一本の木
春、藤丸は平六に頼んで、山に転がる朽ち木八本に鉈で傷を入れてもらいました。傷んだ木のほうが椎茸がよく出る――前回までに二人が見つけたことを、こちらから先に仕掛けてみたら何が起きるのか。それを確かめるための、思いつき一つの試みでした。
夏に見たときは、何も出ていませんでした。
秋です。答えが出る季節になりました。
秋の山は、里より早く冷えていた。
藤丸は平六の後について、落ち葉の積もりはじめた斜面を登っていた。懐には帖がある。今日は、春に鉈で傷をつけたあの木々を、見て回る日だった。
「昨日、里の者が山に入りましてな。椎茸が出はじめたと言うとりました。出るなら、今時分ですわ」
平六の言うとおり、道々の傷んだ古木には、もう椎茸が顔を出していた。例年どおりの、いつもの木々だ。平六は歩きながら、目についたものを手際よくもいで、腰の籠に入れていく。
「まずは、これで次郎兵衛殿への荷の心配はなさそうですね」
「へえ。今年も山は、いつもの分は出してくれとります」
いつもの分は。――藤丸が知りたいのは、その先だった。傷をつけた木が、いつもの分の上に、新しい分を足してくれるかどうか。
傷をつけた木は、八本。平六が場所を覚えていて、順に案内してくれた。
一本目は、尾根寄りの、日のよく当たる斜面にあった。
鉈の傷は黒ずんで、そのまま乾いている。藤丸が指の先で押すと、傷の縁が、ぱらりと粉になって落ちた。
「乾きすぎとりますな」
平六は、それだけ言って、次へ歩き出した。
二本目。傷のまわりに白いものが点々と付いていて、藤丸は思わず膝をついた。平六は一目見ると、首を振った。
「別のきのこの根ですわ。椎茸のもんじゃありません」
藤丸は、袴の膝についた湿った土を払って、立ち上がった。
三本目は、春に置いた場所から、少しずれていた。夏の雨で転がったらしく、鉈目が地面の側を向いている。平六と二人がかりで転がして、裏を検めた。
苔が、薄く付いているだけだった。
四本目、五本目。何もない。
六本目。藤丸は、もう膝をつかなかった。立ったまま、傷のあたりを目で追って、それで終わりにした。
七本目のときには、平六は何も言わずに、先へ歩き出していた。
藤丸は、歩きながら、胸の内が少しずつ重くなっていくのを感じていた。一つでも当たれば御の字だと、平六とも言い合ってきた。夏に見たときは、影も形もなかった。分かっていたはずなのに、心のどこかでは、秋にはいくつも並んで出ているところを思い描いていた。帖に書く数字まで、先に思い描いていた。
(帖より先に、答えを描いてしまっていた)
道は、いつのまにか下りに変わっていた。木の間から、沢の水の音が聞こえてくる。足元の落ち葉が、しっとりと湿って、踏んでも鳴らなくなった。
「藤丸さま。最後の一本ですわ」
平六が足を止めた。沢筋に近い、日陰の斜面だった。
その木は、倒れてから年数の経った、八本の中でもいちばん傷みのひどい木だった。春に鉈を入れたとき、平六が「この木はもう、傷をつけるまでもなく朽ちとりますが」と笑った、あの木だ。
その朽ちかけた木肌に――出ていた。
小さな椎茸が、三つ。鉈目のすぐ脇に、寄り添うように並んでいる。
「ほう。出ましたな」
平六が、日に焼けた顔をほころばせた。「傷が効いたんですかのう。藤丸さま、当たりですわ」
藤丸は、思わず駆け寄って、膝をついた。小さい。だが、確かに椎茸だ。傷をつけた木から、出た。喉の奥まで、出ました、という声がせり上がってきた。
――そこで、手が止まった。
出たのは、八本のうち、この一本だけ。そしてこの一本は、傷をつける前から、八本の中でいちばん弱っていた木だ。
(これは、傷のおかげなのか。それとも、もともとの木の傷みのおかげなのか)
道々の古木には、傷などつけなくても、例年どおり椎茸が出ている。朽ちた木に椎茸が付きやすいことは、去年、平六と見つけたとおりだ。だとすれば、この三つは、鉈目がなくても出ていたのかもしれない。
「藤丸さま? 嬉しゅうないですか」
「……嬉しいです。嬉しいのですが」
藤丸は、椎茸から目を離さずに言った。
「この一本だけでは、傷が効いたのか、木がもとから弱っていたから出たのか、私には分けられません」
平六の顔から、笑みが引いた。
「分けられん、と言いなさると」
