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住職の勘定

天文十七年、夏。所は安芸の寺です。


今回は岡豊を離れ、佐吉と、佐吉を預かる住職の側から書いております。前回、藤丸が父に問うて持ち帰ったものが、二日の道を隔てた先で、どう受け取られたのか。そのお話です。

 安芸あきの夏は、潮の匂いから始まる。


 朝のうちは山を下りてくる風が、昼には海からの風に替わり、山門の石段のあたりで二つの風がまじり合う。住職は本堂の脇の日陰に床几しょうぎを出させ、そこで岡豊おこう甚兵衛じんべえを迎えた。


「暑いさなかを、ようおいでなさった」


「なんの。山の道より、こちらの風のほうが、よほど涼しゅうございます」


 茶を出させ、道中の話をひとしきり聞く。山田様の御領分では荷改めがいっそう念入りになったこと、宿の飯のこと。いつも通り柔らかく、いつも通り、肝心の手前で止まる世間話だった。


 やがて甚兵衛は茶碗を置き、懐に手を入れた。


佐吉さきち様あての、お預かりものと――」


 油紙の包みが、一つ。


「御住職あての、御返事にございます」


 もう一つ。


 住職は、二つ目の包みを両手で受けた。思っていたより、軽い。指先で厚みを測る。薄い。一枚か、二枚。あの問いへの答えが、この薄さで来た。


 佐吉あての包みは、甚兵衛がそのまま蔵へ届けに立った。住職は床几に残り、しばらく包みを開かなかった。開く前が、いちばん働きどころなのである。長年、寺の掛け合い事で身についた癖だった。相手の返事を開く前に、こちらで答えの当たりをつけておく。当たれば掛け合いはこちらの碁盤の上、外れれば、外れたところに相手の腹がある。


帳場ちょうばの大きさは、幾人か、と訊いた)


 当たりは、二つ付けてあった。


 一つ。十人、二十人と数を並べて、家の格を示してくる。家老の家なら、そう答えるのが順当だ。その答えなら、こちらは末席に座る子の値打ちを測ればよい。


 二つ。ぼかしてくる。相応の帳場が、などと書いて、数を言わぬ。それならそれで、ぼかした分だけ、こちらの言い値に余地が残る。


 どちらへ転んでも、勘定は立つ。そう見定めてから、封を切った。


 文は、短かった。時候の礼。文の取り次ぎへの礼。そして――


 ――当家に、帳場と呼ぶべきものは、いまだございませぬ。帳を書く者が、一人おるのみにございます。よわい、十。帳場は、この先、その者が作りまする。よって、幾人かとのお尋ねには、一人、とお答え申すほかございませぬ。


 住職は、その数行を、三度読んだ。


 一人。


 筆頭家老の家が、帳場の人数を問われて、一人と書いてきた。飾りもなければ、詫びもない。齢、十、とまで書いてある。黙っていれば済むことを、わざわざ明かしてある。


(……珠が置けぬ)


 膝の上で、指が珠を並べる形に動きかけて、止まった。


 大きな帳場と来れば、末席の値を測るつもりだった。ぼかされたなら、余地を測るつもりだった。一人と来られては、測る場所がない。値切る相手も、吊り上げる的も、この文の中にはいない。あるのは、これから帳場を作るという齢十の子が一人と、その脇が空いている、という報せだけだ。


 しかも、と住職は文を持ち直した。値の話が、ない。これだけ踏み込んだ返事をよこしながら、いくらで、の一言がどこにもない。急いておらぬのだ。急いた側が値を払うことを、この書き手は知っている。


(正直の皮をかぶった、いちばん性質たちの悪い売り込みじゃ)


 ふ、と息だけで笑いが漏れた。負け惜しみである。性質が悪いのではない。手強いのだ。嘘の一つも混ぜてくれれば、嘘の分だけ値切れたものを。


 そして、読み直すうちに、住職の目は一つの数字の上で止まった。


 齢、十。


(……あの文の主か)


 蔵の子のもとへ、季節ごとに届く文がある。届くたびに、あの子の帳場の腕が一段ずつ上がっていく文だ。相手が久武様の家の者らしい、というところまでは見当をつけていた。だが、齢までは知らなかった。十。書く者が、一人。帳場はこの先、その者が作る――。


 住職は、文をたもとに納め、蔵のほうへ目をやった。


 一人、と文には書いてある。だが、それは違うのではないか。あの帳場には、二日の道を隔てて、もう一人いる。


*  *  *


 佐吉が油紙の包みを開いたのは、その夜、勤めをすべて終えてからだった。急いで開かぬのは、惜しむからではない。文を読む前に、こちらの手元を整えておきたいのだ。帳場の隅に灯りを寄せ、膝の脇に自分の帳と読み替えの表を置いてから、包みを解いた。


