藤丸の拾い物
猪の代わりに、平六が勧めたのは山の椎茸でした。同じ「山のもの」でも筋がまるで違う――一つ駄目でもすぐ次を探す藤丸の姿勢が描かれる一話です。
猪の干し肉の件から、十日ほどが過ぎていた。
藤丸は、裏山の麓へ、平六を訪ねた。
「平六。猪の代わりに、何か他に試せるものはないか」
平六は、しばらく考えてから言った。
「猪は、臭みのことで懲りましたな。今度は、匂いの薄いものがよろしいでしょう」
「匂いの薄いもの、というと」
「椎茸はいかがでしょう。山に自生しているものを集めて、よく乾かしておきます。これなら、匂いもさほど強くなく、長く保ちます」
藤丸は、その名を、頭の中で確かめた。猪のように、誰かが手をかけて獲るものではない。山に生えているものを、見つけて集めるだけだという。
「それは、誰のものになる」
「猪のように、決まった猟場があるわけではございません。山に入って、見つけた者が拾うだけのもの。村の誰かの取り分という決まりも、ございませぬ」
藤丸は、その言葉に、少し意外そうな顔をした。
「猪のときは、村に断りを通さねばならなかった。椎茸は、そうしなくてもよいのか」
「猪は、猟で獲るもの。獲れる数も限られておりますし、村の年寄りや病人の口に入るものでもございます。椎茸は、ただ拾うだけのもの。誰の取り分を減らすという話にはなりませぬ」
藤丸は、その違いを、自分の中で並べてみた。
(猪は、限りがあるものを、分け合っていた。椎茸は、誰かの分を削るものではない)
太助のところで聞いた、公平さの話が、また頭の隅をよぎった。あのときは、量と、誰が責めを負うかという、二つの重みがあった。椎茸には、その重みが、初めからないのだという。
「では、太助殿のところへ、また断りを通す必要はないということだな」
「ございません。私が、いつも拾っている分から、少し多めに集めておくだけのことです」
藤丸は、頷いた。
(一つひとつ、勝手が違う。同じやり方では、片づかない)
猪のときに学んだことが、そのまま椎茸に使えるわけではなかった。それぞれの品に、それぞれの筋がある。そのことを、また一つ、藤丸は知った。
* * *
山を下りる道で、藤丸は井戸端にいたお咲と行き合った。
「藤丸様。猪の干し肉、安芸ではあまり食べていただけなかったと、父から聞きました」
「うん。臭みが強かったらしい」
「次は、どうされるのですか」
「平六に頼んで、椎茸を試すことにした」
お咲は、少し驚いた顔をした。
「椎茸ですか。では、また村に断りを通さねばなりませんね」
「いや、それが、いらないらしい。猪と違って、誰のものというわけでもないから」
お咲は、それを聞いて、しばらく考えるような顔をした。
「猪は、皆で分け合うものだから、断りが必要で。椎茸は、誰のものでもないから、いらない――」
「そういうことらしい」
「同じ『山のもの』でも、こんなに違うのですね」
藤丸は、頷いた。
「一つうまくいかなくても、他のやり方があるとわかれば、それでいい」
お咲は、それを聞いて、小さく笑った。
「藤丸様は、一つだめでも、すぐ次を探されますね」
「だめなら、だめな理由がある。それがわかれば、別の道を探すだけだ」
お咲は、それ以上は何も言わず、ただ頷いた。井戸端の水面が、午後の光を映して、静かに揺れていた。
* * *
その日の夕方、藤丸は文机の前で、覚え書きを取り出した。
次郎兵衛殿。紙。猪の干し肉、少量。次第を見て、増減を決める。
猪、よそへ出す分は念を入れて。次の便で、もう一度試す。
その下に、新しい一行を書き加えた。
猪の代わりに、椎茸。平六の拾い物。匂い少なく、保ちもよい。
書き終えて、藤丸はしばらくその文字を見ていた。
(猪のときは、村に断りを通すまでに、幾日もかかった。今度は、それがない)
同じ「よそへ出す」という行いでも、品が違えば、かかる手間も、踏むべき筋も、まるで違う。一つうまくいかなかったからといって、すべてをやり直すわけではない。うまくいかなかった理由を見つけ、別の道を探す――それだけのことだった。
翌朝、藤丸は裏門で、甚兵衛が荷をまとめているところに行き合った。
「甚兵衛。次の便に、もう一つ加えてほしいものがあります」
「何でございましょう」
「平六から預かった、干し椎茸です。猪の代わりに、少しだけ」
甚兵衛は、荷の隙間を確かめながら、頷いた。
「猪のときのように、村への断りは要りませぬか」
「平六が申していました。椎茸は、誰かの取り分を削るものではないと」
「左様で。それなら、話は早うございます」
甚兵衛は、紙と乾物の包みの間に、椎茸の包みを収めた。さほど大きくはない包みだった。猪のときのように、念を入れて、何度も確かめるような手間もない。
「次郎兵衛殿には、何と伝えればよろしいでしょう」
藤丸は、少し考えた。
「猪は、皆様の口に合わなかったと聞きました。今度は、また別のものを、少しだけ試させてください、と」
「承知いたしました」
甚兵衛は、それだけ言って、荷を背負い直した。
「藤丸様は、一つ駄目だったくらいで、止まりませぬな」
藤丸は、その言葉に、すぐには答えなかった。
(止まる理由がない)
猪が駄目だったのは、猪そのものが悪かったわけではない。運び先の違いに、誰も気づいていなかっただけだ。それがわかれば、次は別の品を試せばいい。それだけのことだった。
「急がず、一つずつ。そう決めましたから」
甚兵衛は、小さく笑って、頭を下げた。
「では、参ってまいります」
甚兵衛が裏門を出ていく後ろ姿を、藤丸はしばらく見送った。荷の重さは、猪のときと、さほど変わらないように見えた。だが、その中身は、少しだけ違っている。
椎茸が、次郎兵衛の口に合うかどうかは、まだわからない。合えば、また次を試す。合わなければ、また別の品を探す。
答えは、まだ安芸の浦の向こうにある。
藤丸は、裏門から屋敷のほうへ、踵を返した。
今回、猪がうまくいかなかったことを引きずらず、藤丸はすぐに椎茸という次の品に目を向けます。「猪は皆で分け合うもの、椎茸は誰のものでもないもの」という平六の説明から、同じ「山のもの」でも踏むべき筋がまるで違うことを学びました。
お咲の「藤丸様は、一つだめでも、すぐ次を探されますね」という一言や、甚兵衛の「一つ駄目だったくらいで、止まりませぬな」という言葉に、藤丸のやり方がだんだんと周りにも伝わっていく様子が表れています。
椎茸が次郎兵衛の口に合うかどうかは、まだわかりません。合っても合わなくても、次の一手を探す藤丸の姿勢が、この先も続いていきそうです。




