手つきを配る
前回、藤丸は兄から「名は消せても、手つきは消えぬ」と言い当てられました。
知恵の切れ味を捨てるか、辿られるのを承知で回し続けるか。
兄はどちらかを選べと言い、答えは置いていきませんでした。
三日考えて、藤丸は答えを出せずにいます。
蝉の声が、日ごとに薄くなっていた。
朝の縁側に腰を下ろして、藤丸は膝の上に帖を開いていた。日はまだ低く、庭の松の影が長く伸びている。帖を開けば、三日前に書きつけた一行が、いちばんに目へ入る。
――聞(兄上)。名は消せるが、手つきは消えぬ。知恵にも手蹟あり。
墨は、とうに乾いている。乾いてなお、この一行だけが片づかなかった。
鞘のほうを選ぶか、刀のほうを選ぶか。兄はそう言って、答えを置いていかなかった。
鞘は、納まりのことだ。人の目に留まらず、誰の気にも障らず、抜き身を提げて歩かずに済む。刀は、切れ味のことだ。渡した知恵が人に届き、届いた先で効く。手つきを鈍らせれば辿られはしないが、そのぶん切れ味が落ちる。切れ味を取れば効くが、どこから出た知恵かは辿られる。どちらかに寄せて打ち直せ――兄の言ったのは、そういうことだった。
置いていかなかったのは、どちらでもよいという意味ではない。自分で決めろ、ということだ。
藤丸は、まず鞘のほうから考えてみた。
手つきを変える。指を折って条を分けるのをやめ、三つまとめて「こうすればよい」と渡す。試す家を立てて答えを待つのもやめ、言い切って渡す。――そこまで並べたところで、筆が止まった。
(それでは、しくじった家が行き止まりになる)
焼きの深さと、吊す場所と、泥の吐かせ方。ひとまとめにして渡せば、しくじった家は、三つのうちどれを違えたのかを知らないままになる。分けて渡すから、自分で見つけられる。言い切らずに渡すから、後で確かめられる。癖を落とせば、そこが落ちる。
鞘は、選べぬ。
では、刀か。切れ味を取り、辿られるのを承知で回し続ける。それは、ただの開き直りだ。名を消して安心する者から足がつく――兄のあの一言に、何ひとつ答えていない。
藤丸は筆を置いた。庭の松の影が、いつのまにか少し縮んでいる。
答えは、出なかった。
三日、同じ一行を眺めている。眺めて出るものなら、とうに出ている。手の内で幾ら転がしても、墨は一滴も増えない。
藤丸は帖を閉じた。動いているものは、この部屋の外にしかない。
* * *
父の間での用が済んだ帰り際、藤丸は敷居のところで足を止めた。
「父上。ひとつ、お伺いしてもよろしゅうございますか」
昌源は、書きかけの手を止めずに顎を引いた。
「一度、人に渡したやり方は、渡した先で、誰のものになりましょうか」
「渡した先のものよ」
答えは、間を置かずに返ってきた。
「……さようにございますか」
「それを訊きに来たのではあるまい」
筆が、止まった。
「渡した先のものになったあとも、こちらで向きを決められるか。訊きたいのは、そちらであろう」
藤丸は、違います、と言おうとして、やめた。違わなかった。渡しておきながら、その先の向きまで手に残したがっている。並べて言われてみれば、虫のいい話だった。
「決められぬ」
昌源は、紙に目を戻した。
「決められぬのが嫌なら、渡さぬことじゃ。渡さぬなら、その知恵はお前ひとりのもので終わる。……どちらが安いかは、お前が量れ」
「……承知いたしました」
廊下に出ると、白砂に日が高く落ちていた。
(どちらが安いかは、お前が量れ)
叱られたのでも、突き放されたのでもない。当たり前のことを、当たり前に言われただけだ。当たり前の話を当たり前に言われると、こちらの覚悟のほうが、いつも少し足りていない。
部屋の中で量れる勘定ではなかった。渡した先がどうなっているかは、渡した先にある。
行くあてなら、一つあった。数日のうちに、村で虫送りの夜が来る。
* * *
夏の終わりの、月のない夜だった。
村の田の畔を、火の列が動いていく。虫送りだった。松明を掲げた男衆が、鉦を鳴らしながら田を一周し、稲につく虫を村の外れまで追い出す。子どもらが藁の人形を担いで、その後ろをついて回っている。
