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アルゴナウタイ  作者: 雨車誄
第二章:帆を張らん

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7/10

ゴスルベルク鉱山

 ロムニア王国を発った後、私とアレーティアは森で焚き火を囲っていた。

パチパチと音を立てて燃える焚き火を見ながら、私はディースから貰った竪琴を抱え込んだ。


「……ねえ、アレーティア。貴女の力を継いだ継承者は、後どのくらいだったかしら」


「……3人だ。ディースが持っていた『りゅうこつ座(カリナ)』を含めなければな。お前が何を言いたいかは分かっている。が、殺さねば力は戻ってこない」


「なら、もう貴女には協力できないわ」


 生暖かい血の温度が、外気に触れ急速に冷めていくあの感覚。忘れていたわけではなかったが、二度と味わうとは思ってもいなかった。できればすぐに記憶の底に沈めたいが、ディースとの約束がそれを許さない。


 ディースは善人とは言えない。多分アレーティアの力で兵器を製造し、それを他国に売り捌いていたはずだ。彼は間接的とは言え、多くの人間の死に関わっている。


 ただ、それでも私はこの感覚を畏れ、二度と繰り返すまいと避けなければならない。ディースは「生き残れ」と言ったが、彼の死に関与した以上、それだけで済ませたくは無い。


「何だと?」


「私が隙を作らなかったら、貴女はきっとディースを殺すのにもっと時間がかかっていたはずよ。そしたら多くの衛兵が駆けつけてきたり、仮に殺せたとして……王国の遺失物(オーパーツ)の防衛兵器に深傷を負わされていた」


「……」


「貴女だって、作戦を立てたり、私の補佐が必要だったから誘ったんでしょう」


「なら、私と別れるか?そうなれば、お前はあの王子との約束を果たせるのか?カルキノスのような小僧にも殺されかけていたお前が。言っておくが、ディースを殺した今私はアルゴ座でありながら『りゅうこつ座』の継承者でもあるんだ」


 アレーティアの言う通りだ。ディースから授かったこの竪琴があっても、恐らく私自身の力は変わらない。その上、アレーティアのような怪物に狙われるんじゃ……どう足掻いても生き残れないだろう。しかし彼女に協力し続け、これ以上犠牲を出すわけにもいかない。


 だから──


「協力するわ、貴女の力を持つ継承者を探すのも、路銀だとか色々ね。でも、殺しだけは妨害する」


「……は?」


「貴女がターゲットを見つけて、殺そうとするところまでは協力する」


「それで、肝心の殺しは止めにかかると?ふざけるな。あまりにも虫が良すぎるぞ貴様……大体、そんな宣言したやつを私が側に置いておくとでも思うのか?」


「殺しを妨害するにしても……それに見合うほどのメリットがあるはずよ。貴女に備わっていない現代での常識、路銀の稼ぎ方……諸々ね」


 ま、そんなの一般人をとっ捕まえ私の代わりを探せば済む話だが……彼女はこの戦争自体に興味はないし、意味もなく命を奪うような性格じゃない。


 それに加え、自身の時代の常識が通用しない環境、その孤独感が手助けして、彼女は私を受け入れる他ないと踏んだ。負の感情を利用するのは何だか良い気はしないが、私だって必死なのだ。


「はぁ……見上げた根性だな。良いだろう。お前に邪魔されたとて、殺せぬはずもあるまいしな」


 アレーティアはため息をつき、頭の後ろをぽりぽりと掻きながらそう言った。良かった、少なくとも今夜追い出されることはなさそうだ。となると、問題は次の目的地か。


「ゲルマルク帝国……ねえ」


『炭鉱夫募集中!三食寝床付き!日給制!』と書かれた紙をくしゃくしゃと丸め、カバンの中に戻す。これから向かうゲルマルク帝国に、あまり良い思い出は無い。


「ロムニアと戦争中の国、だったか?私の時代には無かったな」


「今は休戦中だけどね。新しく開拓した鉱山での人員を募集してるみたいよ」


「……どうでも良いな」


「別に行く気はないわ。オススメもできないし。でも、居るんでしょ?ゲルマルクに」


「ああ。ゲルマルクと言う国が、お前の言う通りの方向にあるのなら……そこに居るだろうな。『ほ座(ヴェラ)』を持つ輩が」


ほ座。その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられるのを感じた。同時に、私は無意識にディースから受け取った竪琴を強く握りしめていた。もう二度と、彼のような犠牲者は出したくない。

ディースの血の温度が、不意に指先に蘇った。



 野営をした次の日の昼。

私とアレーティアは、ゲルマルクの中心都市である「プロイザン」の門前に立っていた。プロイザンはいわゆる城郭都市と言うやつで、都全体が防壁に囲まれている。城壁には極東の特殊な加工技術が施されており、それによって強固になったこの石壁が、この国を外部の脅威から守っているらしい。


