アレーティア
「私は『アルゴ座』のアレーティア」
「私を目醒めさせたのはお前か?こと座」
石像から現れた女は、「アレーティア」と名乗った。
羊の毛皮のようなものを羽織っていて、右肩にはその羊の頭蓋骨と思われる装飾を身につけていた。腰には装甲がついていて、そこから分厚い革と金属の帯が垂れていた。
まるで戦場からそのまま現れたような姿をしていた。頭部や胸部を守る装甲が何もないのは、そんなもの必要ないとでも言いたげだった。「アレーティア」という名前の戦士にも、「アルゴ座」という星座にも聞き覚えはなかったが、彼女も継承者なのか?
「こと座じゃなくて……オルフィアよ」
「そうか。それでオルフィア、私はどうすれば良い?」
「……手伝ってくれるのね?ありがとう」
「忌々しい封印を解いてくれた恩に報いるだけだ」
「とりあえず、こいつは始末するか?私たちに向ける殺気が鬱陶しい」
アレーティアは尻餅をついて動けなくなっているカルキノスの方へと歩いていき、彼の胸ぐらを掴んで持ち上げた。カルキノスとアレーティアの間には大きな体格差がある。持ち上げられたカルキノスの足はジタバタと暴れていたが、地面にも、どこにも触れることは叶わなかった。
「待って待って!」
そのままカルキノスに向かって殴りかかろうとした彼女を、慌てて制止する。
その隙にカルキノスは彼女の手から逃れ、距離を取った。
「殺さないでほしいの。その……情報とか欲しいから、できれば生け捕りでお願いできない?」
「断る。そんな事を言っていては、早死にするぞ」
アレーティアはゆっくりとカルキノスの方へと近づく。カルキノスが一歩退いた。その次の瞬間には、アレーティアの手刀がカルキノスの首元にめり込んでいた。
カルキノスが地面に倒れる音がした時、私はようやく、アレーティアがカルキノスを気絶させたのだと理解した。カルキノスとアレーティアの間にある差は圧倒的だ。戦いにすらなっていない、ただの一方的な蹂躙だった。
アレーティアは地面に倒れたまま、起き上がることのできないカルキノスに歩み寄り、その頭を踏み砕こうと脚を上げる。嫌な音が鳴る直前、私はアレーティアの体にしがみつき、制止した。
「もう、やめて……死んじゃうわ」
「断る。殺さなければ、殺されるのはお前だ」
それでも、目の前で誰かが死ぬのは見たくない。たとえ敵でも、それが理由で私がどうなろうと、人が死ぬというのは、耐え難い苦痛なのだ。
「情報を聞き出すから、殺さないで」
「情報を聞き出したら?」
「殺しても良いわ」
「ほう」
勿論、本気で殺して良いとは思っていない。カルキノスは仲間に転移能力を持つ継承者が居ると言っていた。だから情報を聞き出している間に、その仲間と一緒に逃げて貰えば良い。人を殺さず、情報だけ入手する。私にとって、これ以上ない理想の結果だ。
「ならとっとと起こせ」
「……分かったわ」
『貴方の仲間とやらについて教えて』
カルキノスをしっかりと縛り上げた上で、竪琴を鳴らす。意識がある間は、私の能力で操ることは難しいが、気絶している間、意思が弱っている今なら可能だ。私が竪琴を鳴らした直後、カルキノスは目を開いた。一瞬生きているのかと錯覚しそうになるが、虚な目を見ればすぐに操れていると分かった。
「僕の、仲間は……全部で十三人」
「それって全員が継承者なの?」
「……ああ」
十三人。思わず息を呑んだ。せいぜい三、四人程度だと想像していた。しかしカルキノスの言う事が本当なら、カルキノスも含めて十四人の継承者が、何か共通の目的を持って徒党を組んでいる事になる。
「分からないわ。継承者は本来争い合う関係にあると思うのだけれど」
「貴方達が徒党を組む目的って何?」
「神を……殺す、こと」
操られ意識を失っているはずのカルキノスは、鋭い殺意のこもった声でそう告げた。
神を?殺す?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
