荷と懐
本話は甚兵衛の視点でお送りします。
時期は、藤丸が文を託した日から、佐吉の返事を持ち帰るまでの数日間です(前話で文が安芸に届いた前後をまたぎます)。
岡豊を発って半日、東の川筋の渡しを越えると、道の色が変わる。
甚兵衛は、長年の行商でそれを肌で覚えていた。国境に立て札があるわけではない。ただ、畑の向き、家の構え、行き交う者の顔つきが、少しずつ入れ替わっていく。山田様の御領分である。
その変わり目に、以前はなかったものが立っていた。
道の脇に杭を打ち、縄を渡しただけの、簡素な改め場だった。番の者が三人。うち二人は、見たことのない顔である。
「荷を、これへ」
若い方の番の者が、顎で縄の内を示した。物言いに、土地の訛りが薄い。よそから入った者だ、と甚兵衛は当たりをつけた。
「へえ。塩と、紙が少々。あとは道中の食い物で」
甚兵衛は逆らわず、振り分け荷を下ろして縄の内に置いた。番の者は荷の口を開け、塩の俵に手を差し入れ、底まで探った。紙の束は一枚ずつめくりはせぬが、束の間に指を入れて、挟み物がないかを確かめる。慣れた手つきではない。だが、念だけは入っていた。
「どこから来た」
「岡豊の在の者で。安芸の御城下に、商いの届け物がございます」
岡豊、と口にした途端、若い番の者の目の色が、わずかに変わった。手が止まり、もう一人の、年かさの番の者と目を見交わす。
「岡豊の。……何をしに、安芸まで」
「へえ、塩の商いで。もう二十年、この道を歩いております。以前は、そちらの――」
甚兵衛は、三人目の、少し離れて立っていた番の者に目をやった。土地の者らしい、見覚えのある顔だった。向こうも甚兵衛の顔を覚えているらしく、ばつが悪そうに目を伏せて、小さく頷いた。前は、その頷きひとつで通れた道である。
「荷は、これで全部か」
「へえ。あとは、この身ひとつで」
若い番の者は、甚兵衛の頭のてっぺんから足元まで、じろりと眺めた。懐のあたりで、一瞬、目が止まったように思えた。
甚兵衛は、息を変えなかった。笑みも消さず、俯きもしない。四十年の商いで覚えたことのひとつだ。隠し事のある顔というのは、隠し事を探しに来る。
番の者の目は、懐を素通りして、腰の道中差しに移り、それで終わった。荷は検めても、人の身までは検めぬ。それがこの改め場の決まりらしかった。
「通れ」
縄が外され、甚兵衛は頭を下げて通った。
しばらく歩いてから、懐にそっと手を当てた。油紙の包みが、汗ばんだ胸に張りついている。
――荷と一緒にするな。懐に入れて運べ。
安芸の住職様が、最初にそう言いつけられた。文への礼儀として始まった作法である。それがいま、思いもよらぬところで、文を守る垣根になっていた。礼儀と用心は、別のものだと思っていたが、どうやら根は同じところにあるらしい。
その日は夜須の在で草鞋を脱ぎ、翌朝、海沿いの道を東へ取った。
歩きながら、甚兵衛は昨日の改め場を、頭の中でもう一度歩き直していた。
引っかかっているのは、荷改めの念の入りようではない。順番だった。あの若い番の者は、荷を検めながら「どこから来た」と問うた。どこへ行く、より先に、どこから来た、と。そして岡豊の名に、目の色を変えた。
道が締まるとき、人はつい、道の先で何かが起きていると思う。だが番の者の目は、道の先――東の安芸ではなく、道の後ろ、西を向いていた。
(山田様が用心しておられるのは、安芸様ではない。……岡豊だ)
半年前なら、考えもしなかったことだ。だが、思い当たる節はある。昨年、岡豊の御屋形様は、南の下田の城を力攻めで落とされた。それを見た布師田の城は、戦わぬまま城を開けて頭を下げたという。刀を抜いた戦がひとつ、抜かずに済んだ戦がひとつ。岡豊のまわりで、一年のうちに城がふたつ動いたのである。隣で城がふたつ動けば、次は我が身かと数えるのが、城持ちというものであろう。商人の身にはあずかり知らぬ話だが、道は、そういうことに正直だった。
潮の匂いが、濃くなってきた。安芸の浦は、もう遠くない。
* * *
安芸の御城下で、甚兵衛は三日を過ごした。
