佐吉の枡
今話は、同じ夏の出来事を、安芸の寺の佐吉の側から描く回です。
物語の時間は前話から進んでいません。
夏の蔵は、外より息がしやすい。
佐吉は帳場の板の間に膝を揃え、開いた帳の上に、もう一枚の紙を並べていた。自分で作った、読み替えの表だ。前の帳場の方の書き方と、その前の方の書き方を、自分の書き方に引き当てるための一枚。この春に仕上げてから、帳場の仕事が、目に見えて変わった。
その日、本堂の脇で、檀家の老人が住職と話し込んでいた。声は穏やかだが、長い。やがて住職が、蔵のほうへ顔を向けた。
「佐吉。七年前の夏、この方の家から納めていただいた油は、いかほどであったか」
老人は、壺三つを納めたはずだ、と言っているらしかった。寺の覚えでは二つ。どちらも譲らぬまま、話が丸くならずにいる。
佐吉は帳を三冊遡り、表を脇に置いて、頁を繰った。七年前は、前の帳場の方の帳だ。名を先に書き、品を後に書く方。油は「あぶら」と仮名で書く方。指がその行に届くまで、さほどかからなかった。
「七年前の夏、壺二つにございます。ただし、その前の年の暮れに、壺一つを別に納めていただいております」
老人の顔が、ゆっくりとほどけた。三つ納めた覚えは、間違いではなかった。二度に分かれていただけのことだった。老人は機嫌を直して帰り、住職は何も言わずに本堂へ戻った。
佐吉は帳を閉じながら、思った。表を作る前なら、この帳は開けても読めなかった。読めなければ、老人の覚え違いか、寺の書き漏らしか、どちらかに角が立って終わっていた。四年分が七年分になるというのは、こういうことか、と思った。数字が増えたのではない。丸く収まる話が、増えたのだ。
夕の勤めの前に、住職が帳場へ来た。
「今日は、助かったの」
「いえ」
「その表とやら、よう働く。……久武様との文のおかげか」
佐吉は、少しだけ間を置いた。
「問われましたゆえ、考えました。それだけにございます」
「左様か」
住職はそれだけ言って、去った。去り際に、独り言のように付け足した。
「文は、まだ続きそうかの」
答えを待たない問いだった。佐吉は頭を下げただけで、何も言わなかった。
このところ、住職は文のことを、よく訊く。急かすのでも、止めるのでもない。ただ、続くのか、と訊く。なぜそれを知りたがるのか、佐吉には、まだ量りかねていた。
* * *
その翌々日、岡豊の甚兵衛が山門をくぐった。
住職は、いつものように本堂の脇で迎えた。干した小魚の包みを受け取り、茶を出させ、道中の話をひとしきり聞く。岡豊とこちらのあいだ、山田様の御領分で荷改めが念入りになった、道が少し歩きにくい――甚兵衛の世間話は、いつも通り柔らかく、いつも通り、肝心なことの手前で止まる。
この男が懐に入れてくる文のことを、住職は考えていた。
(また、来たか)
文が一度届くたびに、あの子の値は上がる。それは、住職には分かっていた。読み替えの表とやらで帳場は回るようになり、檀家の覚え違いまで丸く収まる。手放しがたさは、増える一方だ。ならば、久武様に高く言えばよい――はずだった。
だが、高く言い過ぎれば、話ごと消える。相手は筆頭家老の家だ。そして何より、文の行き来が続くほど、あの子の心は、こちらの言い値の外で、勝手に岡豊へ向いていく。
(高う売るつもりが、いつの間にか、手放し方を考えておるわ)
住職は、茶を啜って、その考えを湯気ごと呑み込んだ。
「佐吉なら、蔵におりますよ」
甚兵衛には、そう言っただけだった。
* * *
蔵の入り口に、甚兵衛の丸い影が立った。
「佐吉様。お預かりものにございます」
油紙の包みが、懐から出てきた。荷からではなく、懐から。この文だけは、いつもそうだ。
「遠いところを、ありがとう存じます」
「なんの。……良いお顔をなさるようになった」
甚兵衛はそれだけ言って、笑った。何がどう良いのか、説きはしなかった。佐吉も、訊かなかった。
その夜、勤めと片付けをすべて終えてから、佐吉は帳場の隅に灯りを寄せ、油紙を開いた。
文は、これまでで一番、長かった。
――量は、枡にて記しております。されど、枡は揃っておりませぬ。
佐吉は、初めの数行で、一度目を閉じた。
揃っていない。屋敷の枡と蔵方の枡が違い、村の枡がまた違う。家ごとに違うものだと、台所の者が当たり前のように言った――そう書いてある。
(尋ねる前に、もう見ておられたのか)
