藤丸の寄せ荷
文吉さんの一件から、今度は乾物商いの仁助さんへと話が広がります。紙と乾物、二つの荷を一緒に運ぶ――藤丸の小さな段取りが、少しずつ形になっていくお話です。
文吉の紙が、半分の量でも運ばれるようになってから、ひと月ほどが経っていた。
夏の盛りで、城下の道には埃が舞っている。藤丸は、お咲とともに、久しぶりに文吉の店先を訪ねた。
店の中には、以前のような紙の山積みはなかった。すべてが捌けているわけではないが、運べずに溜まっていく一方だった頃とは、明らかに違っていた。
「藤丸様」
文吉は、藤丸を見ると、深く頭を下げた。
「あの一件以来、なんとか紙が動くようになりました。以前の半分ほどではございますが、まったく動かぬよりは、はるかに」
「それは、よかったです」
藤丸は、それだけ答えた。
文吉は、しばらく迷うような顔をしてから、奥から小さな包みを持ってきた。
「これを、ぜひお受け取りいただきたく」
開けると、上質な紙が数枚、丁寧に重ねられていた。
藤丸は、すぐには受け取れなかった。
(これは――)
困っている人を、たまたま繋いだだけだった。船頭を見つけたのは甚兵衛で、藤丸が動いたわけではない。それで品をもらうというのは、どこか筋が違う気がした。
「私は、何もしておりません。甚兵衛が、船頭を見つけたのです」
「されど、藤丸様が、甚兵衛さんに話を持っていかれたからこそ」
文吉は、なおも紙を差し出していた。
藤丸は、結局、それを受け取った。断り続けるほうが、文吉の気持ちを軽んじることになる気がしたからだった。
* * *
店を出てから、お咲が口を開いた。
「藤丸様。実は、もう一つ、似たような話があるのです」
「似たような話、というのは」
「乾物を商う、仁助さんという方がいるのですが――父の知り合いです。やはり、船が思うように使えず、困っていると」
藤丸は、足を止めた。
「乾物も、ですか」
「はい。鰒や干物を、堺のほうへも、近場へも、運んでいるそうです。鉄砲の荷で船が塞がるのは、紙だけの話ではないようで」
藤丸は、しばらく黙っていた。
(紙だけではなかった、か)
文吉の困りごとを、一つの店の不運だと思っていた。だが、同じことが、別の商いでも起きている。船という限られたものを、誰がどう使うかという話は、紙の話に留まらない。
* * *
その晩、藤丸は寝床の中で、今日聞いたことを、何度も思い返していた。
(一つの荷では、船を満たせない。だが、二つ、三つの荷を合わせれば――)
紙の荷も、乾物の荷も、それぞれは小さい。一艘の船を、それだけで満たすほどの量ではない。だからこそ、船頭は鉄砲の荷を優先する。大きく、確実に儲かる荷から、先に積まれていく。
特別な思いつきではなかった。小さな荷を一件ずつ別々に運ぶより、まとめて一度に運んだほうが、同じ船一艘でも無駄が減る。それくらいのことは、藤丸にはもう、当たり前の勘所として身についていた。理由を辿るまでもなく、頭の中で、答えだけが先に出ていた。
(紙と乾物を、一緒に運んでもらえないか)
そう思いついたとき、藤丸は、すぐにそれを誰に話すべきかを考えた。
甚兵衛だ。
* * *
翌日、藤丸はお咲を連れて、甚兵衛のところへ向かった。
裏門の脇で、甚兵衛はちょうど荷を検めているところだった。藤丸を見ると、いつもの調子で頭を下げた。
「藤丸様。今日は、また何の御用で」
「甚兵衛。乾物の仁助さんという方も、船で困っているそうですね」
甚兵衛は、少し驚いた顔をした。
「よくご存じで。……はい、紙の文吉さんと、似たような事情です」
「紙の荷と、乾物の荷を、同じ船で運べないでしょうか」
甚兵衛は、しばらく藤丸の顔を見ていた。
「同じ船で、ということは」
「どちらも、一艘を満たすほどの量ではないと聞きました。それなら、二つ合わせれば、船頭も損ではないのではと思ったのです」
甚兵衛は、少しの間、黙っていた。それから、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど。一つひとつでは小さな荷でも、合わせれば、船頭に断られにくくなる、ということですな」