塩を納め、干魚を仕入れ、顔なじみの店を回る。いつもの商いである。文を寺に届けたのは着いた日のうちで、返事は急がせなかった。急かして書かせた文に、ろくなものはない。それも、長い行商で覚えたことのひとつだった。
四日目の朝、寺の山門をくぐると、境内に箒の音がしていた。
箒を使っていたのは、佐吉ではなかった。もっと幼い、寺に入って間もないらしい子である。箒の筋は曲がり、掃いたそばから掃き残しが出ていた。
「これは、甚兵衛殿」
本堂の脇から、住職が出てきた。
「佐吉は、いま奥で仕上げにかかっております。……昨夜も遅うまで、灯りが漏れておりましたわい」
「それは、申し訳ないことを。急ぎませぬようにと、申し伝えたのですが」
「なんの。急いで書いておるのではない。惜しんで書いておるのよ」
住職は、そう言って笑った。それから、笑みを残したまま、声だけを少し低くした。
「時に、甚兵衛殿。久武様の御屋敷には、帳場をお預かりの方は、幾人ほどおられるのかの」
来た、と甚兵衛は思った。顔には出さない。
「さて。私めは荷を運ぶだけの身で、御屋敷の内向きのことは、とんと」
「左様か。……いや、なに。あの子も、いつまでも寺の小さな帳場に置いておける歳では、のうなってきたでな。預け先の帳場が大きいか小さいかは、預ける側には、気になるものよ」
預け先、と住職は言った。手放すか手放さぬか、ではもうない。甚兵衛は、その言葉だけを、持ち帰る側に寄せた。答えは、しなかった。商人が答えてよい問いと、主に持ち帰るべき問いの区別は、身についている。
やがて、佐吉が奥から出てきた。
油紙の包みを、両手で捧げるように持っている。甚兵衛の前まで来ると、包みを差し出し、深く頭を下げた。
「お手数をおかけいたします」
「確かに、お預かりいたします」
甚兵衛が包みを懐へ納めるのを、佐吉はじっと見ていた。それから、顔を上げて、問うた。
「岡豊までは、幾日でございますか」
「へえ。途中の泊まりを入れて、二日いただきます」
「では、明後日には」
佐吉は、そこで言葉を切った。その先は口にしなかったが、数えているのは分かった。文が読まれる日を、この子はもう、指を折って数え始めている。以前の佐吉なら、文を渡せば、それで終いという顔をしていた。
「……道中、お気をつけて」
「へえ。行ってまいります」
* * *
帰り道、山田領の改め場には、往きと同じ顔ぶれが立っていた。
荷を開け、俵を探り、紙の束に指を入れる。手順は同じである。だが、ひとつだけ増えたものがあった。年かさの番の者が、板切れに紙を貼った帳面のようなものを持ち、甚兵衛の名と在所を問うて、書き付けたのである。
「往きにも、通ったな」
「へえ。安芸の商いの、帰りで」
番の者は頷き、帳面に何やら書き足して、縄を外した。
通り過ぎてから、甚兵衛は思わず、小さく笑ってしまった。
(道にまで、帳面ができたわい)
誰が、いつ、どこから来て、どこへ抜けたか。それを書き留めて、あとで見比べるつもりなのだろう。やっていることは、岡豊のあの御方や、安芸の寺のあの子と、同じである。ただ、書く者の腹づもりだけが違う。あちらは富ませるために書き、こちらは、疑うために書く。
同じ帳面でも、ずいぶんと墨の色が違うものだ。
* * *
川の渡しを越えると、日は西に傾いていた。岡豊の山影が、夏の靄の向こうに見えてくる。
振り分け荷は、往きよりずっと軽い。塩は売り切り、仕入れた干魚も知れた量である。だが甚兵衛の足取りは、荷の重かった往きと、さして変わらなかった。
――軽い荷ほど、値の張るものはない。
いつか自分で言った言葉を、思い出す。懐の油紙は、汗ばんだ胸に、ぴたりと張りついている。目方にすれば、紙の数枚分。それだけのものを、二人の子が、指を折って待っている。
甚兵衛は歩みを緩めず、夕暮れの道を、西へ下りていった。
行商四十年の甚兵衛の目に映る、締まり始めた道と、変わり始めた子。
荷は検められても、懐は検められない――住職の言いつけが、思わぬところで効きました。
次回、藤丸のもとに佐吉の返事が届きます。




