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アルゴナウタイ  作者: 雨車誄
第二章:帆を張らん

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8/10

ほ座の継承者

ビシッ。

監督の振るった鞭が空を裂き、乾いた音を坑道に響かせる。

ゲルマルク帝国に留まる限り私たちは嫌でもこの音を耳にし続ける。


鞭の音を皮切りに、ツルハシが岩壁を削り砕き、炭に汚れた鉱夫の汗が飛ぶ。それが延々と繰り返される。アレーティアは涼しい顔をしてツルハシを振り下ろしているが、私はそうもいかなかった。重い鉄の塊を岩石に打ち付ける度に体が軋んだ。幸い、懸命に手を動かしていたおかげか鞭の餌食にならずに済んでいるが、隣でくたびれた鉱夫が鞭に打たれるのを見ながら作業をするのは気分が良くなかった。


「ここは、街の方とはえらく違うのだな」


アレーティアが、監督に聞こえぬほどの小声で私に囁いた。彼女の声は普段なら周囲に響いていただろうが、ツルハシと怒号の中では私にしか届かなかった。


「そうね、それがゲルマルクだもの」

「鉱夫は衣食住を保証される代わりに、毎日長時間働かされる。政治に口を出す権利だって無いの」


「……この国が鉱夫によって潰されるのも時間の問題だろうな」


「そうね、と言っても……数十年は先でしょうけど。今この国が潰れてしまえば、食えなくなるのは鉱夫だもの」


「それよりも、気付いてる?」


「ああ……近いな」

「私のモノだったからこそ分かる、この気配は『ほ座(ヴェラ)』だ」

「それに加え、もう一人……そいつのせいでほ座の方の位置がよく分からんな」


複数の継承者が、この鉱山の中に居る。それも私たちのすぐ近くで。向こうもこちらの存在に気づいているのだろう、鉱夫か監督に紛れて私たちの出方を伺っているのだ。ツルハシを振り下ろしながら、視線だけを動かし周囲を見渡す。やはり怪しい動きをしている者は誰一人として居ない。監督は鞭を振り回し、鉱夫は汗水垂らして働いている。いつも通りの光景。そのはずだった。


「ゲホッ……ゲホッ!」


隣で作業をしていた、一人の鉱夫が手を止めた。それを見つけた監督がすぐさまその体に鞭を振るわんとしたが、敢えなく鞭は空振った。鞭を受ける前にその鉱夫が、地面に倒れ込んでしまった。動揺する監督をよそに、私は即座に鉱夫を地面に仰向けに寝かせ、触診をはじめた。


「貴様、医術の心得があるのか?」


監督は怪しげに私を睨むも、病を恐れてか近づかない。


「軽くだけれどね」


手首と頸動脈にそれぞれ指を当て脈拍を測る。少し脈が早いが正常ではあるようだ。耳を胸に当て、呼吸音を聞いてみる。すると鉱夫が息を吸うたびに、紙を指先で潰すような乾いた音、捻髪音(ねんぱつおん)が聞こえた。やはり、と言ったところではあるが、この国では良くある病気だ。


「じん肺ね。多分気管支の病も併発してるけれど」


「つまり何だ?こいつは働けるのか?さっさと答えろ!」


答えは火を見るよりも明らかだ。しかしそれを伝えてしまえば、この鉱夫は食い扶持を失ってしまう。この国では働けなくなった労働者は、もう資源ですらない。人として扱う義理もない。この国の衣食住は、働く者にしか約束されていないのだ。


「無理ね。これ以上働かせれば死ぬわ……それと」

「いい加減口の周りに布か何かを巻かせるべきだと思うわ」


「何……?!」


「行きましょ、アレーティア。やっぱりここで働くなんて間違いだったわ」


その言葉にアレーティアも頷く。せめて、これ以上症状が悪化しないよう、この鉱夫を外へ運ぼうと、私が抱えた時だった。私は感じ取ってしまった、この鉱夫が何者であるか。体に直接触れた私だけが気づけたのだろうか、アレーティアは何もせずに私の後ろで見守っている。吹き出た嫌な汗が、瞬時に蒸発していくような感覚だった。


この鉱夫は、継承者だ。



「……ここ、は」


「あら、目が覚めたのね」


「アンタが、俺を助けてくれたのか?いつもより息がしやすいんだ」


「ええ。一応、理髪師をやっていた頃があったから、ちょっとした治療くらいならできるのよ」

「鉱山で倒れたから、この宿を取って休ませてたのよ」


まあ、彼の治療には医術だけじゃなくて、錬金術も若干使ったのだけれど……わざわざ伝える必要はないか。未だ混乱していた男の手を取り、宥めるように両手で握りしめる。一瞬、混乱の色が大きくなったが、すぐに状況を飲み込んだようで、深く呼吸をして、私の方に向き直った。


「助けてくれてありがとう……だが、アンタは俺と同じ──」


「それを分かった上で助けたのよ」

「借りを作ろうとかも思ってないわ。本当にただ、目の前で死なれちゃ気分が悪いってだけ」


アレーティアは部屋の端に置いてある椅子に座ったまま、こちらを見ている。誰かとの交流や交渉は全て私に任せる、と言う意思の表れだろうか。それ自体は構わないし好都合なのだが、まあ緊張する。これだけ会話を重ねてしまえば、彼女が違和感を覚えていたっておかしくはない。


「まあ、色々言いたいことはあるだろうけれど」

「貴方はもうこの国から出なさい。敵対中のロムニアもダメでしょうから……ま、それ以外の国で新しい仕事を見つけるべきよ。この国の鉱山で働き続けたら、また今日みたいになるわ」


「……」


男は、しばらく何かを考えている様子だった。腕を組み、一頻り唸った後、再び口を開こうとした、その時だった。


「おい」


椅子に座って様子を見ていたアレーティアが、口を開いた。腕を組み、トントンと二の腕を人差し指で叩いている。どうやら、かなり苛立っているらしい。しかし立ち上がることはせず、ただこちらを睨んでいた。


「気づいていないとでも思ったか?」

「さっきは鉱山にいたもう一人の継承者のせいで気づかなかったが、この狭い空間であれば嫌でも分かる。そいつが、ほ座の継承者なんだろう?」


やはり、気づかれていたか。ならばもう、言葉で誤魔化すことは叶わない。

私は何も言わずに、ディースから託された竪琴を手に取る。それを見たアレーティアはその手に鉾槍(ハルバード)を造り出し、握った。


……やるしか、ない。

読んでいただきありがとうございます。

よければ感想や評価などお願いします。活動の励みになります。


次話は6月20日投稿予定です。

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