静かな山村
山に入ってから数分が経った頃だった。
先頭にカルキノス、殿にアレーティア、その間に私という並びで進んでいっていた。
「ねえアレーティア。この森……静かすぎないかしら?」
「丁度、私もそう思っていた」
「動物の鳴き声どころか、風が木を揺らす音すらしないわ」
植生を見るに、小鳥やらイノシシやらが多く住んでいたって不思議ではない。だと言うのに、この山にはイノシシどころか小鳥一匹だって居ないというのだろうか。
そんなことはあり得ない。ヤマトの国には多種多様な野生動物が住んでいると聞いている。山という数多な生物の棲家である場所に、動物が一匹も居ないなんてどう考えても異常だった。
恐らく、その場にいる全員が同じことを考えていた。
……神の影響だ、と。
理由は分からないが、この山に潜んでいる神の存在が原因で、動物が住めなくなっているんだろう。
「もう少し登ったら、一旦降りましょうか……」
「そうだな」「賛成〜」
おそらく今日1日じゃ、何も収穫は得られない。明日は山以外のところから操る動物を調達したほうが良い。なんて事を考えていた矢先だった。
「ねえ、あれ……」
カルキノスが何かを発見したようで、動きを止めた。何があったのかと、音を立てないように背後から覗き込む。そこには、どうやら村があるようだった。植物を束ねて葺いた屋根と、木でできた柱で支えられた家があちこちにある。
そこまでは良かった。問題は、その村の前にある「看板」だった。
「……また、読めないわね」
「ヤマトには文字の書き方が三つあるって言うらしいから、これも多分その一つなんだろうけど」
カルキノスはレグルスから貰ったヤマトの常識などが書かれている冊子を入念に眺めては、うんうんと首を捻っていた。どうやらこの異常な状況から目を逸らし、文字の解読に没頭して気を紛らわすことにしたらしい。
「どうする。予定通り下山するか?」
アレーティアは冷静だった。正直私も、この村に関わるのは危険だと、そんな気がしていた。人攫いが多発している山の中で平然と生活しているなんて異常だ。いや、もしかしたら山の動物と同じようにすでに退散した後なのかもしれない。
「……一応、人がいるかだけ確認して降りましょう」
「レグルスは神の対処だけ命じていたが」
「神に攫われた人間は、基本的にまともじゃいられない」
「ここに人が居るなら、可能な限りは救いたいの」
「……わかった。なら急いで民家の中を見るぞ、じきに日が暮れ始める」
「ありがとう」
「気にするな」
「おいカルキノス、解読は後回しだ」
「え?」
アレーティアは私とカルキノスを抱え、そのまま一番近い民家の入り口まで走って行く。民家にドアは立て付けられておらず、中には灯りも灯っていなかった。しかし──
「うっ……」
「ひどい匂いだな」
中には強烈な臭気が漂っていた。腐肉のような、鉄臭さの混じった匂い。とても、人など住んで居ないと思えるほどの悪臭だった。
しかし、よく目を凝らせば、薄暗い家屋の居間に何か座っているのが見える。ぼんやりと浮かぶ輪郭で、ようやくそれが人の形をしていることに気付いた。継承者……ではないようだが、油断はできない。
「あのー……」
中にいるであろう人に声をかけた、その瞬間だった。
「……下がって」
カルキノスの声色が変わった。
直後、暗がりの中から何かが飛び出す。
「危ない!」
アレーティアの腕から飛び出たカルキノスが、飛び出してきた何かを強く蹴り飛ばした。アレーティアは私を降ろし、即座に臨戦態勢を取る。今のが何らかの攻撃で、それが奥にいる人間?からのものであると分かっていた。しかしそれ以上に、思考を混乱させる要素が多すぎた。
「なんで攻撃してきたの?!」
「知らん!というか人間なのかアレは!!」
