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アルゴナウタイ  作者: 雨車誄
第二章:帆を張らん

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9/10

動転

 血を見るのが嫌いだ。

 誰も傷つかない、死なない世界が欲しかった。錬金術なら、それが可能だと知った。しかしそれをしてしまえば、いつの日か神からの罰を受けることも、知っていた。それでもやるしか、なかった。私の魂一つで世界が平和になるのなら、それで良かった。


 現実は、そうではなかった。

私のために集ってくれた仲間は皆──


……違う。

今は、あの時を思い返している場合ではない。


「……ハッ!」


 目が覚めた。頭がズキズキと痛む上、地面に少し赤黒い跡が見える。おそらくアレーティアに殴られて気絶していたのだろう。当のアレーティアは鉾槍を掲げ、今にもほ座の男をぶった斬ろうとしている最中だった。


 止めようにも、殴られた衝撃で体が思うように動かせない。アレーティアを直接止められる距離にもいない、であれば。ふと、視線が左手に抱えた竪琴に落ちた。竪琴に張られた数本の弦のうち、その一本が、妙な光を放っているように見えた。もう片方の手が、吸い込まれるようにその弦に伸びて、弾いた。


 刹那、振り下ろされようとしていた鉾槍は、まるで何かに後ろへと引っ張られているかのように、動きを止めた。それを見たアレーティアは大きく舌打ちをして、今度は鉾槍を握っていない方の手で男を殴ろうとするが、それも鉾槍と同様に止まってしまった。


「……なんだこれは」


 その正体が、私にだけは見えていた。

 糸だ。アレーティアの体に巻き付くようにして、糸が張り巡らされている。ピンと弦のように張った糸が、アレーティアの動きを拘束している。しかし、アレーティアが糸に縛られた体を無理やり動かそうとすると、私の手に激痛が走った。


「うっ……?!」


 あろうことか、糸は私の指から伸びていた。開いた指をぐっと内側に曲げると、痛みと同時にアレーティアに巻き付いた糸がより食い込んだ。これが、この竪琴の力?この糸はいくらか頑丈そうだが、結局アレーティアの力を抑え込むには荷が重い。今こうして抑えている間にも、私の腕は悲鳴をあげているし、指に至っては千切れてしまいそうだ。


「早く逃げて!長くは抑えられない!!」


「あ、ああ……!」


 叫んだ瞬間、男は目にも止まらぬ速さで部屋のガラス窓を突き破り、姿を消した。あの人間離れした身体能力を見るに、あれが「ほ座」の能力なんだろうか……何にせよ、無事逃がせたようだ。同時に、指にかかっていた圧がスッと消えた。どうやらアレーティアが自ら動きを止めたらしい。


「追わないの?」


「ほ座の能力を使われてはな。今の私では追いつけん。無論諦めるわけではないが……顔も覚えられた以上、次に接近するより先に策を練るべきだな」


「ほ座の能力って?」


「簡単に言えば加速。風を受けた帆のように、空気のある空間であればいくらでも移動速度を上げられる。問題は一度加速してしまうと止まりづらく、小回りが効かぬことか」


「単純な能力ね……武器を造れる『りゅうこつ座』とは違って」


「当然だ。『りゅうこつ座』は私の主たる力だからな」


 私は「殺さないの?」なんて愚かな質問をすることはなかった。彼女の目を見れば、私に対する殺意が無いのは明白だった。わざわざ余計なことを聞いてその気にさせてはいけないと思ったのだ。


「お前のことは殺さない。私はこの星海戦争(お遊び)に興味はないし、お前の力は私のものでもないしな」


「……驚いた、心でも読んだの?」


「さあな。お前が自身の死を覚悟して他者を助ける愚か者で、そのくせ死を恐れているどうしようもない奴だと知ってただけだ」


 その言葉を聞いて、少し安心した。もちろん私を殺さないってこともそうだが、何よりアレーティアが私をちゃんと見ていることに、彼女の人間らしさのような、言葉にできない感覚に安心していた。ここ数日、彼女の冷酷な面ばかりを見ていたからだろう。


「そう。とりあえず、私はもう一度眠ることにするわ。遺失物の影響か、さっきから眠くて仕方がないの」


「遺失物がどこからエネルギーを持ってきているのかと思ったが、もしや生命エネルギーなのか?」


「多分ね。とにかく寝るから……ああでも、できれば見張っててね」


 そうアレーティアに伝え、眠気にされるがままになった。しかし、ゆさゆさとアレーティアの大きな手に揺すられて目覚めてしまった。深い眠りに入っていたせいか、どのくらい寝ていたのかは分からないが、無理に起こされたせいで目覚めが悪い。窓の外を見るとすっかり日が落ちていた。


「アレーティア。どうしたの?」


「力が、戻った」


「……は?」


 脳が強張る。力が戻った、と言うことは何か?あの「ほ座」の男は死んだと言うのか?アレーティアが殺した?一瞬そう考えもしたが、アレーティアも動揺しているらしい。それに彼は加速する能力で逃げたはずだ。……あの鉱山で感知していたもう一人の継承者の仕業か。そいつが、「ほ座」を殺したのか。


「『ほ座』の居る方向は死ぬ直前まで感知していたのよね?」


「当然」


「なら今すぐに追いましょう。仇討ちなんて殊勝なものじゃないけれど、コレで終わりにはしたくない」


 アレーティアは少し考える素振りを見せた後、私を肩に担いで男が割った窓から飛び降りた。ディースの時と同じ轍を踏んでしまったことに胸が締め付けられる。やはりこの世界で、一時的に命を救ったところで、根本的な解決にはならないのだろうか。

読んでいただきありがとうございました。

次話は6月22日更新予定です。

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