紙の戦い
今回は、行商人・甚兵衛の目から始まります。
安芸の寺へ出した文の返事が、ようやく届きました。ただし、この日の久武の屋敷で動いたのは、その一通だけではありません。
刀を一度も抜かずに終わった戦の話です。
夏の名残の日は、まだ庭の白砂に強く照り返していた。
甚兵衛が久武の屋敷に着いたのは、昼を少し過ぎた頃である。安芸からの帰り荷は塩と紙。だがこの日、いちばん値の張るものは荷駄の上にはなかった。
懐である。
「寺の御返事に、ございます」
書院に通された甚兵衛は、油紙で幾重にも包んだ一通を膝の前に置き、両手で押し出すようにした。
「住職さまが、手ずから私めに。……荷と一緒にするな、懐に入れて運べと、そう仰せで」
「懐に、か」
昌源は文を取り、すぐには封を切らなかった。油紙を解き、表書きの筆を眺め、それから文の厚みを、指の腹で挟むようにした。
甚兵衛は、その手つきに見覚えがあった。市の反物屋が、値を言う前に布の厚みを確かめるときの手つきである。中身を読む前に、値の見当をつけている。
(――厚うございましょう)
胸のうちで、そう思った。安芸から岡豊まで、二日のあいだ、この重さは甚兵衛の懐にあった。断りの返事にしては重い、と、道々ずっと思っていたのだ。
封が切られた。中には、二枚の紙が畳まれて入っていた。
昌源は一枚目を広げ、黙って目を落とした。
読んでいるあいだ、書院はしんとしていた。甚兵衛のいる位置からは、紙の裏しか見えない。ただ、住職の筆はみごとなもので、裏から透けてもなお、字の並びが美しく揃っているのが分かった。
やがて昌源は、ふ、と息だけで笑った。
「断りでは、ないな」
「は……?」
「読んでみよ」
差し出された紙を、甚兵衛はおそるおそる押しいただいた。時候の挨拶に始まり、先の文への礼が丁重に述べられ、久武の家名を持ち上げる言葉が過不足なく並んでいる。読みようによっては、これ以上ないほど前向きな返事だった。
だが、末尾に一文があった。
――佐吉には当寺の帳場を預けおり候えば、いますぐに手放しがたく候。
「……これは、お断りでは」
「断るなら、ここまで書かぬ」昌源は、指で紙の縁を軽く弾いた。「これは値付けじゃ。寺は、あの男の値打ちをよう知っておる。ただでは渡さぬと、丁寧な言葉で言うてきた」
惜しむふりをして、値を吊り上げる。
(――なるほど)
甚兵衛は、思わず膝の上で拳を握った。城下の市で自分たちがやっていることを、寺は寺の作法でやってくる。惜しむふりは、断りではない。断りたい者は、惜しんでみせたりしない。
「して、殿さま。もう一枚は――」
甚兵衛が言いかけたとき、昌源はすでに二枚目を広げていた。
一枚目とは、筆が違った。
飾り気のない字である。だが一画一画が崩れず、行の頭がまっすぐに揃っていた。
「これは、誰の字じゃ」
甚兵衛は身を乗り出し、そして、思わず声を上げそうになった。
「……佐吉様の、字にございます」
安芸の寺の蔵で、二度、この字を見た。帳面の上を、寸分違わぬ運びで進んでいく指と一緒に。
――過日は御使いの方より重ねて御言葉を賜り、身に余ることに存じ候。当寺に参りて七年、帳場を預かりて三年に相成り候。御礼のほか、申し上ぐることも無く候。
それだけの、短い文だった。
「甚兵衛。おぬし、この男と幾たび話した」
「二たびに、ございます」
「二度会うただけの相手の使いに、礼を書いてよこす男が、『申し上ぐることも無く』か」
昌源は、指を折りはじめた。
一、二、三――甚兵衛には、何を数えているのかが分からない。数えている当人も、何も言わない。ただ、折り終えた指が開かれるまでのあいだ、書院の空気が少しだけ動かなくなった。
「殿さま」
「売り込みの言葉は、一つもないな」昌源は紙から目を上げずに言った。「じゃが、これは売り込みじゃ。それも、買い手が数を読める者じゃと見込んだうえでの」
甚兵衛は、そこでようやく気づいた。
七年と、三年。
それは自慢ではない。挨拶でもない。差し引けば、あの子が寺に入った年が出る。甚兵衛たちが安芸で拾い集めてきた噂――一条家の代替わりで家中が荒れた時分、父御が立場を失い、ほどなく亡くなったという、あの噂と、ぴたりと重なる。
嘘のない数を二つ置いて、あとは黙る。読める者にだけ読めるように。
「……いかが、なさいます」
「急がぬ」
昌源は二枚の紙を重ね、元のように畳んだ。
「寺は値を吊り、当人は静かに帳面を差し出しておる。どちらも、こちらが動くのを待っておるのよ。……待たれて動けば、値は向こうの言い値になる」
「へえ」
