羽音
「……ん」
目を覚ました時、火はすでに消えていて、少しの煤を被った骨が大量に転がっていた。その中で一際大きい、角の生えた頭蓋骨はパーンのものだ。太古の神で、信仰と共に神性を失った神。
昨日、私達が殺した。
「起きたか。少ししたら一度報告をしにレグルスのところへ戻ろう」
「……そうね、パーンや村の人たちを操っていた継承者を探したいところなのだけれど」
「それは私も賛成だが、相手の能力も分からないのに行くべきじゃないだろう」
「ま、推測する感じだとあの蛆が能力なんだろうけど」
「僕らの能力じゃキツくない?」
「そうね……『特定係』が必要かしら」
特定係。名前を『ろくぶんぎ座』の「ライラ」。
常に水晶玉を持っている盲目の占星術師だ。
継承者を水晶玉に捉えることでその継承者の能力を調べることができる。
初めて出会ったカルキノスが、私のことを「こと座」と呼んだのも彼女の能力で私の能力を調べたからだそうだ。
「でもライラは今別の仕事の最中でしょ」
「ほら、地中海の沿岸でうお座とやぎ座と一緒に怪物退治」
「……となると、自力で調べるか、放置だな」
この蛆の能力は危険だ。放置して良い相手ではない。それに相手の目的も不鮮明だ。村の人々を操ったりしたのは単に手駒欲しさだと分かるが、だとしたら本人が近くに居ないのは不自然だろう。昨日村を見て回った時にも、それらしい姿はなかった。
「そういえばさ」
「この蛆の能力って村の人も犠牲になってたけど、それって規則的にどうなの?もしかしたら罰されてもうこの世に居ないなんて可能性もあるんじゃない?」
考えがまとまらなくなりかけた、その時。カルキノスが疑問を投げかけてきた。
確かに、私たち継承者は非継承者を傷つけられない。逆もまた然りだ。この蛆の能力がどういったものかは分からないが、おそらく──
「直接危害を加えなければ問題ないんだろう」
「アレーティア。よく分かったわね」
「へー、そうなんだ?」
「あの神どもが決めたルールだ。そんなもんだろう」
「蛆を操るまでが継承者の行いで、その蛆虫が非継承者の脳みそを食うのは問題ないということだ」
「それって、例えば僕が投げた石がそこらの人に当たっても……?」
「問題ない」
「うわ〜。ガバガバじゃん」
「そんなもんなのよ、神様ってのは」
とはいえ、どうしたものか。やはり、一度戻って情報を整理するか。
なんて、考えていた時のことだった。
──ブブッ
「……何?」
ブブブブッ ブブッ
何かの羽音だ。それをこの場にいる全員が感知している。体を震わせるほどに大きく、不快な羽音。だんだんと近づいてくるその音の正体が何であるか、私たちは何となく察しがついていた。ついていたからこそ。その場からさっさと離れるべきだったのだ。
「……ハエか?」
「冗談でしょ?これが、ハエって……」
村の入り口の方から、大きな何かが……這ってくる。ハエには無いはずの八対の細い足を懸命に動かし、でっぷりと太った巨体を前へ前へと運んでいる。四対の背中に生えた翅はボロボロで、近くの木々に掠れるたびにブブッと羽音を立て揺れる。赤い眼には周囲の風景が分裂して映っている。
ハエと呼ぶにはあまりにも滑稽で、形容し難いナニカが、こちらに向かってきている。
「よし、迎え討つか」
アレーティアは戦斧を構え、ハエもどきに向き直る。
「マジ?!じゃあ僕も頑張ろうかなっ」
逃げ出していたカルキノスも、アレーティアを見てくるりと踵を返した。
何をやっているんだ、そう叫ぼうとした次の瞬間だった。
ハエもどきの背から、人影が飛び出した。
飛び出した人影の拳が、カルキノスの顔面を捉える。
不意の一撃に、彼の身体が大きく仰け反った。
「大丈夫?!」
「ああ……これくらいはね」
「それにしても、随分な挨拶じゃない?」
カルキノスは体勢を整え、眼前の相手と向かい合う。カルキノスを攻撃した男はうんと伸びをして、退屈そうに私たち二人を見下ろした。
「君が、あのデカいお姉さんの次に強そうだったから」
「早めに殺したくってサ」
がっしり目な体格、長い黒髪の一部に白い髪が混じっている不思議な髪型、そして脇腹に入った「ハエの刺青」。おそらく、目の前にいるこの男が、私たちの探していた件の継承者だ。アレーティアが足止めをしているあのハエもどきも、この男の能力で動かしているんだろうか。
「ハ〜。何、僕ナメられてるってこと?」
「さァ?」
「オルフィアは下がって……っ?!」
カルキノスが言い終わる間もなく、男が自身の鞄に入れていたナイフを投擲してくる。
私じゃ避けれない、そう判断したであろうカルキノスが私を抱き抱えナイフを躱わさせる。実際、私じゃナイフは避けられなかった。
「ありがとう……」
「気にしないで……あ、これで一回ボコボコにしたのはチャラにならない?」
「バカなこと言ってないで、攻撃が来てるわよ!」
男は引き続き、ナイフを投擲してくる。投げる本数はそう多くなかったが、一本一本の速度やタイミングがよく調整されていて、その全てに明確な殺意がこもっていた。
「危なっ……!ねえオルフィア、降ろしても良い?」
「あのナイフ相手にそんな余裕無いでしょ!」
「無いね……おっと」
男が投げるナイフを、カルキノスは的確に避けていく。時々避けきれないものは、脛の装甲に当て弾いている。しかしこれではジリ貧になってしまう。男のナイフがあとどれだけあるかも分からない上、ナイフ以外の武器も持っている可能性もある。
……あっ。
「そうだわ、すっかり忘れてた……!」
「何?!何かあるなら僕がナイフに当たる前にやって欲しいんだけど!!」
「分かった、すぐにやるわ!」
男が次のナイフを指に挟む。
その瞬間、私は竪琴の弦を強く掻き鳴らした。
次話は5月16日に投稿予定です。




