文吉の客
前回、久武家から安芸の寺へ、正式な書状を送ることが決まりました。
今回はいったん岡豊の城下に戻ります。藤丸が向かうのは、帖に使う紙を買うための、いつもの店先です。そこで耳にした遠い国の話が、藤丸の帖に一つの決まりを生みます。
夏の名残の日が、通りの土を白く照らしていた。
藤丸は、岡豊の城下にある文吉の店へ向かっていた。帖に使う紙が、残り少なくなっている。書き損じの裏まで使っても、秋の書き入れには足りそうになかった。
店先には、先客がいた。
見慣れぬ男が、床几に腰を掛けている。旅装で、日に焼けて、足元に振り分けの荷を置いていた。文吉と、何やら熱心に話し込んでいる。
「これは藤丸様」
文吉が気づいて、頭を下げた。男も慌てて立ち上がりかけたが、文吉が「久武様の若様じゃ」と小声で言うと、深く腰を折った。
「浦戸の問丸で、手代を務めております者で。文吉殿の紙を、堺行きの船に載せる段取りをしております」
「どうぞ、話を続けてください。紙を見に来ただけですから」
藤丸がそう言うと、二人は少し顔を見合わせてから、話に戻った。藤丸は棚の紙を検分するふりをしながら、耳だけをそちらへ向けた。
「――それでな、文吉殿。堺筋の注文が、この夏から妙なことになっとる」
「妙、と言いますと」
「まとまった注文が、ぱたりと止んだかと思えば、急に倍の値でよこせと言うてくる。かと思えば、また止む。まるで潮の狂うた浦のようじゃ」
「はて。堺の町で、何かありましたかな」
「町ではない。摂津じゃ。この夏、摂津で大きな戦があったそうな。細川様の御一門の争いで、ずいぶんな数が討たれたと聞く」
藤丸の手が、紙の上で止まった。摂津は、堺のすぐ近くだ。
「戦は摂津でも、荷は道を通る。摂津が荒れれば、堺へ出入りする道も荒れる。道が危のうなれば、荷は動かん。動かんとなれば、堺の蔵にある分の値が跳ね上がる。それで、あの妙な注文よ」
文吉が、唸った。
「道理で。うちの紙も、この夏は注文の波が読めませなんだ」
「それと、もう一つ。こちらは、もっと大きな話でな」
手代は、声を落とした。
「唐へ渡る御船の、次が見えぬそうな」
「唐船が、でございますか」
「周防の大内様が仕切っておられる船よ。この夏の初めに一度出たそうな。じゃが、次の御沙汰がいつになるのか、堺の問屋筋でも読める者がおらんと。大内様の御家の内も、近頃はどうも落ち着かぬと聞くでな。唐の糸も薬種も、この先どの筋の船が運ぶことになるやら」
うちは堺へ荷を送る商いゆえ、あちらの問屋の便りには耳をそばだてておりますのじゃ――と、手代は文吉に向かって付け加えた。
藤丸は、棚の紙を一枚、手に取ったまま、動けなくなっていた。
(遠い、と思っていた)
摂津の戦も、唐へ渡る船も、土佐の岡豊からは、海と山のはるか向こうの話だ。それなのに、その遠い出来事が、この店先の紙の注文を、現に揺らしている。
「時に、若様は、どの紙を」
文吉に声をかけられて、藤丸は我に返った。
「――帖に使う紙を。厚すぎない、書きやすいものを」
文吉が選んでくれた紙の束を受け取りながら、藤丸は、さっきから胸の内で回っている問いを、口に出すかどうか迷った。子どもの問いとして出すなら、今しかない。
「あの。一つ、聞いてもよいですか」
手代が、笑って頷いた。
「戦は摂津で、堺の町は焼けていないのでしょう。それなのに、どうして紙の値まで動くのですか」
手代は、ほう、という顔をした。
「若様、ええところを聞かれる。……買うのは、たしかに町の者よ。じゃが、品が町へ着くまでには、道を通る。道が危のうなれば、着く荷が減る。減った分を、町の者が取り合う。それで値が上がりますのじゃ。値というものは、品と買い手だけで決まるのやのうて、間の道にも決められますので」
(値は、道にも決められる)
藤丸は、その言葉を、胸の内で二度、繰り返した。
* * *
屋敷に戻った藤丸は、買ってきた紙を文机に置き、その一枚を早速切って、帖に足した。
筆を執って、今日聞いた話を書き入れようとして――手が止まった。
(これは、どう書けばいい)
椎茸の数なら、迷わない。自分で数えた数だ。太助の田の水の出入りも、自分の目で見た。だが、摂津の戦は違う。堺の問屋から浦戸の問丸へ、問丸の手代から文吉の店先へ、幾つもの口を通って届いた話だ。本当かどうか、確かめる術が、藤丸にはない。だが、書かずに捨てるには、大きすぎる話だった。
