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アルゴナウタイ 〜星海に挽歌を唄えば〜  作者: 雨車誄
序章

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1/6

出会いと目醒め

街の噴水広場の縁に腰かけ、私は地面に空き缶を「オボルス銀貨のみ」と書かれた紙と共に置いた。集まってきた人数を確認しながら、愛用の竪琴たてごとの音色を奏で始める。皆幸せそうにウットリとした表情を浮かべ、私の演奏に聴き()っていた。


これが私、こと座(リラ)の継承者であるオルフィアの日常だ。竪琴を演奏して日銭を稼ぎ、しばらくしたら次の街へと移動する。星海戦争(せいかいせんそう)が始まってから、ずっとこの生活を繰り返している。


星海戦争は百年に一度行われる、継承者(けいしょうしゃ)達による生き残りを賭けた殺し合い。継承者達はそれぞれ星座の力を授かっていて、私のこと座もその一つだ。


『オルフィア、今日も美しい音色だね』


側に停まった小鳥が一羽、私に話しかけてくる。これが「こと座」の力だ。琴の音色を聞かせた対象に、意思や言語を持たせる事が出来る。それと、多少のお願いなら聞いてくれるようになるのだ。はっきり言って、あまり使えない能力だと思う。操れる対象にも制限もある。


「来てくれてありがと。でも今日はもう行かなくちゃいけないの。それにこの街にも、もう戻って来ない」


「本当かい。しかしどうして?いつも一日中演奏して、投げ銭をもらっているじゃないか」


「今日は事情が違うの。どうも他の継承者の気配がするから、早いところ此処を離れたくって」


八十八人しかいない継承者たちが、自身の標的を見失わぬよう、継承者には他の継承者を感知する力が備わっている。


「オルフィアは戦わないのかい?」


「バカ言わないで、こと座の私にどうしろって言うの?」


竪琴と荷物を持って立ち上がる。地面に置いておいた缶を拾うと、中にはオボルス銀貨がびっしり詰まっていた。大体20ドラクマ銀貨くらいになるだろうか。これだけあれば、当分飢えに苦しむことはなさそうだ。


五年前、こと座の力を授かった時、正直言って心の中は絶望一色だった。継承者に選ばれることは名誉とされているが、弱き星座に選ばれた者にとっては死刑宣告と同義だ。当然、こと座は弱い星座側である。つまり私は今日から戦争が終わるまで、延々と命を狙われる立場になる。しかも、こちらに抗う術はない。


だが、今はもう吹っ切れた。真っ向から抗えないのなら、避ければ良い。演奏で路銀を稼いで、こと座の力で小動物や木々に索敵をさせ、危険が迫れば逃げる、逃げた先でまた路銀を稼ぐ。これを繰り返して私は生き延びるのだ。そう、生き残るではなく《《生き延びる》》。結局は、死んでしまう運命にある。


でもそれで良いのだ。これはこんな戦いに強制的に巻き込まれて、使えない力を押し付けられた私の、ささやかな抵抗だ。どう足掻いたって、こと座の力を授けられた時点で死ぬ運命にある。それなら長生きできただけ儲け物だろう。


……っと。早く離れないと。

実は、私には異人の血が混じっている。そのせいで髪は白いし、肌の色は他より暗い。目も猫のように黄色い。いやでも目立ってしまう。人混みに紛れることも難しい。


路銀が稼ぎ終わったなら、早急にここを離れるべきだろう。


歩き始めてしばらく経つと、地面はタイルから硬い土に変わり、周囲は木々に囲まれていた。木の葉の隙間から、小鳥が何羽か飛んでいるのが見える。そろそろ、こと座の力を使って索敵をするべきだろう。そう思い、脇に抱えていた竪琴を取り出し弦に指をかけた時だった。


「ちょっと、待ちなよ」


声のした方へと振り向く。そこには、少年が立っていた。年は私と同じくらいに見える。深い青をした髪を、後頭部で二つの団子に(ゆわ)いている。そして……継承者だ。先ほどまで気配は無かったのに、いきなり背後に現れた。おそらく、そういう星座の能力なんだろう。どう言う類のものかは、分からないが。


「君が報告にあった『こと座』ちゃんなのかな?」


「さあ?」


「隠しても無駄だよ。継承者同士は分かるんだから」


「はあ……そりゃそうよね」


少年は肩を回しながら、こちらにゆっくりと歩いてきた。特別恵まれた体格ではない。威圧感もない。

それでも、その目に宿る闘志だけは、本物だった。


……能力を使う余裕はあるな。


『木々よ、私をあの子から引き離して』


竪琴を弾いて、周囲の木々に命令を飛ばす。木々の枝がうねりながら、私の体を遠くへと運んでいく。少年との距離はどんどん離れていくが、彼に依然として急ぐ様子は無い。なんなら、立ち止まってこちらを観察している。


見逃してくれるなら、それはそれでありがたいんだけど。

あの子、私のことを「報告にあった」って言ってたな。五年も戦ってきたけど、複数で動く継承者なんて見たことがない。継承者でない者が継承者を害することも、その逆も禁じられているからだ。できるとしても、軽い補佐ぐらいだろう。


「っと。考えるのは後になりそうね」


あの少年の気配が、すぐ近くまで迫っているのが分かる。どういうカラクリかは知らないが、瞬間移動に近い能力を持っているらしい。背後から飛びかかってきた少年を、間一髪のところで躱わす。この間合いじゃ、竪琴を弾く隙も与えてくれなさそうだ。


