次郎兵衛の海
土佐の秋も、そろそろ終わりに近づきます。
今回は、安芸の海商・次郎兵衛が、ふたたび久武の屋敷を訪ねてきます。商いの話と、海の向こうの話。
前回、山の答えを二年先へ送ることになった藤丸が、その「まだ分からない」を、そのまま商人の前に差し出す回です。
行商の甚兵衛が持ち帰った言伝のとおり、安芸の海商・次郎兵衛がやって来たのは、山の紅葉が里まで下りてきた頃だった。
父・昌源の許しは、前と同じだった。短くせよ。甚兵衛を傍につけよ。ただ一つだけ、前と違う言葉が足された。
「海の向こうの話とやらは、漏らさず聞いてまいれ」
裏門の近く、いつも行商の荷が解かれる辺りに、次郎兵衛は前と同じように立っていた。日に焼けた顔も、太い腕も、変わらない。ただ、足元に置かれた荷が、前より一回り大きかった。傍らには甚兵衛が控え、いつもの柔らかい顔で頭を下げている。
「藤丸様。少し、背が伸びたな」
「次郎兵衛殿こそ、お変わりなく」
「海の上では、変わりようがないわ」
海の男は低く笑って、框に腰を下ろした。挨拶は、それで終わりだった。
「さて。椎茸の話を、直に聞かせてもらおうか」
「はい。今年の分は、例年どおり出ています。いつもの量は、お約束できます」
「いつもの量は、な」
次郎兵衛の目が、わずかに細くなった。
「わしが聞きたいのは、その先よ。去年、お主は言うた。増やせるかもしれぬ、工夫を試している、と。あれは、どうなった」
藤丸は、一度、息を整えた。ここからが、今日いちばん言い方の難しいところだった。
「工夫は、まだ実を結んでおりません」
「ほう」
「答えが出るのは、早くても再来年の秋です。ですから、来年も、増える分はお約束できません。お渡しできるのは、いつもの量だけです」
「再来年、とな」
海の男は、片眉を上げた。
「ずいぶん先の話よ。その工夫とやら、何をどう試しておるのだ」
「それは、申せません」
藤丸は、前と同じ言葉で、閉じた。次郎兵衛は、しばらく黙って藤丸を見ていた。試すような、値踏みするような目だった。傍らの甚兵衛が、心配そうに二人を見比べているのが、目の端に映った。
「――お主、それを盛らずに言うか」
「盛る、とは」
「工夫は当たりました、来年は倍にしてみせます――そう言う者の方が、世の中には多いのよ。子供なら、なおさらだ。増えるかどうか分からぬものを、増えるやもしれませぬ、と匂わせるだけでも、商いの席では立派な手管でな」
(増えるやもしれぬ、と言うだけなら、こちらは一文も損をしない。当たれば手柄になり、外れても、そんなことは申しておりませぬ、と逃げられる)
海の男は、帯に挟んだ細縄を抜いて、手の中で結んでは解いた。
「わしはな、藤丸様。上手くいった話しかせん相手とは、長い商いをせん。まだ分からぬ、と言い切る相手となら、する。……前に言うたな。分からぬことを分からぬと言い、言えぬことは言わぬと言う。それでいい、と」
「覚えています」
「よかろう。いつもの量で、いつもの値だ。――して、そのいつもの量とは、いかほどのものだ。年に幾度、どれほど出る」
「年に三度でございます。秋のはじめに一度、これがいちばん多く出ます。次が師走。年が明けて、もう一度。年明けの分は、秋のはじめの半分ほどに減ります。山の出方が、そうなっていますので」
「今年の秋のはじめの分は、もうお渡ししてございます。前の年と、同じほどでした」
淀みなく答えた藤丸を、次郎兵衛は、じっと見た。
「……時季ごとの量まで、すらすらと出てくるか。数を諳んじる子供の顔ではないの」
藤丸は、答えなかった。海の男も、それ以上は問わず、低く笑っただけだった。
「言わぬか。それでいい」
* * *
商いの話が終わると、次郎兵衛は縄を帯に戻し、居住まいを変えた。
「さて。ここからは、商いの話ではない。土産話よ」
「海の向こうの話、と甚兵衛から伺いました」
「うむ。お主、畿内の噂を拾うておるそうだな。行商どのから、そう聞いた」
傍らの甚兵衛が、少しすまなそうに頭を下げた。藤丸は、隠さずに頷いた。
「はい。父の許しを得て、集めています」
「なら、これも拾うておくがいい。――大内の唐船の話よ」
藤丸は、思わず身を乗り出した。文吉の店先で聞いた、あの話の続きだ。
「船は、夏の初めに出た。四艘、五島の港からだ。ここまでは、堺へ紙を運ぶ船仲間が、確かに見た者から聞いた話でな。まず間違いなかろう」
「出たのですね。それで、明へは」
「それよ」
海の男は、少し声を落とした。
「途中で海賊に襲われたそうだ。死んだ者が、何十人と出たらしい。それでも船は明へ着いた。着いたが――向こうの湊に、入れてもらえんという」
「入れて、もらえない」