「はい」
「悪い話ではございません。文吉さんと仁助さんは、もともと顔見知りでもありますし。話してみましょう」
* * *
それから十日ほどして、お咲が知らせを持ってきた。
「文吉さんと仁助さんの荷、同じ船で運ばれることになったそうです」
国分川の内を行き来する、あの船頭が請け負ったという。紙の荷と乾物の荷を一緒に積むことで、これまでより船一艘あたりの実りが増え、船頭にとっても割の良い話になった。文吉も仁助も、これまでより少し多くの量を、安定して運べるようになったという。
藤丸は、それを聞いて、静かに頷いた。
(一つの荷では難しいことも、二つ合わせれば、できることがある)
当たり前のことだった。だが、当たり前のことを、誰かが実際にやってみるまでは、ただの「当たり前」のままで終わってしまう。それを、形にしたのが今日だった。
* * *
数日後、仁助という男が、わざわざ屋敷の裏門まで訪ねてきた。初めて顔を合わせる男だった。日に焼けた、四十がらみの商人で、文吉とはまた違う、ざっくばらんな物言いをした。
「藤丸様のお口添えと聞きました。おかげで、荷がだいぶ楽になりました」
そう言って、干した魚をいくつか、包みにして差し出した。
藤丸は、それを受け取った。文吉からもらった紙のことを、ふと思い出した。
(また、もらってしまった)
困っている人と、空いている場所を、ただ繋いだだけだった。それなのに、礼の品が、また自分のところへ集まってくる。
藤丸は、その晩、文吉からもらった紙と、仁助からもらった干物を、並べて見た。
(これを、どうするか)
自分一人で使うものではない、という気がした。紙は、お咲にいくらか分けてもよい。お咲の家は、行商で生計を立てている。紙も乾物も、お咲の父・甚兵衛が扱う荷の一部に加えられないか――そう思いついた。
紙と乾物を、また別の場所へ運ぶ。そのための、ささやかな元手として使う。それなら、もらった品が、また次の誰かのところへ巡っていく。
藤丸は、その考えを、お咲に伝えた。
お咲は、少し驚いた顔をしてから、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「お礼を言われることでは、ありません。ただ、こうしたほうが、良い気がしただけです」
* * *
夜、藤丸は布団の中で、今日までのことを思い返していた。
文吉の店。仁助の包み。お咲に伝えた、あの一言。
紙だけの話だと思っていたものが、乾物の話にも繋がり、それがまた、お咲の家の荷にも繋がっていく。一つの困りごとを片づけることが、別の誰かの小さな足がかりにもなる。
(土佐は、紙と木材と、海のものがある)
国親公の治める土地は、決して豊かな田を多く持つ国ではない。だが、紙があり、木材があり、海がある。それぞれは小さくとも、組み合わせ方次第で、もう少し遠くまで届くものになる。
まだ、藤丸にできることは小さい。船一艘の荷を、二つに分け合わせる――それだけのことだった。それでも、今日のこの小さな一手が、いつか、もっと大きな何かに繋がっていく最初の一筆になるかもしれない。そんな気がした。
障子の外で、夏の夜風が、低く鳴っていた。藤丸は、目を閉じた。
今回は、紙の荷だけでなく乾物の荷にも同じ悩みがあることに気づき、藤丸が「二つの荷を合わせて運ぶ」という工夫を思いつきます。特別な発明ではなく、当たり前のことを実際に形にしただけですが、それが文吉・仁助双方の助けになりました。
また、お礼としてもらった紙と乾物を、お咲の家の荷に加えてはどうかと考える場面も印象的です。もらったものを自分だけで使わず、また次に巡らせていく――藤丸らしい「富国」の芽が、小さな形で見え始めています。
土佐の紙・木材・海のものを組み合わせていくという着想も出てきました。この先、どんな広がりを見せるのか楽しみです。