「傷のおかげだと、まだ言えないということです」
平六は、腰の籠を下ろした。それから、木と藤丸を、一度ずつ見た。
「……三つ、出とりますじゃろ」
低い声だった。
「目の前に。鉈目のすぐ脇に。藤丸さまは、出たもんを、出とらんことになさるか」
藤丸は、顔を上げた。平六の目は、怒ってはいなかった。ただ、ひどく静かだった。
その静かさが、かえって痛かった。この山は平六の縄張りだ。春、藤丸の思いつき一つのために、平六は八本の木に鉈を入れた。夏にも一度、藤丸を連れて登ってくれた。半年、八本の場所を覚えていてくれたのも、平六だ。
(この人は、待ってくれていた)
言うべき言葉が、喉の途中で一度つかえた。それでも、藤丸は言った。
「出ていないことには、いたしません。出ました。それは帖に書きます」
「なら」
「けれど、なぜ出たのかを、書けません」
平六は、黙った。
「たとえば、の話です」藤丸は、地面に膝をついたまま続けた。「ここに、よく肥えた田と、痩せた田があって、肥えた田にだけ肥しをやったとします。秋に、肥えた田のほうが多く穫れたとして――それは、肥しのおかげでしょうか。それとも、もともと田が肥えていたからでしょうか」
平六は、答えなかった。少し間があって、ようやく口を開いた。
「……そりゃあ、分かりませんな。両方かもしれんし」
「はい。それと同じことが、この木で起きています。この木は、傷をつける前から、八本の中でいちばん朽ちていました。朽ちた木に椎茸が付きやすいのは、去年、平六殿と見つけたとおりです」
藤丸は、そこで一度、息を継いだ。
「私は、傷が効くと言いたいのです。言いたいから、危ないのです。ここで当たりだと決めてしまえば、来年、傷をつけるのに一番よい木を、私は自分で選べなくなります」
平六は、腕を組んだ。それから、しばらく朽ち木と椎茸を見比べていた。
「……言われてみりゃあ、そうですな。わしはてっきり、当たりじゃと」
「当たりかもしれません。外れかもしれません。今はまだ、どちらとも言えない――それが、今年の答えなのだと思います」
「厳しいお人じゃ」
平六は、少し笑った。笑ってから、ふと、木の後ろの斜面へ目をやった。
「……藤丸さま」
「はい」
「もう一つ、ございますで」
平六は、沢のほうを顎で示した。
「この木は、沢筋の日陰じゃ。ほかの七本は、みな尾根寄りの、日の当たるところに転がしてありましたわ。ここは、夏でも土が乾きませんき」
藤丸は、息が止まった。
日当たりと、水気。
自分は、二つを数えていた。傷と、朽ち方と、二つ。それで分けられないと言った。分けられないものを、正しく数えたつもりでいた。
数え落としていた。しかも、その一つは、半年前に自分の目の前を通り過ぎている。運びやすい場所へ転がしただけの「ついで」が、八本のうち一本だけを、まるきり違う場所に置いていた。
(分けられないと言うのも、数え上げてからでなければ言えないのか)
「平六殿」
藤丸は、立ち上がった。膝の土も払わずに、平六を見上げた。
「それは、私には見えませんでした」
「山の者なら、誰でも申しますで」
「誰でも申すことを、私は知らないのです」
言ってから、藤丸は、胸の重さが変わっていることに気づいた。七本目まで見て回ったときの、あの外ればかりの重さではない。決められない、と口に出し、数え落としを教わったら、では決めるには何が要るか、という問いが、ひとりでに立ち上がってきた。
「来年は、木の置き方を変えたいのです」
「置き方、ですか」
「はい。まず、朽ち方の似た木を選んで、並べます。そのうち半分にだけ、鉈目を入れる。残りの半分は、何もしない。それから、まだ健やかな木にも、いくつか鉈目を入れてみる」
藤丸は、地面に落ちていた小枝を拾い、土の上に線を引いた。傷をつけた朽ち木。つけない朽ち木。傷をつけた健やかな木。三つの組を、線で区切って並べる。
「こうして並べておけば、再来年の秋に、どの組から多く出たかを比べられます。朽ちた木から出て、健やかな木から出なければ、効いているのは朽ち方だと分かる。傷のある方が、ない方より多く出れば、傷も効いていると分かる」
「……その三つは、どこへ置きなさる」
藤丸は、小枝を止めた。
