第3章:深紅と白
閃光が走る。
純白の奔流が空間を切り裂き、
ウィンターへと直撃した。
「――ッ!」
轟音。
圧縮された生命エネルギーが炸裂する。
彼の右腕を包んでいた血の防壁は一瞬で蒸発した。
皮膚が消える。
筋肉が焼ける。
骨が露出する。
白く輝く光は容赦なく肉体を削り取り、
血すら残さず消滅させていった。
ウィンターの身体が大きく揺れる。
初めてだった。
痛みを感じたのは。
その瞳にわずかな驚愕が宿る。
彼は視線を落とした。
そこにあったのは。
もはや腕とは呼べないものだった。
炭化した骨。
焼け焦げた組織。
かろうじて形を保つ残骸。
予想を超える威力。
だが――
ウィンターは動揺しなかった。
ユイは荒い呼吸を繰り返しながら彼を見つめる。
効いた。
確かに効いた。
そう思った。
だが。
ウィンターの瞳は変わらない。
冷静。
冷徹。
まるで何も起きていないかのように。
ゆっくりと。
彼は焼け残った右腕を持ち上げた。
そして静かに告げる。
「――《ブラッドリカバリー》」
その瞬間。
空を覆う血雲が脈動した。
無数の血滴が一斉に動き出す。
赤い流体は生き物のように腕へ集まり、
骨へ絡みつく。
肉を作る。
血管を繋ぐ。
神経を伸ばす。
皮膚を再生する。
失われたはずの右腕が、
目の前で復元されていく。
完全に。
一切の欠損もなく。
まるで最初から傷など存在しなかったかのように。
「そんな……」
ユイの顔から血の気が引いた。
傷付けた。
だが倒せない。
ウィンターの血魔法は破壊だけではない。
再生。
復元。
循環。
死と再生を繰り返す永久機関。
それが彼の本質だった。
ウィンターは新たな右手を軽く握る。
指を曲げる。
開く。
問題ない。
完全だ。
「なるほど。」
彼は静かに呟く。
「再生を強要されるとはな。」
わずかに口元が動く。
「見事だ。」
そして。
冷たく言い放った。
「だが無意味だ。」
戦場に沈黙が落ちる。
ウィンターは思考する。
正面からでは勝てない。
少なくとも。
今のままでは。
あの光に血流は通用しない。
ならば。
戦い方を変えるだけだ。
「――《ブラッドボディ》」
低い詠唱が響く。
血雲が震えた。
さらに濃く。
さらに重く。
そして。
無数の血流が降下する。
蛇のように。
鎖のように。
ウィンターの身体へ巻き付いていく。
胸。
腕。
脚。
首。
全身を覆い尽くす。
血液は次第に硬質化し、
金属にも似た光沢を放ち始めた。
やがて形成される。
一つの鎧。
一つの異形。
それは防具であり。
武器であり。
生命そのものを取り込む呪いだった。
血の鎧が完成する。
漆黒に近い深紅。
脈打つ魔力。
生きているかのような装甲。
一歩踏み出すたびに、
鎧の表面が波打った。
ユイは息を呑む。
理解した。
彼は適応したのだ。
より強く。
より危険な形へ。
(まるで……)
その姿を見た瞬間。
言葉が浮かぶ。
亡霊ではない。
怪物でもない。
違う。
もっと恐ろしい。
もっと本質的な何か。
(血魔……)
そして。
(――《ブラッドデーモン》)
背筋を冷たいものが走った。
人を超えた存在。
死を喰らい。
血を糧とし。
戦場そのものを支配する魔性。
それが今のウィンターだった。
だが。
ユイは下がらない。
膝は震えている。
呼吸も苦しい。
それでも目を逸らさない。
彼女にはまだ残っている。
希望が。
生命が。
ユールスが。
ウィンターが死を利用するなら。
自分は生を利用する。
彼女は静かに目を閉じた。
そして唱える。
「――《マナ・インフュージョン》」
世界が輝いた。
温かな光が溢れ出す。
ユールスが渦を巻く。
朝日にも似た黄金色の粒子が身体を包み込み始めた。
それは血ではない。
死ではない。
純粋な生命。
希望。
未来。
失われた者たちの願い。
光は彼女へ集まる。
肌へ張り付く。
形を作る。
鎧となる。
やがて。
純白の装甲が完成した。
神々しい輝き。
星屑のような粒子。
柔らかな光。
だがその内側には、
計り知れない力が眠っている。
ユイは目を開いた。
瞳までも光に染まっていた。
「――《ピュアエナジースーツ》」
光が脈動する。
生命が歌う。
その姿は。
まるで奇跡そのものだった。
血魔が立つ。
光の戦士が立つ。
死と生。
破壊と創造。
二つの極が向かい合う。
そして。
その光景を見た瞬間。
ウィンターの背筋に冷たいものが走った。
久しく忘れていた感覚。
恐怖。
(天使……?)
違う。
違う。
そんなものではない。
もっと高位の存在。
もっと根源的な力。
生命そのものを体現したような存在。
彼の思考が止まる。
そして。
一つの答えへ辿り着いた。
(神だ)
血魔である自分の前に立つのは。
ただの人間ではない。
ただの英雄でもない。
生命の化身。
純粋なる創造の象徴。
(――《ピュアゴッド》)
その名が脳裏に響く。
ウィンターは理解した。
自らが纏う血の鎧も。
積み上げてきた力も。
眼前に立つその光の前では、
あまりにも矮小であることを。
そして初めて。
血魔は恐怖を知った。