「明の国は、日本の船は十年に一度しか来てはならぬ、と決めておるそうでな。まだ年が足りぬ、帰れと言われて、船は湊の外に留め置かれたままだと。……ここから先は、船乗りの又聞きの又聞きよ。どこまで本当かは、わしにも分からん」
(十年に一度と決められている商いに、年の来ぬうちに出た。船を仕立てる銭も、乗る者の命も、年が足りるのを待ってはくれなかったということか)
藤丸は、頭の中で、話を二つに分けた。船が出たこと。これは見た者につながる話だ。海賊のこと、留め置きのこと。これはまだ、噂の色が濃い。
「次郎兵衛殿。その話、どこまでが確かで、どこからが噂か、今のように分けて聞かせていただけたのは、ありがたいです」
「ほう」
海の男が、片眉を上げた。
「妙な礼を言う子よ。……まあ、海の上では、確かな話と噂を混ぜる奴から死んでいくのでな。癖のようなものだ」
前の世でも、確かな話と当て推量を混ぜて出した紙は、後で必ず自分のところへ戻ってきた。何を書いた紙だったかは思い出せない。混ぜた者が呼び戻されるということだけを、覚えている。
それから次郎兵衛は、ふと思い出したように、付け足した。
「唐船が止まれば、唐渡りの品は、しばらく細る。紙だ椎茸だという、わしらの荷には関わりの薄い話だが――そういえば、一つ、妙な話があってな」
「妙な話、ですか」
「近頃、石の荷を運べる船はないかと、訊いて回る者がおるそうだ」
「石、ですか。石垣に積むような」
「いや。それなら妙とは言わん。塩でもない、砥石でもない、名を言わぬ石よ。何の石かと問うても、荷主は答えぬそうでな。わしは、名を言わぬ荷は運ばん。それきりの話だ」
海の男は、それだけ言うと、腰を上げた。
「長居した。――藤丸様。また春に、荷の相談に来る」
「はい。お待ちしています」
次郎兵衛は、行商人と二言三言かわして、人足を促し、裏門を出ていった。藤丸は、その広い背が見えなくなるまで、見送った。
* * *
その足で、藤丸は父の間へ行き、聞いたままを報告した。唐船のこと。海賊のこと。留め置きのこと。それから、名を言わぬ石のこと。
昌源は、机の前で、黙って聞いていた。
「唐船の話は、文吉の店で聞いたものと、重なっております。船が出たところまでは、見た者につながる話。その先は、まだ噂です」
「うむ。二つの別の口から出て、なお同じ形をしておる話は、少しばかり重い。だが、重いだけで、確かになったわけではない。分けたまま、持っておけ」
「はい。……石の話は、いかがいたしましょう」
「名の分からぬ荷の話は、名が分かってからでよい」
昌源は、それだけ言って、手元の書き付けに目を戻した。話は、終わりだった。
* * *
夜、藤丸は文机に向かい、帖を開いた。
――唐船、夏の初めに五島を出る。四艘。ここまでは見た者につながる話。海賊に遭い、明に入れず留め置かれると。ここからは噂。
行の頭に「聞」と書き、少し考えて、脇に小さく「二筋」と足した。文吉の筋と、次郎兵衛の筋。別々の口から来て、同じ形をしている話。
(どちらかが嘘をついていることは、ある。だが、離れた二人が同じ嘘を思いつく謂れはない。だから、少しだけ確からしくなる。少しだけだ)
それから、もう一行。
――名を言わぬ石の荷、運び手を探す者ありと。何の石かは知れず。
こちらの頭にも「聞」と書いた。だが「二筋」とは書けない。一筋きりの、細い話だ。
書き終えて、藤丸は帖を眺めた。唐船の行は、二筋と書き足しただけで、少し濃くなったように見える。その下で、石の一行だけが、どこにもつながらないまま、ぽつんと乾いていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
作中に出てくる「十年に一度しか来てはならぬ」という決まりについて、少しだけ補足を。
当時の明は、日本からの正式な貿易船の来航を十年に一度と定めていたと言われています。裏を返せば、一度の航海に十年分の商いが載るということで、船が四艘という規模になるのも、そのためです。
天文十六年に西国から出た船は、実際に明の湊で長く待たされたという記録が残っています。ただ、途中で海賊に遭ったかどうか、何人が死んだかといった細部までは、当時の土佐にどう伝わったのかを示す史料はありません。作中で次郎兵衛が「ここから先は又聞きの又聞き」と断っているのは、そのためです。
なお、天然の椎茸は秋にいちばん多く出ますが、暖かい土地では冬のあいだにも少しずつ顔を出したと言われています。土佐がそうであったかを直接示す記録は見つかりませんので、作中の出方はあくまで一つの想定としてお読みいただければ幸いです。