「――一緒のところへ置きます。三つとも、同じ日当たり、同じ水気のところへ。置き場所を選ぶのは、平六殿にお願いします」
平六は、ふん、と鼻から息を出した。まんざらでもない顔だった。
「ははあ。……太助の田の見方と、同じですな」
平六が、ぽんと膝を打った。
「あの爺さま、近頃、田を二枚並べて見るんだと自慢しとりましたわ。山でも同じことをやりなさるか」
「田で使える見方は、山でも使えるはずです。……ただ」
藤丸は、小枝を置いて、笑った。
「田は一年で答えが出ますが、山は、もっとかかります。この試しの答えが出るのは、早くても再来年の秋です」
「山は、そういうもんですわ」
平六は、こともなげに言った。
「木ぃ一本育つのに、人の子より長うかかりますき。山の者は、みんな気長にできとります」
* * *
帰り道、藤丸は歩きながら帖を開き、立ったまま書きつけた。
――傷木八本。出たるは一本、三つ。ただしその木、もとより最も朽ちたる木なり。加えて沢筋の日陰にありて、他の七本と土の乾き異なる。傷の効か、朽ちの効か、水気の効か、一本にては分けられず。
行の頭に、「見」と書いた。それから、少し迷って、続きを足した。
――来年、朽ち木を並べ、半分にのみ傷を入れて比ぶること。健やかなる木にも傷を入れ、これを三つ目の組とすること。三組とも同じ日当たり、同じ水気の場所へ置くこと。置き場は平六殿に選ばせること。
書きながら、指が止まった。危うく、三つ目の組を書き落とすところだった。
(口で申したことは、それだけでは残らぬ)
外れの多い、小さな三つきりの秋だった。それでも、帖のこの行が来年の仕込みを決め、来年の仕込みが再来年の答えを連れてくる。書き終えると、三つきりの椎茸は、行きに思い描いていた数よりも、よほど確かなものに見えた。
* * *
屋敷に戻ると、門の内に見慣れた振り分け荷があった。甚兵衛が、上がり框で茶をもらっている。
「おお、藤丸さま。山帰りで」
「はい。椎茸の出はじめを見てきました」
「それは、ちょうどようございました」
甚兵衛は、湯呑みを置いて、にこりとした。
「安芸の次郎兵衛殿から言伝を預かっとります。秋の荷が落ち着いたら、月のうちに、こちらへ参られるそうで。――今年の椎茸の話を、ぜひ藤丸さまから直に伺いたい、と」
「次郎兵衛殿が、直々に」
「へえ。それとな、藤丸さま」
甚兵衛は、少しだけ声を落として、面白がるような目をした。
「椎茸のほかにも、何ぞ聞かせたい話がおありのご様子で。海の向こうの話じゃと、それだけ言うておられました」
海の向こう。藤丸の頭に、文吉の店先で聞いた唐船の話が、ふとよぎった。あれはまだ、帖の中で「聞」のままの話だ。
「分かりました。お会いするのを、楽しみにしています」
山の答えは再来年。だが、海の話は、月のうちに来る。
椎茸のお話が続いていますので、今回は栽培の歴史について少しだけ。
椎茸を人の手で育てる方法として古くから知られているのが、原木に鉈で傷をつけ、そこに自然に飛んでくる胞子が着くのを待つやり方です。「鉈目栽培」などと呼ばれます。ただし、これがいつ始まったのかは、実ははっきりしません。栽培法をまとまった形で記した書物が現れるのは江戸時代に入ってからで、戦国のこの時期にどこまで技として確立していたかを示す記録は、私の知るかぎり見つかりませんでした。
ですので、作中の藤丸と平六がやっていることは、当時としては「誰かがどこかで思いついていたかもしれないが、まだ誰の技にもなっていない」段階の手探りとして書いています。うまくいくかどうかも、実のところ二人には分かっていません。
一方で、干した椎茸そのものは、この時代すでに立派な商品でした。乾かせば長く保ち、軽く、かさばらない。寺では精進の膳の出汁として重んじられ、山を持つ土地にとっては数少ない現金の種でもありました。土佐のように平地が乏しく米の穫れ高が限られた国で、山から出るものに目が向くのは、ごく自然な成り行きだったと言えます。
なお、胞子だの菌糸だのという考え方は、この時代の人々にはありません。木が朽ちると椎茸が出る――見えているのはそこまでです。藤丸が「傷の効か、朽ちの効か」で悩むのも、答えを知らないからこそで、そこは彼にとっても本当に分からないことのはずだ、という前提で書いております。