戸惑っているのは、カルキノスもアレーティアも同様だった。
幸い、私は困惑しながらも、今何をすべきかを分かっていた。
「分からないけど!とりあえず制圧して!」
「「了解!」」
暗がりから姿をはっきりと現したそれは、やはり人間だった。纏っているのはヤマトの服だろうか、この村の住民だったとわかる。その目は虚で、左の目と右の目がそれぞれあらぬ方向へと向いている。小刻みに震えていて、足取りも不安定だ。
……やはり、死んでいるのか。
何かで操られていると考えた方が自然だ。操っているのが目的の「神」なのかどうか定かではないが、ひとまず、死んでいるのなら私がどうにかできるはずだ。
『屍肉よ、動きを止めなさい』
竪琴を弾いて、しっかりと音を聴かせた。死体は自我が希薄だから、私の能力の対象になると思ってはいたが、うまくいったようだ。とはいえ、洗脳が解けたようなら、すぐに火葬やらをしてあげるべきだろう。
「さ、これで何とか……って」
「おい!全然動いてるぞ!!」
「嘘……どうなってるの?!」
予想に反し、目の前の死体は変わらずアレーティアとカルキノスに向かって攻撃を繰り出している。その攻撃が二人に致命傷を与えることはないが、無傷で鎮圧ってわけにもいかなさそうだ。
「仕方ない、一旦抑えるぞ!」
アレーティアが死体の背後に回り込み、暴れる死体に組み付く。
死体は尚もビクビクと暴れている。一応私の能力もまだ適応中なんだけど……どうやって動いてるんだろうか。私の能力はあくまで精神的な支配に近いから、物理的に体の支配権を握られていると操れない。この死体も、何か物理的な方法で操られているのか?
「ごめん、ちょっと調べるから……そのまま抑えてて?」
「分かった……できるだけ急げよ」
「勿論」
とりあえず、体の支配権を握っているとしたら……脳みそに細工してある可能性が高いだろう。筋肉……と言う線もあるにはあるが、それらに命令を出しているのも結局は脳だ。
と、その前に念の為死んでいるかどうか確認しなければ。そう思い、灯りを眼球に当てた時だった。
「え?」
白い何かが、眼球を押しのけ地面に落ちた。続けざまに、耳の穴から、鼻の中から、その白い何かがいくつも出てくる。それらはうねうねと蠢き、必死にどこかへ向かおうとしているように這い始めた。目や鼻、耳から出てきたと言うことは……この白いのが犯人で間違い無いだろう。
「アレーティア、離れた方が良いわ」
「何だと?」
「これ……蛆よ」
「うじ?とは何だ」
パッと死体を離したアレーティアが疑問符を浮かべる。死体はもう、ぴくりとも動かなかった。
しかしなんとも、趣味の悪い話だ。
「蛆……ハエの幼虫よ。腐肉を食べて育つの」
「それがなんで人の中に?」
「これが脳に居ることで脳を操っていたんじゃないかしら。仕組みは知らないけれどね」
「うげぇ……気色悪いね」
「それで、この後はどうする。この死体は恐らく村のあちこちに居るんじゃないか」
そう。このまま村の中を進んでいくのは正直危険すぎる。日が沈み始めている中、山から降りずにここに居続けるのは。死体も、まあアレーティア達の敵ではないが、どこからいつ襲いかかってくるのか分からない。確実に神経が摩耗してしまう。
「そうね、一度下山しましょう」と、言いかけた時だった。
──ぐしゃ。ぐしゃ。
湿った何かが、地面を踏み締める音が鳴る。
『オヤ?オヤ??』
『オマエたち……まだ、生きてるノ?』
何か大きなものが、家の外から覗いている。
『クサイ、ニオイがすルネ』
『パニック、スキかい?』
誰もが死体と蛆虫に夢中で、気が付いていなかった。
「継承者」でも「人間」でもない、その気配に。
私たちの背後には、紛れもない「神」が立っていた。
初めて挿絵というものを使ってみた。