と言っても、普段は門が開きっぱなしで、ただ検問官が二人立っているだけなのだが。


「貴方達は、ロムニア王国出身の者ではないようですね?」


「ええ。私はケムトで……彼女はヘラド出身よ」


 それを聞いた検問官は納得した様子で、私たちの身体や荷物を確認し、怪しげなものが無いかを調べていく。当然と言えば当然のことだが、アレーティアの持っていた麻袋も調べられた。その中に入っていた武具は全て没収だと告げられた。


 アレーティアは不満そうな顔をしていたが、面倒を起こすのを嫌ったのだろう、何も言わずに武器を差し出していた。私としても、ロムニアで路銀をはたいて買った武器を失うのは避けたかったのだが……まあ一部が血で汚れていたのだから、何か因縁をつけられなかっただけでも良しとするか。


「チッ……面倒な世になったものだな」


「仕方ないじゃない。休戦中とは言え、ロムニアとは戦争が続いているんだし……今なら、取り戻した『りゅうこつ座』の力でいつでも造れるじゃない」


「……あの中にはまだ使っていない武具もあったのだがな」


 検問を終えて、さっそく宿屋を探そうと辺りを見渡した時だった。ふと、()()()()が心を揺らす。心臓が細い枝で突かれているような、あの感覚。この都のどこかに、『ほ座』の継承者が居る。


 隣を見れば、アレーティアが険しい顔をしていた。

ディースを殺し『りゅうこつ座』を手に入れた今、彼女にも私と同じ感覚が備わっているのだろう。しきりに握り拳を開いたり閉じたりしながら、どこか遠くを見つめていた。


「とにかく、先に宿を確保しましょう。まだ昼だし、探索はそれからでも間に合うわ」


「金は?」


「一晩分の宿を借りたらもう素寒貧ね」


「……なら、とりあえず例の鉱山に行くぞ。鉱夫を求めているのだろう」


「興味無いんじゃなかったの?」


「金が無いなら別だ。独りで行動した拍子に死にたく無いならついて来い」


 アレーティアは掌を空に向けると、鉄で出来たツルハシを作り出した。言わずとも分かる、ディースの能力だ。ツルハシは本来兵器ではない筈だが、凶器足りえれば何でも良いのだろうか。


 新しく開拓されたという「ゴスルベルク鉱山」。何故か、国外からも鉱夫を募っている。再び、鞄からあの張り紙を取り出す。


 三食寝床付きで日給制……この国でこれほどまでの好待遇は珍しい。一体、あの鉱山から何が採れると言うのだろう。


「噂によると、遺跡と繋がってるらしいけど……」


「つまり、遺失物が手に入るやもしれんと言う話か?どこも必死なのだな、あのくだらん玩具を手に入れることに」


 そりゃそうだ。アレーティアは知らないが、ディースの使っていた遺失物なんてまだ序の口だ。遺失物の中にはその存在だけで戦況をひっくり返せる力を持つ物だってある。未だ大国には及ばないゲルマルクにとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。


 城壁と同様の加工が施された黒い石造りの家々を眺めていると、以前この都に訪れた時のことを思い出させる。この国の人間達は新しいことに貪欲だ。火薬兵器も、遺失物も、他の国よりも先に導入していた。


「結局資源やら人材やら、大国お得意の数の暴力で押し留められちゃったんだけどね」


「いつの時代も、力ある者は勢いある者を恐れるものだ。押し留められてしまったのであれば、この国の勢いはその程度だったいうことだろう」


「それでも、やっぱりプロイザンだけは大国にも引けを取らないと思うけど」


 昔来た時も確かに、この都は真っ黒な街並みだった。しかし20年経った今では、あちこちに大きな建造物が建ち、そこから生えた鉄の筒が煙を立ち上らせている。20年前はただ家が立ち並んでいただけだった。アレーティアの言葉を借りるなら、この国の勢いは、その程度では収まらないだろう。


「今日は魚が安いぜー!!」


「なあ姉ちゃん、安くしてくよ?一つどうだい?」


 市場も藹々としていて、この国の治安の良さがよく分かる。皆元気そうで、ゲルマルクに不満など無いと言った様子だ。もしかしたら何かしらの愚痴や文句はあるかもしれないが、街行く人々の体つきを見るに、少なくとも食うのに困っている連中は少なそうだった。


だが、私はこの国が苦手だ。これほど治安が良く、技術力があり、頑強な防壁に守られている国、ゲルマルク。


しかし──



「オラァ!!キビキビ働けィ!!!」


「……」


肉体労働となると、話は別なのだ。

ビシバシと坑道内に響く鞭の音。

二十年前と、何ら変わっていなかった。

読んでいただきありがとうございます。

よければ感想や評価などお願いします。活動の励みになります。


次話はリアルの都合で一週間後の6月15日投稿予定です。

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