しばらく考えてから、藤丸は行の頭に、小さく「聞」と書いた。
摂津の戦の話にも、唐船の話にも、頭に「聞」。そして、注文の波が読めなかったという文吉の言葉には――これは文吉が自分の店で現に見たことだ――頭に「見」と書いた。
見たことと、聞いたこと。同じ帖の中でも、重さが違う。聞いた話は、後で違ったと分かるかもしれない。そのとき、どこから先が聞いた話だったのか、分かるようにしておけばいい。
書き終えて、藤丸は帖を眺めた。「聞」の字が並んだ行は、まだ確かめられていない、ということが一目で分かる。それだけのことなのに、帖が急に、前より正直になった気がした。
* * *
月の決まりの日、藤丸は昌源の間にいた。
年貢の覚書と、椎茸の帖を見せ終えてから、藤丸は少し姿勢を改めた。
「もう一つ、お耳に入れたい話がございます。ただし、これは人づてに聞いただけの、確かめようのない話です」
昌源が、顔を上げた。
「申せ」
「この夏、摂津で細川様の御一門の大きな戦があったと。それから、大内様の唐船の、次がいつになるか堺でも読めぬと。浦戸の問丸の手代が、文吉の店先で話しておりました」
「摂津の戦、な」
昌源の声は、動かなかった。
「畿内の御一門の争いなど、いつの世も絶えぬわ。土佐には、遠い話よ」
「はい。戦そのものは、遠い話です。ただ――」
藤丸は、そこで一度、言葉を選んだ。
「その遠い戦のせいで、文吉の店の紙の注文が、この夏、現に乱れておりました。堺への道が危なくなると、荷が動かなくなり、値が跳ねるのだそうです。値は、品と買い手だけでなく、間の道にも決められる、と手代は申しておりました」
昌源は、しばらく黙っていた。それから、ふ、と短く息を吐いた。
「……道、か」
「はい」
「この夏、殿は大津を落とされ、介良を従え、下田を落とされた。徳善も布師田も、和を乞うてきた。長岡の南は、あらかた片づいた」
藤丸は、頷いた。兄の親信が槍を執ったあの戦の、その後の話だ。
「わしはこれまで、あれを、城と地面を獲った話だと思うておった。だが、お主の言い方を借りればな」
昌源は、文机の上の国絵図に、ちらりと目を落とした。
「殿が獲られたのは、岡豊から浦戸へ抜ける、道そのものよ。国分川の舟の道も、これでようやく、端から端まで気兼ねなく使える」
藤丸は、息を呑んだ。
同じ戦を、兄は槍働きの場として見た。父は今、道を手に入れた話として見直している。そして自分は、その道の先の堺で、値が跳ねる話を聞いてきた。
(一つのものが、立つ場所によって、槍にも道にも値にもなる)
「藤丸」
「はい」
「畿内の噂、これからも拾うてまいれ。ただし、己の目で確かめたことと、人づてに聞いただけのことは、分けて持ってこい。聞いた話を、確かな話に化けさせるな」
「その儀は」
藤丸は、懐から帖を出し、「聞」と「見」の字を見せた。昌源は、それを一瞥して、何も言わなかった。ただ、口の端が、ほんのわずかに動いた気がした。
* * *
自室に戻った藤丸は、もう一度、文机の前に座った。
帖を開く。「聞」の字の並んだ行を、指でなぞる。
摂津の戦。唐船の行方。どれも、確かめる術のない、遠い話だ。だが、遠い話が道を伝って値になり、値が浦戸を伝って文吉の店先まで届くことは、この目で見た。
(いつか、この「聞」を「見」に変えに行く)
浦戸の湊まで、舟で下れる道は、もうつながっている。
藤丸は、筆を置いた。帖の上で、墨の「聞」の字が、ゆっくり乾いていった。
本文に出てきた「問丸」について、少しだけ補足を。
鎌倉から室町の頃にかけて、港や川湊で発達した業者です。荷を預かって蔵に納め、船や馬の手配をし、売り手と買い手の間を取り次ぐ。後の世の「問屋」の源流にあたる存在だと言われています。土佐の浦戸のような湊にも、こうした荷の取次を生業とする者たちがいたと考えられますが、この時期の浦戸の問丸について具体的に記した史料があるわけではありません。作中の手代は、あくまでその想像の上に立った人物です。
もう一点。当時、畿内で起きた戦の噂が地方へどう伝わったのかは、はっきりとは分かっていません。ただ、荷を運ぶ船と、その荷を扱う商人が行き来している以上、値の動きという形でなら、噂よりも先に届くことがあったのではないか——本文の筋立ては、そういう見立ての上に組んでいます。