 ――手元の帳をあらためましたところ、それがしの家にも、得をする者は、おりませんでした。おりましたのは、帳と帳の継ぎ目にございます。


 初めの数行で、佐吉は小さく息を吐いた。


 前の文で、あの方は書いていた。揃わぬますのわけを父君に尋ね、揃えぬのだ、と教わった、と。その教えの、次の一手がこれだ。教わって、頷いて終わりにせず、おのれの家の帳を開き、教えの働きどころを探しに行った。


(それがしと、同じ順だ)


 佐吉も、揃えぬ者は誰かと問われて、寺の古帳を開いた。あの方も、教えを手に、家の帳を開いた。顔も知らぬまま、同じ順で手が動いている。


 文は続く。一冊の帳は、その内では狂わない。狂うのは、物が一冊を出て、次の一冊に入るあわいだ。間には紙がない。ないゆえ、差が出ても、どの帳にも載らない。誰も盗んでおらず、誰も欺いておらず、それでも数の合わぬ場所が、帳場と帳場の間にある――。


 ――それがしは、間に、紙を一枚入れました。


 佐吉は、そこで文から目を上げた。


 灯りの脇に、自分のこしらえた読み替えの表がある。前の帳場の方の書き方と、その前の方の書き方を、自分の書き方に引き当てるための一枚。


(……これも、そうか)


 寺の帳場は、一つだ。帳場と帳場の間などない。そう思って読み始めた。だが、違った。寺の帳は一続きでも、書く者が替わる。前の方が筆を置き、次の方が筆を取る――その代替わりが、間なのだ。場所は同じでも、時が分かれている。前の方の帳を出て、自分の帳に入る、その間に、紙はなかった。あの表がなければ、七年前の油壺は、いまも読めぬままだったのだ。


 春に作ったあの表は、その間に入れた、一枚の紙だった。


 名も知らず、そうと知らず、同じ形の穴に、同じように紙を入れていた者が、二日の道の先にいた。


 文の末尾に、問いがあった。


 ――あなた様の帳は、一冊にございますか。分かれておりますか。分かれておりますなら、間は、どうなさっておいでですか。


 答えは、もう膝の脇に置いてある。佐吉は、灯りの中で、ひとり少し笑った。この問いに、あの表のことを――あれこそが、間に入れた一枚の紙であったと書いて返せば、あの方は驚くだろう。表の話は、すでに文で伝えてある。だが、あのときは、寺の帳を読むための道具としてしか、書いていない。同じ一枚が、あの方の言う間の紙と同じ形をしていたと知るのは、あの方も初めてのはずだ。


 ただ、一つ、書き添えねばならぬことがある。表にも、埋められぬ間が残っている。量だ。昔の一俵のかさだけは、紙では埋まらなかった。間には、紙で塞がるものと、塞がらぬものがある――それを、どう書くか。


 筆を取りたくなる手を、その夜は抑えた。急いで書く返事は、いい加減になる。佐吉は文を膝に置き直し、灯りはそのままに、もう一度、初めから読み返し始めた。


*  *  *


 夜の見回りの帰り、住職は蔵の前で足を止めた。


 戸の隙間から、灯りが漏れている。勤めはとうに終わった刻限である。誰が、と考えるまでもない。あの子が、文を読んでいるのだ。


 戸を叩こうとは、思わなかった。ただ、灯りの色を眺めた。


 昼間の勘定の続きを、住職は暗がりで並べてみる。値は、まだ決めていない。返事も、まだ書かない。急いた側が払うのなら、こちらも急がぬまでのことだ。だが、値のほかに一つだけ、どうしても要るものがあることに、住職は気づいていた。


(一人の帳場の、二人目に座るかどうか。それだけは、わしの言い値でも、久武様の言い値でも、決まらぬ)


 珠を置くのは、わしの指ではない。


 あの灯りの下の指だ。


 行きたい、とあの子の口が言うたとき、初めてこの掛け合いの、最後の珠が置かれる。それまでは、いくら値を積まれても、勘定は合わぬままだ。売り手が値を決められぬ売り物など、長い坊主暮らしで初めてだった。


(……とうに、売り物ではのうなっておるのだな)


 住職は、胸の内で並べかけた珠を、そのままにした。片づけたのではない。最後の一つの置き場所を空けたまま、待つことにしたのだ。


 蔵の灯りは、まだ消えなかった。


お読みくださり、ありがとうございます。


作中で住職が胸の内で珠を並べておりますが、そろばんはこの時期の土佐には、まだありません。日本への伝来は十六世紀の後半以降とされ、現存する最古の品も、この物語の年よりずっと後のものです。ですので住職が並べているのは道具ではなく、あくまで頭の中の勘定になります。実際にこの頃の地方で数を合わせるとなれば、銭や小石、木の実の類を並べるのが精々であったろうと思われます。


中世の寺が読み書きと算用の担い手であったことは、各地の寺に残る帳簿類からうかがえます。ただし土佐の一つの寺で、誰がどのように帳を付けていたかまで分かる史料があるわけではありません。この寺の帳場は、そうであってもおかしくない形として組み立てたものです。


岡豊と安芸のあいだを文が往復する日数についても、確かな裏づけがあるわけではありません。作中では二日の道として扱っております。


次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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