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アルゴナウタイ  作者: 雨車誄
第二章:帆を張らん

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炭坑のカナリア

「それで、いつ頃能力が戻ってきたの?」


 ほ座の男がどちらの方向に逃げたのか、見てはいなかった。いくら「ほ座(ヴェラ)」の力で速度が上がっているアレーティアとは言え、方向がわからないんじゃ追いつけない。しかし、男を殺した継承者を見つけなければ、彼がなぜ殺されたのかも、この先何が起きるのかも分からない。特にその継承者は、先刻まで鉱山の中に居たのだ。わざわざ「ほ座」を仕留めに行ったと言うことは、私たちもいずれ狙われる。


「力が戻ったのは、「ほ座」の男が窓から飛び降りてからすぐのことだ」


「すぐ?じゃあそれって──」


 こう言う時は、本当に運が悪い。それとも、運が良いのか。突然アレーティアが足を止め、その反動で危うく振り落とされそうになった。何が起きたのか聞くまでもなく、私の心臓にまとわりついたその感覚が、事態を察させる。


 アレーティアの肩越しに彼女の視線の先を覗けば、そこには地面に倒れた「ほ座」の男と、その傍に、全身を幾重にも布で覆い、素肌一つ見えない人影が立っていた。この心臓を枝で突くような感覚、あの布を被った方が「ほ座」を殺した継承者なのだろう。


「一応聞くけど、彼を殺したのは貴方?」


「愚問」


 アレーティアの肩から降りながら、会話のできる相手か確かめる。想像より高い声、おそらく女性なのだろうか。とりあえず、そっけない喋り方だが、問答無用で殺しにかかってくるほど血の気が多いわけでもないらしい。だが、彼女の布の下から聞こえる、何かが動き回っているような雑音は何だ?彼女の星座の力に関係しているのだろうか。


「あら、意外と可愛らしい声ね」


「こちらからも質問。彼の病気を治したのはお前か?」


「そうだけれど」


「質問は以上、いつでもかかってこい」


 そう言うと、布を被った継承者は懐から、鳥籠を取り出した。鳥籠の中には黄色の羽をした鳥、カナリアが入っていたが、彼女は気にするそぶりを見せず、そこらに放り投げた。無機質な落下音と、カナリアの羽ばたく音が辺りに響く。住民たちはこれが継承者同士の争いだと理解しているのだろうか、私たち周囲に誰一人として近寄らない。まあ、そちらの方が好都合か。


「ふん、まあ何でも()いが。アイツは殺しても構わんな?」


「え、ちょっと?!」


 私が答える暇もくれず、アレーティアは鉾槍を造り出し、そのまま相手へと突撃していく。布を被った女はそれを取り出した鳥籠で綺麗に弾く。吹っ飛んだ鳥籠にもまたカナリアが入っており、一つ目の鳥籠とは別の方向へと落下した。あの全身を覆う布は、鳥籠を隠し持っておく為か。


「少しは動けるようだな」


「当然。お前の動きが鈍くなっているおかげだな」


「何だと?」


 一つ目の鳥籠、彼女の近くに投げられた鳥籠。その中に居たカナリアの動きが、ピタリと止まる。先ほどまで忙しなく羽をバタつかせていたカナリアが、今や動きを止めている。単純に興奮状態から醒めただけなのかもしれないが、それにしては止まり方が唐突すぎる。


「ああ、もう終わりだよ。お前」


「何?」


「アレーティア!!」


 竪琴を弾き、指の第一関節から糸を伸ばす。糸はアレーティアの体に絡みつき、思い切り腕を引っ張れば、彼女の体を布の女から遠ざけることができた。どうせなら「こと座(リラ)」が使えればよかったのだが、周囲には木箱しかない。操ったところでだ。


「……アレーティア?」


 普段なら何かしら悪態をつくはずの彼女が、何も返事をしない。こちらに引き寄せた彼女の体は、すでに地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなっていた。


「そら、終わりだ」


「貴女……やっぱりそう言う能力なのね」

「『毒』でしょう、そして多分『さそり座(スコルピオ)』。毒にまつわる星座なんて、それぐらいしか思い当たらないわ」


 さっき動きを止めたカナリアは、ただ動きを止めたわけじゃない。羽を小刻みに振るわせ、息絶えていた。体に回った何かしらの毒によって。そしてそれはおそらく、彼女の体から周囲に撒き散らされているのだろう。


「良く分かったな。お前の能力はさっきの糸か?」


「さあ?見破ってみたら?」


 毒が回っていたとは言え、アレーティアと一瞬でも競り合えた身体能力。甘く見積もっても、私が正面から殺し合って勝てる相手じゃない。かと言って、毒ガスが周囲に広がってるんじゃ、小細工の仕掛け用もな……。いや、一つあるな。あまり使いたくは無いが、格上相手にゴタゴタ言ってられない。


 そこらに転がっていた小さな木箱を一つ抱えて、全速力で走り出す。後ろを見なくとも、「さそり座」が迫ってきているのは分かっていた。時間がない。急いで親指の腹の皮を噛み切り、血で木箱の上に術式を書いていく。これは錬金術の術式だ。錬金術とは、ただ単に金を錬成するわけじゃない。物質の書き換え、それに伴うエネルギーを異界から引き出す術だ。


「ふんっ……!」


「何だ?何を投げた?」


「木箱よ」


「そんな物で何ができる?」


「その木箱の上に赤い文字で何か書いてあるでしょう?それは膨大な熱エネルギーを引き出す術式よ。まあ平たく言えば……その木箱は燃えるってわけね」


 途端、「さそり座」の足元に転がった木箱が大きく燃え上がり、同時に白い閃光と共に、大きな爆発が発生した。爆風に乗せられ、吹き飛ばされた小石や炭化した木片が飛んでくる。爆風が収まれば、煙と共に肉の焼け焦げた、嫌な匂いも臭ってきた。


「ふう……助かったわ。毒ガスなら燃えるものね」


 その後、彼女には応急処置をして、周囲の住民に運搬を頼み近くの病院に預けておいた。傷を見るに、火傷痕は残るかもしれないが、死ぬことはないだろう。ひとまず、アレーティアの様子を見に行こう。正直な話、彼女が毒ガス程度で死ぬとは到底思えない。




「チッ……何分寝てた?」


「うへえ」


「何だその反応は?あの継承者はどうした?」


「再起不能にしたわ。貴女……次から相手の能力をよく考えてから突っ込んだ方が良いわよ」


「余計なお世話だ」


 やっぱり生きていたか。「ほ座」の男は「さそり座」の毒ガスで死んでしまったと言うのに。彼女の自前の身体能力なのか、やはり星座の力が二つもあると、何かしら体にも影響があるのか。


 今のアレーティアには星座の力が二つ……また、目の前で人が死んだ。アレーティアから守ることはできたが、星海戦争に身を投じている継承者は、結局アレーティア以外の要因で死んでしまうのだ。今回の「ほ座」の男のように。あと二人のアレーティアの力を持つ継承者が生きていることさえ、奇跡のように思えてしまう。今現在、継承者が何人残っているのか知らないが、この5年でその半数が死んだのは確実だろう。


 結局私は、何も救えてはいないのだ。

読んでいただきありがとうございます!

次話は6月29日に投稿予定です!

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