藤丸は、太助と並んで、列の後ろのほうを歩いていた。少し離れて、屋敷の若党が一人、松明を提げてついてきている。夜に出るなら供を連れよ――父が出した、ただ一つの条件だった。
松明の脂の匂いと、鉦の音と、足元の土の温さ。田の水に火が映って、細長く揺れていた。
「藤丸様が虫送りに出られるとは、思いませなんだ」
「見ておきたかった」
虫が本当に追い出されるのかは、藤丸には分からない。鉦や火で減る数は、たかが知れているだろう。それでも、村じゅうが同じ夜に田を一周するのは、それだけで一つの仕組みだった。この夜、誰がどの田を持ち、どこの畔が崩れかけているかを、村の全員が一度ずつ見る。
「焼き枯らしのほうは、どうだ」
「四軒とも、吊しております。ただ、まだ何とも」
太助は、松明の火を少し持ち上げた。
「夏の魚は脂が乗っておりますでな。乗った脂が、どう出るか。良う出れば長持ちしますが、こもれば臭います。答えは、冬に開けてみんことには」
「そうだな。冬だ」
答えの出ないことを、答えが出ていない、とそのまま言える。梅雨の前の太助なら、たぶん「うまくいっております」と言っていた。
田のほうへ目を向けると、暗がりの中でも、二枚の田の丈の違いは分かった。左の稲は、穂が出始めている。右も出ているが、いくらか遅い。
「穂は、左が先か」
「先です。ですが」
「丈と実は、別」
「へえ」
太助が、火の向こうで少し笑った。それから、思い出したように付け足した。
「そういえば、藤丸様。しくじった家に、どこを違えたか訊いて回るようになりましてな」
「訊いて回る」
「泥吐かせを一晩せずに煮た家がございましてな。そこだけ臭う、と申しますで。ならば、どこを違えたかと。……訊いて回りますと、四軒が一軒ぶんずつ違うことをやっておるのが、だんだん分かってまいります」
藤丸は、足を止めかけた。
「それは、誰に言われた」
「誰にも」
太助は、不思議そうな顔をした。
「しくじりも答えのうち、と。前に藤丸様がそう申されましたで、そういうものかと」
鉦の音が、少し先を通り過ぎていった。
藤丸の頭の中で、帖の行が三つ、勝手に並んだ。
――太助。寄り合いにて、指を折り、条を分けて話す。
――平六。ほだ木、日陰の深きへ一列ぶん寄せる。乾きすぎを避くるためと言う。
――お咲。書付、この夏も一日として欠けず。
太助は、指を折って条を分けた。教えたわけではない。何度も一緒に田を見ているうちに、いつの間にか、そういう話し方になっていた。平六は、山をまるごと動かさず、一列だけを動かした。一度に全部を変えれば、変わった理由が分からなくなる。あの男は、それを自分の手で覚えている。お咲は、去年の梅雨明けから、誰に催促されるでもなく書き続けている。書けと言ったのは一度きりだ。続けているのは、こちらではない。
背中のあたりが、じわりと熱くなった。
(手つきは、もう、わたし一人のものではない)
兄は、この家に一人しか知らぬと言った。それは、兄の見ている場所が屋敷の内だからだ。屋敷の外まで含めれば、同じ手つきをする者は、すでに三人いる。
そこまで来て、答えの形が、ようやく見えた。
鞘でも、刀でもなかった。手つきは変えない。持つ者を増やす。
条を分けて考える者が村に十人いれば、試す家を立てて待つ組があちこちにあれば、そういう知恵の回し方をする者を一人しか知らぬ、という言葉は、もう成り立たない。癖は、頭数が増えたぶんだけ、誰のものでもなくなる。
名を消すのは、消した跡が残る。そこらじゅうにあるものは、消さなくても目立たない。
* * *
列が田を一周し、村外れで藁人形を焼き終えると、男衆はそれぞれの家のほうへ散っていった。太助と二人、火の始末を見届けながら、藤丸は切り出した。
「太助。もう一つ、頼みがある」
「へえ」
「いま話した、しくじった家に訊いて回るというやり方。それと、指を折って条を分けること、試す家を立てて答えを待つこと。――あれを、これからは、お前のやり方として使ってくれ」
太助は、火箸を止めた。
「わたしの、でございますか」
「魚に限らぬ。田でも山でも、新しい話が回ってきたときだ。全部を一度に変えず、一つずつ分けて、試す家を立てて、答えを待つ。それを、お前が寄り合いで言う。……川向こうの知恵、と言わなくてよい」