「今日は泊まってゆけ。返事は、追って書く」
甚兵衛は頭を下げ、書院を辞した。
廊下を折れたところで、庭のほうから重い物を担ぐ掛け声がした。若い者が二人がかりで、具足櫃を蔵のほうへ運んでいく。土埃で白くなった旅装の裾が、その向こうに見えた。
上の若殿が、お戻りらしい。
* * *
「兄上。お戻りでしたか」
藤丸が書院の前の廊下を通りかかったとき、親信は縁側に腰を下ろしたところだった。汗の染みた首筋を、手の甲で拭っている。
「おう、藤丸か。いま戻った」
「戦に、ございましたか」
「いや」親信は、少し妙な顔で笑った。「戦のようで、戦ではない。布師田の城の請け取りよ。石谷の家が和議を入れてな。城を開け、書付を交わして、それで終わりだ」
「刀は」
「抜かぬ。誰も、一度もだ」
親信は自分で言って、自分で首をひねるような顔をした。
「下田は、力攻めで落としたであろう。あれを見て、徳善も布師田も、戦わずに頭を下げてきた。十市の細川様も御屋形様に膝を折られた。池の御家には、御屋形様の姫君が輿入れなさると聞く。……このひと月、わしがやったことといえば、書付の受け渡しと、城の蔵改めばかりよ」
「蔵改め」
藤丸が繰り返すと、親信は、ふいに笑うのをやめた。
「……藤丸。おぬし、そこに食いつくか」
「食いつく、と申しますと」
「いや」親信は膝を叩いて笑った。「よい。聞け。おぬしくらいしか、面白がる者がおらぬ」
城を受け取るというのは、旗を立てて終わりではない。門を開けさせ、兵を出させ、そのあとに残るのは、蔵と、井戸と、書付である。
石谷方は、蔵の中身を書いた紙を先に差し出してきた。米、幾俵。塩、幾俵。鉄、幾許。和議の作法として、これは当然のことだった。
「わしは、その紙を持って蔵へ入った」
親信は、縁側の板をひとつ、指で叩いた。
「米が、百六十俵と書いてあった」
「はい」
「積んであった。暗い蔵の奥に、山になってな。……藤丸。わしは、数がにがてじゃ」
親信は、悪びれずにそう言った。
「幾つまで数えたか、途中で分からんようになる。じゃから、書役に数えさせた。わしは山を見ておった。見ておって――どうも、腑に落ちん」
「腑に、と申しますと」
「百六十の山には、見えなんだ」
藤丸は、息を止めた。
「兵糧を運ばせた数なら、わしは幾度も見ておる。荷駄が何駄で、蔵にどう積み上がるか。指では数えられんが、目には残っておる。あの山は、書付より低かった」
(――兄上は、数えていない。嵩を、覚えている)
そして親信は、書役に、初めから数え直させた。
「百四十四じゃ」
十六俵の、差だった。
「まるごと持ち出したのなら、こんな半端では済まぬ。数え違いにしては、多すぎる。……藤丸、あの十六俵がどこへ行ったのか、わしはいまだに知らぬ」
(何かが足りないと分かるのと、なぜ足りないのかが分かるのとは、まるで別のことだ)
藤丸の胸の底で、遠いところから、そんな声がした。前の世でも、山を見て違うと言えたことは幾度もあった。なぜ違うのかを言えたことが、幾度あったかは、思い出せない。
「そこで、兄上は」
「詰めれば、勝てた」
親信の声が、少し低くなった。
「頭を下げたばかりの相手に、嘘つきと言うことになる。石谷の家中には、まだ得心のいっておらぬ若いのが幾人もおってな。わしの後ろに立っておった一人は、蔵の戸を開けてからずっと、柄に手をかけたままじゃった。……あの蔵の中に、久武の者は五人。向こうは、十を超えておった」
藤丸は、庭の白砂を見ていた。刀を抜かずに終わった一月の話を聞いているはずなのに、背筋が冷えていた。
「じゃから、訊かなんだ」
「訊かなんだ、とは」
「なぜ合わぬ、とは訊かなんだ。合うた、とも言わなんだ」親信は、指を二本立てた。「わしはこう言うた。――この数は、今日の数じゃ。今日の数として、双方で書付を交わそう。そのうえで、秋の納めの折に、もういちど双方立ち会いで数えたい、とな」
「……向こうは」
「呑んだ。呑まぬ理由がない。今日のところは、誰も嘘つきになっておらぬからな」
親信は、そこで大きく息を吐いた。
「藤丸。わしは、下田では怖いと思わなんだ。あの蔵では、怖かった」
そして、笑った。
「紙の戦は、肩が凝るわ。……わしは、槍のほうが性に合うておる」
* * *
藤丸は、少し考えてから訊いた。
「兄上。その、双方で交わされた書付は、いま、どこにございますか」
「一通は石谷の家に置いてきた。もう一通は、御屋形様の御手元へ上がったであろうな。わしは、名を書いただけじゃ」
「兄上のお手元には」
「無い」
親信は、何でもないことのように言った。