そんな夢物語のために、彼らは協力しているのか?神というのは絶対的だ。腕を軽く振るだけで国を一つ滅ぼせるような絶大な力を持っている。継承者とはいえ、たかが人間が十数人集まったところで太刀打ちできる相手じゃない。
「面白い」
後ろに立っていたアレーティアが、低く笑った。
私だって、私を継承者に選んだ神に多少なりとも思うところはある。しかし、逆らったり、ましてや殺そうなんて思いつくわけがない。
「おい、オルフィア」
「?」
「こいつらの仲間になろう。私も、神殺しに興味がある」
「冗談言わないで。どう考えても泥舟よ」
「私が居れば沈まぬ軍船だ」
あながち妄言、と言うわけでもないのだろう。彼女が戦ったのはほんの一瞬だったが、その力量が桁外れなものであることは理解できた。だが、それでも神を殺せるとはとても思えなかった。
その時、カルキノスの体が大きく震え始めた。
私の能力と本人の意識が体の中で主導権を奪い合っているのだ。こうなると、もう長くは保たない。アレーティアがこの異常に気づく前に、彼をここから逃さなければ。
「早く逃げなさい、殺されるわよ」
竪琴を再び弾くフリをして、カルキノスの耳元に囁く。私の言葉を聞いたカルキノスは、即座に甲高い口笛を鳴らした。直後に、カルキノスの体は素早く地面に沈んでいく。
「何……?」
アレーティアは異変に気づいた途端、即座にカルキノスの首に蹴りを入れようとしたが、それよりも早く、カルキノスの体は地面に沈み、彼を縛っていた縄だけがその場に残されていた。
「……おい」
「何故、彼奴を逃した?」
「……何のこと?」
「とぼけるな。お前が奴に何を囁いたか、私の耳が聞き逃すと思ったか?」
想定外。アレーティアは五感まで優れているのか。カルキノスを逃す事はひとまず成功したが、これじゃ私がアレーティアに殺されてしまいそうだ。今だって、彼女が気にいる返答ができなければ、首が飛びそうな雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「貴女、一応聞くけれど、星海戦争は知ってる?」
「ああ。石の中から人間の話は聞いていたからな。神々の茶番の事だろう」
「しかしそれが、あの小僧を逃した事に何の関係がある?」
言動の節々から、アレーティアは神を毛嫌いしていることがよく分かる。であればここは、下手な言い訳をするよりも、彼女に気に入られることに賭けた方が、丸く収まる可能性が高いんじゃないか?
「神に強制された殺しなんて、御免なの」
「貴女は、神に従って殺しをしたい?」
「ハッ、反吐が出るな」
「ま、貴女がどうするかは任せるけれど。私は変わらずこのままで行くから」
アレーティアを置いて、そのまま崖とは反対方向へと歩いていく。アレーティアを目醒めさせたのは私なのかもしれないが、その後の責任は持ちたくない。というか持てない。今回はアレーティアのおかげで助かったが、カルキノスを逃した以上、いつ追手が来るかも分からない。アレーティアと問答している暇はない。
「おい待て」
「待たない。追手が来る前に逃げなきゃ、貴女も継承者なんでしょ?」
「話を聞け」
「まず私は継承者じゃない」
「は?」
「厳密には、私の力の一部が継承者の能力として散らばっている」
「それが何だって言うのよ」
「どうやら、その継承者達は好き放題暴れ回っているらしい。私の力越しに伝わってくる」
嘘、ではないらしい。隠し事や後ろめたさを抱える人間特有の声の震えが無い。しかし一体どう言う事だろうか。継承者は非継承者を傷つけることができない決まりのはずだ、その継承者達が特別なのか?何にしろ詳しい話を聞きたいが、ここで悠長に話している場合じゃない。
「ひとまずここを離れましょ。話はその後よ」
私はそう言ったが、アレーティアの言葉が頭から離れなかった。
継承者ではない。
なら、彼女は一体何者なんだ。
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次話は6月1日更新予定です。




