白い一冊
年の瀬から、年明けまでのお話です。
藤丸は、数えで十になります。
この一年、藤丸が帖に書きつけてきたものは、まだ一つも答えが出ていません。答えの出ないものを抱えたまま年を越すとき、この子が何を考えるのか。そして、それを兄がどう見ているのか。
前回の麦踏みから、ひと月ほどのちの話になります。
年の瀬が、押し詰まってきた。
屋敷の中は、朝から人の出入りが絶えない。煤払いの竹箒が梁を叩く音、餅米を蒸す湯気、廊下を小走りに行き交う女中たち。年貢の納めで張り詰めていた気配が、年の暮れの忙しさという、別の張りに入れ替わっていた。
藤丸は、玄関脇の板の間で、届いた品々の整理を任されていた。
年の暮れには、方々から贈り物が届く。近隣の郷の年寄からの米や炭、付き合いのある商人からの塩や干魚。それぞれに添え状があり、それぞれに返しの品を考えねばならない。
「藤丸様。こちらは、どういたしましょう」
女中が抱えてきたのは、太助の村からの炭俵だった。藤丸は添え状を確かめ、手元の紙に書き入れた。誰から、何が、どれだけ。返しは何を、いつ頃、誰の手で。
書きながら、藤丸は妙な心持ちになった。手が、考えるより先に動いている。
前の世でも、年の暮れには同じことをしていた。何を配っていたのかは、思い出せない。誰に、いつ、抜けなく、という順だけが、手に残っている。
「藤丸様は、手際がよろしゅうございますなあ」
女中が感心したように言うのへ、藤丸は曖昧に笑って返した。染みついている訳を、口で説明することは、できそうになかった。
書き上げた紙を、上から下へ眺めてみる。米、炭、塩、干魚、酒。どれも、この土佐で採れて、この土佐で使われる物ばかりだった。
その中で、炭俵に目が留まった。
太助の村は、田の広い村ではない。冬のあいだ、田の仕事のない者が山に入り、炭を焼く。焼いた炭は、こうして屋敷へ贈られ、あるいは市へ出て、火を使う家へ渡っていく。
(贈り物として動いておる物は、贈り物でのうても、動く)
米は、そのまま食う物だから、村を出るのに理由が要る。だが炭は違う。山にいくらでもある木を、冬の手の空いた者が焼く。それだけで、値のつく荷になる。しかも、火を使わぬ家は、どこにもない。
藤丸は、書き付けの端に、小さく書き添えた。炭。冬。太助の村。それだけでは、今は何にもならない。何にもならないことは分かっていたが、書いておかねば、来年には忘れている。
佐吉への紙も、この束から出て、暮れのうちに安芸へ渡っていった。返事は、もう来ている。
* * *
夜、暮れの片付けが一段落してから、藤丸は文机の前に座った。
帖を、初めの一枚から、めくり直してみる。
椎茸の傷木。次郎兵衛との定め。麦の二枚の田。聞と見の区分。二筋の書き添え。名を言わぬ石の荷。佐吉の、二つの数字。
どれも、まだ終わっていない。椎茸の答えは再来年、麦は年を重ねねば分からない。佐吉とは文を交わしただけで、石の荷にいたっては名すら知れない。仕込んだ手は、一つも実っていなかった。
それでも、悪い心持ちではなかった。続きが決まっている、ということだからだ。
ふと、めくる手が止まった。
帖の初めのほうに、霜のことを書いた行があった。
――霜、早し。
ただ、それだけだった。
早し、とは、何より早いのか。
書いたのは一昨年の秋である。では、去年の秋の霜は、それより早かったのか、遅かったのか。書いた覚えはある。だが、一昨年の分と去年の分が一冊の中に入り混じっていて、どこにあるのか、すぐには見つからなかった。
(田は二枚並べた。木は三通り揃えた。なのに、年は、並べていなかった)
藤丸は、帖を閉じ、その厚みを掌で確かめた。
一年分を一冊として綴じ、年ごとに分けて残していく。三年経てば三冊、五年経てば五冊。霜の早い遅い、雨の多い少ない、麦の出来、椎茸の量。年と年を、田のように並べて比べられるようになる。
思い立って、その場で綴じ直しにかかった。紐を解き、一枚ずつ、一昨年の分と去年の分に分けていく。
半分ほど進んだところで、手が止まった。
分けられない紙が、出た。
一昨年の秋に聞いて、去年の春に確かめたことが、同じ一枚に、続けて書いてある。聞いた年と、確かめた年が、違っていた。
どちらの冊に入れても、片方の年からは消えてしまう。
藤丸は、しばらく、その一枚を見ていた。それから新しい紙を取り、同じことを、もう一度書き写した。聞いた分を一昨年の冊へ。確かめた分を、去年の冊へ。同じことが、二つの年に、二度ある。
(無駄に見える。だが、二度書かねば、どちらの年からも消える)
分けるというのは、切ることではないらしい。切れば必ず、どちらにも入らぬものが出る。出たものは、捨てるのではなく、二度書く。
綴じ終えたのは、夜も更けてからだった。文箱の底に、二冊が並んだ。表には、それぞれの年号を書いた。
障子の外で、夜半の風が鳴っていた。年が、明けようとしていた。
* * *
年が、明けた。
元日の朝、屋敷の広間に一家が揃った。父・昌源を上座に、母・藤の方、親信、親直、そして藤丸。屠蘇の盃が順に回り、雑煮の椀が並ぶ。
数えで、藤丸は十になった。
「藤丸も、十か」
藤の方が、しみじみと言った。
