 次は、四十を数えるあいだだった。その次は、三十。書きつけているうちに、間が短くなっていくのが、数字で見えるようになった。


 鳴っていないあいだは、することがない。


 藤丸は、昼のうちに書いた四行を開いた。屋根。外の物。井戸。水の落ち口。村じゅうが同じ順で動いていた、あの四つである。


 見ているうちに、一つ気づいた。


 四つのうち三つは、明日には元へ戻る。屋根の縄は解かれ、石は下ろされる。桶も箕も薪も、土間から外へ出される。井戸の板も取られる。今日ひと日のために手を動かし、明くる日には、そっくり元の形へ戻すのだ。


 残る一つだけが、違った。


 水の落ち口である。去年のうちに広げてあれば、今年も広い。溝は、さらった年の形がしばらく残る。今夜、田を守っているものがあるとすれば、それは今日の鍬ではなく、去年の誰かの鍬だ。


(前もってやっておける備えと、その日にしかできぬ備えとがある)


 四つを並べて書いたとき、そこを分けなかった。同じ紙の同じ列に、四つとも同じ顔をして並んでいる。


 藤丸は、脇に小さく書き足した。


 ――四のみ、前の年より残る。一、二、三は、その日限り。


 書きながら、厄介なことに思い当たった。


 落ち口を広く取ってあった田は、今夜、切れずに済むかもしれない。だが切れなかった田は、切れなかったというだけで、明日、誰の目にも留まらない。人が見に行くのは切れたほうである。直すのに何日もかかるのは切れたほうである。


 効いた備えは、効いた年ほど、誰にも見えない。


 だから来年、また鍬を入れる理由が村には残らない。今年の秋に手が空かなければ、溝は浚われずに冬を越す。誰の怠りでもなく、そうなる。


 できることが一つだけあった。数えることだ。


 切れた畔と、切れなかった畔と、両方の数を並べて書く。並べてはじめて、あれが効いた、と言える形になる。頭の中では言えない。頭の中のものは、日が経つと、都合のよいほうへ寄っていく。


 言えたとして、村に触れを出せる立場に自分はいない。十の子である。


(言えるようになったときに、手ぶらでいたくない)


 三十が二度続き、また三十だった。


 それでも藤丸は、数えつづけた。


 真夜中を過ぎたあたりで、数が伸びはじめた。四十。六十。


 次は、八十を数えても鳴らなかった。筆を置いて待った。百を数え、そこで数えるのをやめた。雨の音だけが残っていた。


 廊下のほうが、また明るくなった。


 障子の外に、灯りが止まった。


「藤丸様。戸は、押さえ終えましてございます」


 お咲の声だった。先ほどより、かすれている。


「……まだ、続きますでしょうか」


 藤丸は、手元の紙に目を落とした。


「峠は、越えたと思う」


「はい?」


「鳴って、次に鳴るまでを数えておった。はじめは五十を数えるあいだがあった。それが四十になり、三十になった。三十がいちばん短かった。いまは、百を数えても鳴らぬ」


 障子の向こうで、灯りが少し揺れた。


「……さようでございますか」


 それだけだった。信じたのか、信じなかったのか、声からは分からなかった。


「では、もうしばらく、起きております」


 灯りが遠ざかっていった。


 藤丸は、暗い天井を見上げた。


 当たっているかどうかは、朝になれば分かる。外れていれば、それも書く。


 ただ、この屋敷で、いま、それを言えたのは自分だけだった。太助は村にいる。若党も女中も、みな起きて、押さえるべきものを押さえている。誰も数えていない。数えていないから、いつ終わるかを訊かれても、誰も答えられない。


 筆を取り直したとき、指がこわばっていた。


 ――風の向き、南より、西へ回りて止む。


 藤丸は、書いた分を初めから読み返した。風の向き。音の間。数字ばかりが並んでいる。ここからは、田のことも、山のことも、何ひとつ分からない。


 見ていないものは、書けない。決まりを守れば、こういう頁ができあがる。


 それでも、朝が来れば、見に行ける。見に行けば、書ける。


 藤丸は、行を改めた。


 ――明けて、見る順。一、屋根。二、外の物。三、井戸。四、水の落ち口。


 書いてから、一と二を線で消した。屋根も桶も、朝いちばんに家の者が見る。自分が見に行かなくても、誰かが必ず見る。


 田のことは、書かなかった。書かずとも、明ければまずそこへ行く。


 残ったのは、下の二つだった。そのうちの一つは、去年の鍬が形を残しているほうだ。


 ――一、井戸。二、水の落ち口。切れた畔と、切れなんだ畔を、分けて数える。


 筆を置いた。


 雨戸の外は、まだ暗い。風は鳴らない。雨の音だけが、屋根の上を流れていく。


 藤丸は、帖を閉じなかった。開いたまま文机に置いて、明るくなるのを待った。待つあいだに、二行を、もう一度読んだ。

今回に因んだ豆知識を、二つほど。


一つ、「野分のわき」という言葉について。


いま私たちが「台風」と呼ぶものですが、この語が使われるようになるのは明治以降のことです。それ以前は、秋に吹く激しい風を「野分」と呼んでいました。野の草を分けて吹く風、という意味だと言われています。『源氏物語』に同じ名の巻がありますから、平安の頃にはすでに使われていた古い言葉です。作中の太助や村の若い衆が「野分が参ります」と言うのは、この時代の人にとってごく普通の言い方でした。


二つ、「二百十日」について。


立春から数えて二百十日目が荒れやすい、という言い伝えをご存じの方も多いかと思います。ただ、これが暦に注記として載り、広く知られるようになったのは江戸時代に入ってからのようです。天文年間の土佐の村人が、日を数えて風の日を待ち構えていたという記録は、私の知るかぎり見当たりません。


ですので作中では、日付ではなく、風の向き・雲の走り・遠い海鳴りという「その場で見えるもの」で兆しを読む形にしました。海が鳴ると数日のうちに荒れる、という言い伝えは各地の漁村に残っていますが、いつからそう言われていたのかまでは、はっきりしません。当時の人が本当にこの三つを揃えて見ていたかどうかは分かりませんので、そのつもりでお読みいただければと思います。


次回、明けた朝です。

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