取引
俺が錬金術師について初めて知ったのは、俺が十七、ロムニアで大人と認められるようになった時のことだった。
俺は城の書物庫で、過去の収支報告書を探していた。近い将来、財務を担当することになると親父から聞いていたから、過去の王国が何に金を使い何を貿易に用いているのか、知りたかったのだ。
収支報告書は赤黒い背表紙の、驚くほど分厚い本、そう聞いていた。表紙にはロムニア王国の紋章が描かれているとも。情報通りに、赤黒い背表紙の本を一冊、本棚から取り出した。しかし表紙に我が国の紋章は無く、代わりに見た事のない、円環の形になった竜の紋章が描かれていた。
題名には「錬金術師の栄華と末路」とあった。
本には、異国「ケメレト」という国で発展していたという錬金術という学問について記されていた。錬金術はかつて人類の発展に大きく貢献し、一時はその叡智を持って人類を神に近い領域にまで押し上げたという。しかし多くの神々がそれを快く思わず、結果として全ての錬金術師は、百年前に全能神「ゼウス」の雷霆を受け滅んでしまったらしい。ただ一人の、生き残りを残して。
その名は「オルフィア・トリスメギストス」。本によれば、彼女は錬金術による老いぬ体を得ているらしく、今もどこかを彷徨い歩いている……らしい。
正直言って、迷信臭い、信じる余地のない内容。そう思った。だが、それらを描く文字や言葉の躍動が、それらの出来事をまるで本物かのように、俺を錯覚させた。
俺の審美眼が、物の価値を見極める感覚が、この本を、本の内容を「本物」だと言っていた。
急いで配下に、オルフィアと言う人物を探させた。あの本の内容が本当なら、錬金術師オルフィアが今もなお生きているのなら……金にできる。錬金術は何でも出来るのだ。死者を甦らせることも、黄金を生成することも、挙句不老不死まで。それらをダシに他国と交渉すれば、ロムニアの国力はより強固になる。
……ま、結局9年かけて探し出した本人に、その望みはあっさり絶たれちまったんだがな。
まさか、互いに継承者になってるなんてな。本当神ってのは、自分勝手な連中だぜ。
◯
「せっかく最後の錬金術師を見つけたのに、このザマじゃ世話ねえよな……ゲホッ」
「ちょっとディース、喋ると傷口が開くわ」
「構わねぇ、どうせこの傷じゃ助からねえよ」
アレーティアが鉾槍で与えた傷は、ディースの腹をバックリと裂いていた。
ディースの言う通り、どうにかなる傷じゃない。だからと言って、何もせず死ぬのを見ているのは……御免だ。鞄から取り出した包帯を、ディースの腹にグルグルと巻きつけていく。幸い臓物が溢れていない、包帯で止血すればまだ、まだ希望はあるはずだ。
「金にならないことをするのはやめろオルフィア……これから死ぬ俺に優しくしたって、何も返ってこない。俺も、返す事のできない恩を売られるのは勘弁だ」
「バカ言わないで……アンタは生きるの」
「やめろ、俺もお前も継承者だ……お前がここで殺さなくても、俺はいつか死ぬ。星海戦争で死ぬか、病死か、暗殺か。原因は何でも良い。とにかく死ぬんだ。それが今か、今日以降かってだけの話だ。それに、俺が死んだところで……ロムニアはやっていける」
それでも。このふざけた星海戦争で、神の意志で死ぬのは、間違っている。
私は神が嫌いだ。同胞を雷霆で焼き殺し、何故か私だけ残して、今はくだらない殺し合いを強いている。そんな神が嫌いだ。私の力では神に手が届かない、ならせめて、連中の思い通りにならないよう、抗って何が悪いと言うのだ。
「おい……何をしようとしてる」
「錬金術師の生み出した物の中で、『賢者の石』に並ぶ偉大な発明。霊薬を使うわ」
腰に下げていたフラスコの中にある黄緑色の液体、霊薬。その治癒能力は凄まじく、死者を蘇生することだって可能。生成する条件や素材は非常に高価で希少だが、人命に勝るほどの価値は無い。
「なあオルフィア……俺ぁ霊薬より、賢者の石が見たかったぜ。ただの石ころが、黄金に変わるんだろ?それがありゃ、ロムニアはもっと豊かになれた」
「良いから、早く口を開けて!」
フラスコの栓を外し、霊薬をディースの口の中に注ごうとした、その時のことだった。瓶がパリンと砕け、中身が地面に溢れた。どこからか飛んできた、黄金の矢によって。広がったディースの血液と土と混じった霊薬はもう、ディースに飲ませられる状態じゃなかった。
矢の飛んできた方向を見れば、城壁の上に誰かが立っているのが分かった。満月を背に、その手に握られた黄金の弓矢が、煌々と輝いている。その隣には、大きな熊のような獣も居る。名前は知らないが、あれがディースを仕留めに来たことだけは理解した。
「ディース!待って、今すぐ次の霊薬を作るわ……材料がないから不完全かもだけれど、必ず、必ず治してあげるから。錬金術だって、ここで死ななきゃいくらでも見せてあげるから」
「……オルフィア。錬金術は、もう良い、代わりに最期に、俺と取引をしようぜ」
ディースは空に向かって手を伸ばし、小型の竪琴を造り出した。竪琴に彫られた特徴的な模様を見るに、これも何かの遺失物なのだろう。
「お前の星座の力は知らないが、見るに碌な攻撃手段がないんだろ?だから、この竪琴をやる。代わりに、この狂った世界を……生き抜け」
「……っ」
ディースは見るからに限界だった。口を開くたびに、血で真っ赤になった歯が顔を出す。目も虚で、呼吸のたびに身体中から生気が抜けていくのが見て取れる。それでも、彼はこの竪琴を私に渡した。そして、その対価に「生き抜く」事を約束しろと、言っている。
断る理由が、あるだろうか。
「分かった……必ず、必ず生き残るわ。もう誰も、この戦争の犠牲者には、させないから」
「そうか……やっぱり、俺の目は間違ってなかったらしい」
そう言って、ディースは糸が切れたように動かなくなった。
城壁の方へ目をやると、黄金の弓矢を持っていた者はすでに姿を消しており、その場で動けるのは私とアレーティアだけだった。
「行くぞ、騒ぎを聞きつけた他の衛兵がやってくる」
アレーティアの言うことはもっともだった。しかしどうにも、その場から動く気力が湧いて来ず、アレーティアに抱えられ、そのままロムニアを後にした。
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次話は6月8日更新予定です。