「生まれた年の冬は、熱ばかり出して、この子は育つまいと、幾度思うたか知れぬ。……それが、もう十じゃ」
「母上。縁起でもないことを、元日から」
親信が笑い、広間に柔らかい空気が流れた。昌源は何も言わなかったが、盃の向こうで、目だけが少し緩んでいた。
* * *
祝いの膳が下がったあと、藤丸が縁側で庭の雪を眺めていると、隣に人の立つ気配がした。
親直だった。
「藤丸。近頃、お主の名を、妙なところで聞く」
新年の挨拶でも、世間話の入り方でもなかった。藤丸は、庭に目を向けたまま答えた。
「妙なところ、とは」
「村の年寄。紙屋の店先。荷を運ぶ者の口」
親直は、雪の積もった庭石を見ながら、指を折るように三つを並べた。
「皆、口を揃えて、お主を変わった子だと言う。だが、面白いことに、誰も悪くは言わぬ」
「……」
「あの子の言う通りにすると、後で得をする。――そういう評判は、銭を積んでも買えぬ。お主、良い商いをしておるな」
「商いのつもりは、ありません」
「つもりがなくとも、そう見えておる、という話よ」
親直は、そこで初めて、藤丸のほうへ顔を向けた。
「一つだけ、言うておく。重宝がられるのと、頼られるのとは、違うぞ」
藤丸は、兄の顔を見返した。
「重宝がられるのは、こちらが何かを差し出しておるあいだだけじゃ。差し出す物がのうなった時に、その者たちがどう出るか。……お主は、それを考えたことがあるか」
答えが、出てこなかった。
太助も、平六も、文吉も、次郎兵衛も、いまは藤丸の言葉に耳を貸してくれる。だがそれは、藤丸が「後で得をさせる子」だからだ。得をさせられなくなった時に何が残るのかを、考えたことが、一度もなかった。
庭の雪が日を受けて、わずかに緩んでいた。どこかで、水の落ちる音がした。
沈黙が長くなっても、親直は急かさなかった。急かさずに、藤丸が答えられずにいることを、ただ確かめているようだった。
「……考えたことが、ありませんでした」
やっと、それだけ言った。
「そうか」
親直は、満足も落胆もしない声で言った。
「なら、今年、考えよ。十になったのじゃ。もう、幼いから許される歳ではない」
それだけ言うと、返事も待たずに縁側を離れていった。
藤丸は、その背を見送った。忠告のようでもあり、値踏みのようでもあった。どちらのつもりで言ったのかは分からない。おそらく、どちらでもあるのだろう。
ただ、一つだけ、引っかかった。いまの言い方は、まるで、自分の身に置き換えて言ったように聞こえた。次男という座も、家が困らぬあいだは、静かなものである。
いや、と藤丸は思い直した。それはこちらの当て推量だ。帖に書くなら、脇のほうへ、小さく書く行だった。
* * *
昼過ぎ、藤丸は自分の部屋に戻り、文机の前に座った。
文箱の底には、年号を書いた二冊が納めてある。今年からは、年ごとに一冊。並べて、比べるために。
文机の上には、新しい冊子が一冊、置いてあった。まだ、どこも白い。
弥三郎様も、同じ正月に十になられたはずだ、と、ふと思った。枯れ葉を名残惜しそうに見ていた、あの物静かな子。
今年の土佐に、大きな戦は、おそらく来ない。来ないうちに、できることを積んでおく。霜の日を書き、麦を見に行き、山の三通りの木を待つ。春には次郎兵衛が来て、佐吉とは、また文を交わすことになるだろう。
その、どれもが、いま兄に問われたことへの答えにはならない。後で得をさせている、という形は、何一つ変わらないからだ。
(差し出す物がのうなっても残るものが、何なのか。それを、今年、探す)
藤丸は筆を取り、新しい冊子の表に、今年の年号を書き入れた。
天文十七年。
墨の乾いていく文字を、しばらく見ていた。白い紙ばかりの一冊が、一年経てば、去年のものと並べられる厚みになる。その厚みが三冊、五冊と重なった先に、何が見えてくるのか。
誰にでもできることを、誰もやらないほど長く続ける。いまはまだ、それだけしか、思いつかなかった。
筆を置いた音が、正月の静かな部屋に、小さく鳴った。
この回に出てきたものについて、少しだけ。
年の暮れに贈り物を交わす習慣は、中世の武家や寺社の記録にも見えます。ただ、今の「お歳暮」とは形がかなり違っていて、家と家との付き合いを確かめる儀礼としての色合いが濃かったようです。何を贈り、何を返したかは書き留められ、次の年の目安にされました。藤丸がやっているのも、その帳尻合わせです。
炭焼きは、田の少ない山付きの村にとって、冬の大事な稼ぎでした。木を伐って窯で焼くだけで運べる荷になり、火を使わない家はありませんから、買い手にも困りません。もっとも、どの村がいつから焼いていたかまで分かる史料は多くなく、細かいところは分かっていない部分も残ります。
記録を一年ごとにまとめて綴じる、というやり方そのものは、当時の寺社や荘園の文書にも見られるものです。ただ、それを誰かに教わったのではなく、比べるために自分で思いつく、というところが、この子の性分ということになります。
藤丸が最後に困った「二つの年にまたがってしまう一枚」は、記録を扱う者なら誰でもぶつかる問題で、当時の帳面にも、同じことが二度書かれている例が残っています。書き手が横着をしたのではなく、そうしないと片方から消えてしまうからだった――のかもしれません。




