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アルゴナウタイ  作者: 雨車誄
第一章:ロムニア王国

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3/10

ロムニアの夜

「……で、貴女の話って?」


森を抜け、崖から十分に距離を取った頃。私はようやく足を止めて口を開いた。アレーティアは不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わず着いて来た。


「先刻も言ったが、私の力は継承者の力として分散されている」


 継承者の力は、神々から直接授けられる。力を誰かに授けられるのなら、回収あるいは移すことも可能だとは考えていたけれど。しかしアレーティアは自身を「継承者ではない」と言った。


「その継承者たちが周りに被害を出してるって話でしょ、それが私とどう関係あるって言うの?そもそも、継承者は非継承者を傷つけられないのに、どう暴れるのよ」


「ハッ、あんな規則、いくらでも抜け穴がある。継承者自身が手を下さねば良いのだからな。投石だって、石が傷つけたと言い張れば問題ない」


規則の抜け道。その可能性を考えた事が無かったわけじゃないが、実際にあると断言されると動揺が隠せない。その抜け穴が容易に発見できるものであれば、非継承者の被害は私が見えていないだけで、想像以上に多いのかもしれない。


「それで、ここからが本題だが。私の力を使って暴れている継承者共を、止めに行く気はないか?」


「どうして私が」


「人死には嫌いだろう?」


返す言葉もなかった。アレーティアがどうであれ、彼女の力を使って民衆に被害を出している連中が居る。それを知ってしまった以上、私に断ることなど、到底できなかった。ましてやそれを神が黙認している状況にも、我慢ならなかった。


「分かったわ。貴女の分身?を止めるのに協力する。その為にも、いろいろ教えて頂戴」


「そう来なくては」


アレーティアは、様々なことを話してくれた。

まず、彼女の力は四つの星座として分割され、継承者に渡されていること。それらの大まかな居場所は把握していること。そしてその一つが、ここから近い国にあると言うことだった。


「でも、四つってどう言うこと?星座の力は要するに神の力よ。それを貴女本来の力から四つもだなんて、俄かには信じがたいのだけれど」


「それほど、私の力が強大なだけだ」


「そんなことって……もし本当なら、貴女人間じゃないわ」


「そうだな」


「そうだなって……」


アレーティア自身に、私は興味が出始めていた。彼女の力を持った継承者が悪事を働いていることも確かに気掛かりではあったが、それ以上に、目の前にいる得体の知れない何かの尾を掴みたい気持ちに駆られていた。しかし、アレーティアは何か探られたくない事情でもあるのだろうか、彼女の言葉は微かに鈍った。


その僅かな人間味が、私の探究心を思いとどまらせた。


「余計な話をする気はない。疾く隣国へと移るぞ」


「分かったわ」


情報の共有を終え、再び歩き出した時。アレーティアは不意に私の体を持ち上げた。そして肩へと跨がせ、そのまま歩き始めた。私とアレーティアには二倍近くの体格差があるからか、彼女の肩越しに見える景色は新鮮そのものだった。だが──


「ちょっと、何これ」


「肩車だ」


「私、子供じゃないんだけど」


流石に稚児扱いには納得いかない。確かに私は平均より背丈が小さいかも知れないが、それでも立派な大人だ。アレーティアがいつから石に封じられていたか知らないが、もしかしたらアレーティアよりも年上の可能性だってある。


「こっちの方が疾い。お前の歩幅に合わせていては、月が満ち欠けを済ませてしまう」


馬鹿を言うな。なんて言いたい気持ちだったが、アレーティアが走り出した途端、私は口を閉じる他なかった。彼女と口論をしていては振り落とされる、そう思うほどの勢いでアレーティアは草原を駆け抜けていった。





「はぁ……はぁ……飛ばし、すぎよ」


あの体勢のまま、アレーティアは小一時間ほど走り続けた。その間私は振り落とされないようひたすらに彼女にしがみついていた。隣国を囲う外壁に辿り着き、降ろされた時、私の足と腕は疲労でワナワナと震えていた。


「だが、着いただろう。しかも日が暮れる前だ、とっとと宿を取って食事処を探すぞ」


「今日は休んでも良くない?」


「馬鹿を言え。せっかくのロムニアだ、今もやっているかは知らんが良い場所を知ってる」


ロムニア。この世界にある国のうちの一つだ。私たちが先程までいた国「ヘラド」の隣国で、国間の兵器の取引で栄えたらしい。様々な人種で構成された多民族国家で、私と同じように肌がココア色の人間も多い。カルキノスに見つかっていなければ、元々ここを目指す予定だったのだ。