太助は、すぐには答えなかった。灰を寄せる音が、二度、三度した。
「……藤丸様。わたしの言い分として申しますと、外れたときも、わたしの言い分にございます」
「そうだ」
「寄り合いで言うたことが外れれば、次から誰も聞きませぬ。百姓の申すことは、当たったか外れたかで量られますでな。川向こうの知恵、と申しておるうちは、外れても、こちらが悪かったことにはなりませぬ」
もっともだった。名を伏せて回すのは、太助には盾でもあったのだ。それを取り上げようとしている。
藤丸は、火の粉の散る先を見た。
「太助。梅雨の明けたころ、お前がわたしに言ったことがある」
「へえ」
「持った家も、一度だけ駄目にした年があった。同じ囲炉裏で、同じように焼いて、同じところに吊して、それでも傷んだ。婆さまも、あの年は何が違うたのじゃろうと首をひねっていた――そう言った」
太助が、火箸を止めたまま藤丸を見た。
「あれを、寄り合いで先に言え」
「……先に、でございますか」
「やり方を話す前にだ。この通りにやって持った家がある。ただし、その家も一度だけ駄目にした年があって、訳は誰にも分からぬ。そこまで先に言っておく」
鉦の音が、村のほうへ遠ざかっていく。
「そうしておけば、外れた家が出ても、お前の言い分が外れたことにはならぬ。外れる年があると、最初に言っておいたことになる。……盾は、川向こうに置いておかずともよい。お前の口の中に置ける」
太助は、しばらく黙っていた。
「……先に言うてしまうと、誰も試しませんでな」
「試す家が減るか」
「減りますな。三軒が二軒になるやも」
「二軒でよい」
藤丸は言った。
「言わずに集めた三軒は、外れたときに一軒も残らぬ。言って集めた二軒は、外れても二軒とも残る。……残ったほうが、次の年に効く」
太助が、腰を伸ばした。
「そういうものだと、わたしが思っているだけだ。当たっているかどうかは、来年の寄り合いで分かる」
「藤丸様は、そればっかりで」
太助が、火の向こうで笑った。
「承知しました。次の寄り合いで、しくじった年の話から始めますで。……田の話で」
「頼む」
藤丸は、返事の代わりに、松明の火を一つ、太助に渡した。
(渡した先が、どう使うかは、渡した者には決められぬ)
父の言葉は、脅しではなかった。ただの、当たり前の話だった。当たり前の話は、渡したあとに、いつも少しだけ重くなる。
* * *
若党の松明を先に立てて屋敷への道を戻る途中、藤丸は一度だけ振り返った。
村の家々に、火が散っていた。一本の列だったものが、いつの間にか十いくつの点になって、それぞれの土間の奥へ入っていく。一つひとつは小さく、どれがどこから分けられた火なのか、もう見分けはつかなかった。
同じ夜に、同じ火を、村じゅうが分け合う。分け終えたあと、元の松明がどれだったかを言える者はいない。
(癖も、そうやって散ればよい)
藤丸は、また前を向いて歩き出した。背中のほうで、鉦の音が、まだ細く鳴っていた。
今回は「虫送り」の夜が舞台です。
松明と鉦で村の田を一巡し、稲につく虫を村の外へ追い出す行事で、
藁の人形を担いで回る形は各地に伝わっています。
ただ、これがいつごろから行われていたのかは、はっきりしません。
まとまった記録が残るのは近世に入ってからで、
天文年間の土佐で行われていたという証拠は、今のところ見当たりません。
また、担ぐ人形を平家物語の斎藤実盛に結びつける言い伝えも、
かなり後の世に加わったものと考えられているようです。
(本作では、人形に名前は与えていません)
もっとも、火と音で虫を追うという発想そのものは古くからあったと言われており、
稲の穂が出る前後は、ウンカや螟虫の害がいちばん怖い時期にあたります。
村じゅうが同じ夜に総出で田を一周する、というやり方には、
虫の数を減らすこととは別の効き目もあったのかもしれません。
誰がどの田を持ち、どこの畔が崩れかけているか。
それを村の全員が、年に一度、同じ夜に見る。
藤丸が見に行ったのは、たぶんそちらのほうです。