藤丸は、しばらく黙っていた。
(秋に、兄上はもう一度あの蔵へ行かれる。そのとき、今日の数を知っている者は、石谷の家に一人、岡豊に一人。……久武の側には、一人もいない)
十六という差は、覚えていられる。だが「百四十四」という数は、ひと夏を越えれば、必ずどこかで一つか二つ、ずれる。ずれた側が、負ける。
「兄上」
「なんじゃ」
「その百四十四という数を、私が帖に書いておいてもよろしゅうございますか」
親信は、目を丸くした。それから、声を上げて笑った。
「書いてどうする」
「秋に兄上が数えに行かれるとき、私の帖にも、同じ数が入っております」
笑い声が、止まった。
親信は、しばらく弟の顔を見ていた。それから縁側から立ち上がり、藤丸の頭に手を置いた。旅の埃で、ざらついた手だった。
「……書いておけ」
* * *
自室に戻った藤丸は、帖を開いた。
――聞。布師田の城、蔵の米。書付、百六十俵。数えて、百四十四俵。差、十六俵。訳は知れず。秋、双方立ち会いにて数え直しの約束あり。
書き終えて、「聞」の字を見た。
昨日、この字と「見」の字を分けたばかりだった。自分の目で確かめたものが「見」、人づてが「聞」。それでよいと思っていた。
だが、兄上は現場に立っている。俵の山を、この目で見てきている。それを直に聞いた話が、湯屋の噂と同じ「聞」でよいのか。
藤丸は少し迷い、「聞」の右下に、小さく点を一つ打った。
(聞にも、段がある)
* * *
夕方、井戸端で手を洗っていた甚兵衛は、背後に人の気配を感じて振り向いた。
「おや、藤丸さま」
「甚兵衛。今日は、玄関に荷が見えませんでしたね」
甚兵衛は、桶に手を突っ込んだまま動けなくなった。
問いではない。見たままを口にしただけの言い方である。だからかえって答えにくかった。荷はなかったのか、と訊かれれば、へえ、とだけ返せばよい。見えなかった、と言われると、では何をしに来たのか、という問いが、言葉の後ろに静かに立っている。
「へえ。今日は……軽い荷で、ございましてな」
「そうですか」
藤丸は、それ以上は何も訊かず、手を拭いて行ってしまった。
甚兵衛は、しばらく井戸端に立ち尽くしていた。
(……あの若様は、いくつになられた)
* * *
その夜、甚兵衛はもう一度、書院に呼ばれた。
明日の朝には安芸へ発つ。何ぞ新しい言伝があるのだろうと思って座ったが、昌源はしばらく何も言わなかった。文机の上に、昼の二枚が畳んで置かれている。
「甚兵衛」
「へえ」
「あの男は、山を見て、数が合わぬと分かるか」
甚兵衛は、面食らった。何を訊かれているのか分からない。
だが、正直に思い出すよりほかにない。安芸の寺の、暗い蔵。
「……分かりかねます。ただ」
「ただ」
「数えはじめる前に、いっぺん、蔵をぐるりと見回しておりました。何を見ておられるのかと、そのときは思うたのですが」
昌源は、それきり何も言わなかった。
やがて、二枚の紙を文箱の一番下に納め、蓋を閉めた。
「急がぬ」
閉めた蓋の上に、手が置かれたままだった。
「じゃが、忘れもせぬ」
* * *
廊下は暗かった。
甚兵衛は、明日の荷を思った。安芸へ持っていくものは、何もない。返事は、追って書くという。この家に一日いて、懐に入れて帰るものは一つもなかった。
軽い荷ほど値の張るものはない、とは、自分の口癖である。
今日、この屋敷では、誰も刀を抜かなかった。上の若殿は、ひと月、城を三つ受け取って帰ってきた。それでも屋敷の中で動いていたのは、紙ばかりだった。
(重い一日じゃった)
背中には、何も負っていなかった。
戦国期の城の攻防というと力攻めの印象が強いのですが、実際には和議による開城――いわゆる「城渡し」で決着した例のほうが数のうえでは多かったと言われています。攻めるほうも守るほうも、人も兵糧も減らさずに済むからです。
ただ、旗が下りたあとが片づいているわけではありません。城には米も塩も武具も残っています。それを誰がどう引き渡すのか。中世の城の受け渡しについては、目録のやりとりまで具体的に記した史料はあまり残っておらず、実際にどこまで細かく数えたのかは分かりません。ただ、引き渡しに際して城内の物資をめぐる取り決めが交わされること自体は、各地の和議の文書からうかがえます。
もう一つ。この時代の「一俵」には、全国共通の決まった量がありませんでした。地域によっても、家によっても違います。ですから、俵の数を数えるという行為は、私たちが思うほど確かな作業ではなかったはずです。
そのあたりの話は、いずれまた。