「貴方、何の継承者なの?」


「教えるわけないでしょ」


ま、わかったところで殺す気はないのだけれど。逃げてもすぐに追い付かれるんじゃ意味がない。かくなる上は……


「無力化するしかないわね。貴方、名前は?」


「カルキノス。どうせ殺すし教えてあげるよ」


「そう。私はオルフィアよ」


カルキノス。そう名乗った少年との間に、張り詰めた空気が漂う。相手がどう動くか、互いに様子を伺っている。相手の緊張が伝わってくる。戦い慣れしていないのだろう。五年も戦争が続いているとは言え、この広い世界に八十八人しかいない継承者とそう何度も戦う機会はない。かく言う私も、そこまで多い訳じゃないのだけれど。


『木々よ、あの子を縛って』


一度命令を下した対象には、私が効果範囲よりも外に出なければ、竪琴を聴かせずとも命令を送り出せる。私の言葉を聞いてカルキノスは動き出したが、すでに遅かったようだ。木の枝に手足を縛られ、身動きの取れないまま、私を睨みつけている。


「ごめんね、生憎私は争いが好きじゃないの」


「……継承者である限り、争いからは逃れられないよ。僕をここで殺さなかったら、報告を受けた僕の仲間が君を追う」


「それでも。私は誰かが死ぬのは嫌なの」


「……それは臆病なだけだろう?君は自分の手を汚したくないだけで、それに高尚な理由をつけて正当化しようとしている」


「貴方、初対面なのにズケズケ言うのね」


これ以上の会話は無駄だろう。と言うより、カルキノスに自分の心を丸裸にされるより早く、この場から離れたかった。……早く逃げよう。逃げて、また同じように生き延びるんだ。


『木々よ、私を森の外に運んで』


竪琴を弾いて、命令を飛ばした。

その筈だった。


背後に潮風を感じる。目の前には、木々が並んでいる。ここは崖だ。どう考えても、これはこと座の力じゃない。一番可能性が高いのは──


「悪いね」


「……カルキノス」


……見誤った。てっきり、転移能力の対象は自分だけだと思っていたんだけど。それに、私の能力と違って予備動作なしでも発動できるなんて。やはり星海戦争は、かなり不公平だ。


「言っておくけど、この能力は僕のじゃないよ。仲間の継承者のだ」


そうか、継承者同士で……。この戦争の性質上、考えもしなかった。色々疑問は浮かんできたが、どうやらここが今際の際らしい。


「殺すなら、一瞬で楽にして欲しいんだけど」


「ごめん、僕の能力じゃそれは無理だ」


こちらに向かって歩みを進めるカルキノス。彼の余裕綽々な表情とは対照的に、私の顔には焦りが浮かんでいた。彼が足を一歩踏み出すたびに、私はジリジリと後退し、崖際に追い詰められていく。そしてこのまま、崖から落ちて、このくだらない生にくだらないオチをつけるのだろう。ま、こんな世界で五年も生き残っただけ、マシとしよう。


そう、思っていた。


「痛っ」


背後にあった、硬いものに体がぶつかった。動揺からよく見えていなかったようだ。振り返ればそれは石像のようだった。女戦士の石像で、その大きさは私の背丈の倍近くあった。


まだ、私は終わっちゃいないのかもしれない。


『石像よ、私を守って!』


緊張で震える手が弦を弾く。私の言葉が、背後の石像に流れ込んでいくのが分かる。


ビシッ。

背後から、何かに亀裂の入る音がした。

まさか、石像が動かした衝撃で壊れたのか。慌てて振り向こうとしたが、走ってきたカルキノスに首を掴まれてしまう。万力のような力に首が絞まる。


「がっ……!」


「石像に何かしたみたいだけど、無駄だったみたいだね」


 ビシッ。


音がした。


背後で、何かが割れる音。


一度だけじゃない。

ビシ、ビシ、と。

細かく、確実に、何かが壊れていく。


「……何、それ」


カルキノスの声が、少しだけ低くなる。物々しい雰囲気に、カルキノスは首から手を離して後退りをした。


 ビシッ。


今度は、はっきりと聞こえた。亀裂が走る音。 ゆっくりと振り返る。

石像だったものに、亀裂が走っていくのが見えた。それは石像が砕け散る予兆には見えなかった。まるで何かが、内側から這い出てくるような。


 パキン。


石の欠片が落ち、地面から乾いた音が鳴る。



割れた石。その下にあったのは、人間の肌だった。

その場にいる全員が、その光景に釘付けになっていた。石像という殻から現れる『彼女』が一体何なのか、恐れから、動くことができなかった。

 

パキ、パキ、と音を立てて、石が崩れていく。ヒナが孵化するかのように。腕が、現れる。人のものとは思えないほど太い腕が、石を割りながら外に出る。


やがて現れた全身からは、体に穴が開きそうなほどの威圧感が放たれていた。私のような弱者でも分かるほどの圧倒的なオーラ。鍛錬の結晶のような肉体。


石像だった彼女が、台座から降りる。たった二歩、歩いただけだった。

それだけで、大きく地面が鳴る。


「お前か?私を起こしたのは」

「……あな、たは?」

緊張で乾き切った唇を、震えながら開いた。我ながら、何とも間抜けな声だった。


「私は『アルゴ座』のアレーティア。私を目醒めさせたのはお前か?こと座」


その時、私の逃げ続けるだけの日々は終わりを告げた。

どうやらとんでもないものを、私は目醒めさせてしまったらしい。

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