これまでの文は、問えば、考えて返ってきた。今度の文は、違う。問いより先に、答えのほうが、あの方の手元に転がっていたのだ。帳の書き方を問うたときは、これから揃えます、だった。枡を問うたら、もう揃っていないところを見ました、と来た。文の行き来が、少しずつ、追いつかれている。そのことが、佐吉には嫌ではなかった。
続く数行に、佐吉は帳場の者として、目を留めた。
――量り比べの折には、枡を一つに定め、量る者を一人に定め、摺り切りの手まで一つに揃えました。
枡を一つ。量る者を一人。摺り切りまで一つ。三つも揃えるからには、よほど細かい差を取りにいったのだろう。だが、何を量ったのかは、どこにも書いていない。米とも、麦とも、銭とも。
佐吉は、そこで小さく息を吐いた。書き漏らしではない。この方は、問われたことに答え、問われていないことを書かなかったのだ。寺の帳場でも、同じことをする。檀家に尋ねられた数は答える。尋ねられていない、隣の家の納めの数は、口にしない。それが帳場を任される者の作法だと、佐吉は誰に教わるでもなく身につけてきた。同じ作法が、この文の中で働いている。
そして、その先の数行で、佐吉の目は、止まった。
――なにゆえ枡が揃わぬのか、父に尋ねましたところ、揃わぬのではない、揃えぬのだ、と教わりました。枡が揃わぬままであることで、得をする者がいるのだと。
揃わぬのではない、揃えぬのだ。
言葉そのものにも、突かれた。佐吉は枡の違いを、世の中の不揃いだと、雨や風と同じものだと思ってきた。そうではなく、誰かがそう保っているのだとしたら、帳場から見えていた景色の、裏側がまるで違ってくる。
だが、それよりも長く目に留まったのは、その手前の、短い言い回しのほうだった。
父に尋ねましたところ、教わりました。
(尋ねたら、答えの返ってくる父が、おられるのか)
佐吉は、灯りの向こうの暗がりを、しばらく見ていた。
妬ましい、というのとは、少し違った。父の顔は、もう輪郭から怪しい。覚えているのは、帳面を前にした背中と、数を違えるなと言った声の低さくらいのものだ。あの背中に、枡はなぜ揃わぬのですか、と尋ねたなら、何と答えただろう。分からない。尋ねられる歳になる前に、いなくなった。
ただ――と、佐吉は思い直した。
この方は、父の言葉を、父の言葉として書いてきた。おのれの考えのような顔をさせずに、教わりました、と書いてきた。借り物を借り物のまま差し出すのは、帳場で言えば、出所の分かる数字だ。出所の分かる数字は、重い。
(この方の帳は、文の中でも、帳のままだ)
文の末尾に、その一文はあった。
――これから量る分は、揃えられます。されど、昔の量りは、それがしにも読み替えられませぬ。あなた様と、同じところで止まっております。
同じところで、止まっている。
佐吉は、その一文を、二度読んだ。
筆頭家老の御子息が、寺の帳場の者に、同じところで止まっている、と書いてよこす。慰めなら、鼻白むだけだ。だがこれは、慰めではなかった。事実だった。昔の一俵の嵩は、あの方にも量れない。それがしにも量れない。止まっている場所が、本当に、同じなのだ。
いつだったか、この寺の蔵の前で、岡豊の商人に問われたことがある。お前さんは、どうしたいのか、と。
考えたことがありませぬ、と答えた。考えたところで、変わりませぬから、と。
あのときは、乾いた本当のことを言ったつもりだった。今も、嘘だったとは思わない。ただ、あの答えの下に、小さな石がひとつ、いつの間にか入り込んでいる。同じところで止まっている、と言われた。ならば、そこから先へ歩くとき、隣に誰かがいるということに、ならないか。
考えたところで変わらぬ、という乾いた地面に、その石は、妙に硬く座っていた。
佐吉は、文を丁寧に畳み、文箱の、いちばん上に納めた。それから、墨を磨り始めた。
夜の蔵に、墨の匂いだけが、静かに立った。
書くことは、決まっていない。だが、この文に、いい加減な返事の返せぬことだけは、決まっていた。
初めての「別視点回」でした。藤丸の文が、受け取る側からはどう見えるのか。
書いた本人の知らないところで、一通の文にはいろいろな読まれ方が生まれています。
なお、戦国期の枡は実際に地域・家ごとにばらばらで、統一されるのはずっと後の時代のことです。
不揃いのままであることで得をする側がいた、というのも当時の実情に沿った話です。