「ま、少しは良いかも知れないわね」


「決まりだな」


私たちはドラクマ銀貨4枚で二晩分の宿を借り、城下町に散策へと出た。ロムニアの城下町は夕焼けに照らされ、日干し煉瓦(れんが)の壁がその茜色(あかねいろ)を仄かに反射していた。


「食事処、まだやってた?」


「ああ。店主が代替りしていたがな」


そう告げたアレーティアの表情には、少し(かげ)りが見えた。そうか、彼女の知り合いはもう、この時代には残っていないのだ。この美しいロムニアの景色も、アレーティアにとっては見慣れない、変わり果てた風景なのかもしれない。


「どうする?私も一応、美味しい所知ってるけど」


「……なら、そっちにしてくれ」


カルキノスに見せた冷酷な面が本当のアレーティアなのか、それとも寂しげな表情を見せる今の彼女が本当なのか、私には分からなかった。ただ、目の前で昏い顔をしたアレーティアを放っておけない一心で、この街のあちこちを案内しながら、私のお気に入りの店の前へと向かって行った。


「アルニーニョ」と書かれた看板の下にある扉を開けると、中にはいくつかのテーブルと、それを囲うように丸椅子が置かれていた。店内の客入りを見るに、そこまで混雑していないことが分かる。


「竪琴の嬢ちゃん、久しぶりだね。アンタがお連れさんを連れてくるとは、珍しいね?」


「少し訳あってね。とりあえずプロセッコと……お粥(プルス)と鶏肉の煮込みを一つずつお願い」


「ぷろせっこ?」


「ブドウ酒よ、炭酸、シュワシュワってするやつが入ってるの……うん。ロムニアの酒は飲みやすくて良いわね」


アレーティアは理解しきれていないような表情ではあったが、店に来る前よりは表情が僅かに明るくなっていた。炭酸はアレーティアの居た時代に存在しなかったのかと考えながらも、料理が運ばれてくるまで、これからの動きを話し合うことになった。


「時代は想像以上に進んでいるのだな」


「そうね。貴女が石に封印されてから何年経ったのか知らないけれど、もっと知らないようなものが沢山あると思うわ」


「例えば?」


遺失物(オーパーツ)とか」


「何だそれは」


遺失物。誰が作ったか、いつの時代に作られたかも分からない、現代では再現不可能な技術を宿した道具のことである。それなりに希少ではあるものの定期的に遺跡から出土する為、大抵は兵器としての運用がされており、国間の戦争においての主要な戦力となっている。


少し前は、大砲や火縄銃などの火薬兵器が兵器の主流だった。しかし遺失物にも大砲や火縄銃に似た形状の物が多く存在しており、それらの威力は火薬兵器を上回る上、再装填にかかる時間も短かった。今や、火薬兵器は遺失物兵器の補佐という地位に収まっている。


当然ロムニアでも、軍の使う兵器のほとんどは遺失物だ。

ロムニア近辺では遺失物が多く出土するらしく、大抵国同士の貿易に用いられるか、ロムニア自身の軍事力の強化に繋がるらしい。


「……遺失物のほとんどは兵器なのか?」


「そうね。便利な道具程度のもあるけれど、大抵は人殺しの道具しかないわ」


「この国に居るであろう、私の力の一部なんだが」


「ええ、一体どういう力なの?」


「『兵器』を無から製造する力。名を『りゅうこつ座(カリナ)』と言う」


「……もしかしなくても、よね」


兵器を製造する能力……どう考えても、遺失物との相性は最悪だ。遺失物なんて一つあるだけでも相当厄介な代物だ。国同士の戦争でも、互いに持つ遺失物の数が拮抗しているから争いが成り立つのだ。これからその継承者と対峙するとなれば、遺失物を持っていない私たちが相当不利。下手すれば、戦いにすらならないだろう。例えアレーティアが居ても、だ。


「あい、お待ちどーさん」


運ばれてきた料理に手を付けながら、どうしたもんかと頭を捻る。兵器を作れる相手に手数勝負は愚策だし、アレーティアの膂力で押し切ろうにも、相手に遺失物があれば力負けするだろう。私にも一応、準備すれば遺失物をどうにかできるだろうが──


「やめておけ」


「……何よ」


「その腰に下げているガラスの容器に、何か秘策があるんだろう。中身は知らんが……あまり使いたくなさそうだったからな」


「でも、そうしないと勝てないじゃない」


「案ずるな、私がついている」


そう言い、プロセッコの入った杯を差し出したアレーティアの表情は微かに笑っていた。私も杯を差し出し、杯同士をコツンとぶつける。杯の中で弾ける泡を見つめ、私はふと思う。


この国に、遺失物を生み出す継承者がいるのだとしたら。

どうして、この街の夜はこんなに穏やかでいられるのだろうか。

読んでいただきありがとうございます。

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次話は6月3日更新予定です

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