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アルゴナウタイ 〜星海に挽歌を唄えば〜  作者: 雨車誄
第一章:偉大なるパーンは死せり

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牧神

牧神(ぼくしん)「パーン」。獣のような臀部(でんぶ)と脚部に、山羊のような角を持つ太古の神の一柱。ヘラスの神々の中でもかなりの古株で、かの全能の神「ゼウス」よりも前に生まれたとも。しかし今現在、彼を信仰する者は少ないらしい。


そう、レグルスから聞いていた。

確かに情報通りの見た目だ。しかしこの腐臭は、とても神の身体から漂っているとは思えない。どちらかといえば怪物……というよりそもそも、神に匂いとかあるのだろうか。


それに加え、この家に収まりきらないほどの巨体。今もこの家の入り口から、大きな瞳を覗かせているだけで、中に入ってこようとはしていない。


いずれにせよ、このパーンが私たちの敵かどうか、見極めなければならない。正直、腐臭を撒き散らし、人間を殺している時点で彼と仲良くできる気がしないが。


「あー……えっと」


「おい、お前が神か?」


『カミ?』

『アあ。ソウダヨ、ソウだッタね?』


第一印象というのは大事だ。それは人間に限った話じゃない。だから何を言おうか決めあぐねていたというのに。アレーティアは腕を組みながら堂々と、こう言い放った。


「殺してやるから、かかってきな」


『ア゙ ?』


そのままアレーティアは外に飛び出て、パーンと交戦し始めてしまった。

十三星宮(じゅうさんせいきゅう)のアジトから貰ってきた、アレーティアの身の丈ほどある戦斧を振り回し、彼女の倍はあるであろうパーンの攻撃を()けながら、パーンにダメージを与えている。


「うひゃー。ありゃ僕じゃ勝てないワケだ」


「ちょっとアレーティア?!」


「また穏便に済ます方法でも考えていたんだろう?」


「そうだけど?!」


「無駄だ」


アレーティアはパーンの股下を潜り抜け、足首を戦斧で切断する。


『ぐ、グッ……!』


パーンは膝をつき、苦しそうな表情を浮かべている。アレーティアは気にすることなく攻撃を仕掛けていく。パーンは辛うじて何度か攻撃を防ぐが、鈍った動きの隙を突かれ、首を切断されてしまった。


一瞬。あまりにも、あっけなかった。



「殺した……の?」


「殺してはいない。というか、もう死んでいたしな」


「え?」


「こいつも、あの死体と同じように操られてるだけだ」

「足首の切断面からさっきの蛆が見えた上、私の知ってるパーンはもう少しまともな会話ができた」


「じゃあ、これはパーンじゃないのね……よかった」


「……私は、操られてると思った根拠を話しただけだ」


「どういう意味」


「恐らくだが、これはパーンの……」


アレーティアは、転がる首を睨みながら言った。


「──神の死体だ」


空気が凍った。誰もが信じて疑わなかった常識が壊されるような、まさしく天地がひっくり返った……そんな気分だった。


「神は殺せる」というレグルスの言葉を、私は半ば妄言として聞いていた。

こんなにも早く証拠を見せられるとは。それに、神って死体が残る上に腐るのか。きっとそんなことを考えている場合では無いのに、目の前の光景があまりにも受け入れ難かったのだ。


「……やっぱり、継承者の仕業だよね」


「レグルスの言う神殺しの方法が星座の力(そう)であるなら、な」

「恐らくパーンの力は信仰の不足で弱まっていたんだろう、だから簡単に()られた。私にも、その継承者にもな」


「おいカルキノス、近くに継承者の気配はあるか?」


「オルフィア居るから分かんない」


「そうか、一応警戒しておけ」




その後、私たちは残りの村に居た死体達から蛆を取り除き、パーンの死体と共に火葬してやることにした。パーンは神だから、私たちと同じ方法で弔って良いのか分からなかったが、アレーティア曰く「信仰を失った神性の無い神は人間と同じ」らしいので、大丈夫と思うことにした。


火葬を始める頃には、日はすっかり落ちていた。


燃える死体を囲むように、私たち三人は座っていた。

誰も、口を開かなかった。


腐肉が焦げ、骨だけになっていくパーンを立ち上る火柱越しに見ていると、つい目頭が熱くなってしまう。パーンがどんな神だったのかは知らない、もしかしたら他のヘラスの神々のように、性格の悪い神だったかもしれない。


ただやはり、昔は信仰されていたと言うのも事実なわけで。それが今や人間に殺され、死体を弄ばれるまでに……そう思うと、解けない糸の塊のような、自分でも何なのか分からない感情に包まれる。


「〜♪」


気づけば、歌っていた。

挽歌というやつだ。

棺も神官も、墓もない……歌だけ。それでも、弔いをしたくなったのだ。


「悼むか、神の死を」


「ええ。傲慢かしら」


「さあな。お前の美点だとは思うが」


「……そう。カルキノスは?」


「お前が歌ってる間に寝た」


「マイペースすぎてムカつく気にもならないわね……」


アレーティアは、自分の羽織っていた毛皮のマントを私にかけた。そのまま隣に座って、遺体を包む炎を眺めている。


「ねえ、アレーティア」


「どうした?」


「成り行きでここまでついてきてもらっちゃったけど。良かったの?」


「気にするな。どうせ私には行く宛も無かった」

「それに、オルフィア(お前)の事は気に入っている」


「だから気にせず、お前は私を頼れ。私も、必要な時はお前を頼る」


「……必要な時ってある?大体が貴女の力なら解決できるでしょ」


「それこそ、神をも悼むお前の優しさが必要な時だ」


「ふーん……そう」


「じゃあ、そろそろ寝ろ。見張なら私がやる」


そう言って立ちあがろうとするアレーティアの手を、思わず掴んだ。アレーティアは大人だ。私だってそりゃ年齢で言ったら大人だが、自分の内面に幼いところがあるのは自覚していた。自覚していたが……こうも子供(さみしがり)だったとは。


「……おい、何故掴む」


「あっいや……ごめんなさい」


「別に謝れとは言ってない。どうした?」


「わ、分からないわ」


そうは言いつつも、私はよく分かっていた。

認めよう。私はアレーティアが居ないと不安なのだ。十三星宮だって完全に信用したわけじゃないし、いつどこから蛆の能力を持つ継承者が襲ってくるかも分からない。


そんな状況で、頼れるのはアレーティアだけだ。

彼女の言葉には、妙な濁りがない。嘘や後ろめたさを抱えた人間特有の、あの躊躇いが。


だから、少なくとも私にとって、一番信用できるのはアレーティアだ。

そんなことを素直に口にできれば、どれだけ楽だっただろう。

だが、変に残った意地が、それを許さない。


「…………」

「はあ。地面は硬いだろう?」


「え?」


「私の肩を使え、地面を枕にするよりはマシだ」


そう言い、アレーティアはまた私の隣に座り直した。

……気づいていたんだろうか。なんて考えながら、私は自身の頭を彼女の肩に預けていた。


そのままゆっくりと瞼を下ろし、眠りに落ちる寸前。

夜の闇の向こうで、何かの羽音だけが響いた。

次回は今週木曜に投稿予定です。

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