第2章:白い希望
「……方法は、一つしかない。」
ユイは震える声で呟いた。
握り締めた剣に力が入る。
だが分かっている。
剣だけでは、ウィンターには届かない。
仲間たちは次々と倒れていく。
命が失われるたびに、
あの忌まわしい嵐は勢いを増していた。
戦場の中心。
ウィンターは静かに立っている。
その瞳に感情はない。
死者たちの血が空へ昇り、
巨大な血雲となって世界を覆う。
そして再び血の雨が降る。
死を撒き散らしながら。
その力は底知れなかった。
まるで死そのものを支配しているかのように。
――違う。
ユイは気付いていた。
ウィンターが操っているのは血だけではない。
生命そのものだ。
死者たちに残された生命力を吸い上げ、
己の力へと変えている。
その事実に辿り着いた瞬間。
胸の奥で何かが灯った。
消えかけていた希望。
それが小さく揺らめく。
(血を操れるなら……)
(私は生命力を操えばいい)
心臓が強く脈打つ。
ユールス。
あらゆる生命の内側に存在する根源エネルギー。
世界の魔力と繋がる魂の流れ。
ウィンターは血を媒介にしてそれを引き出している。
ならば。
逆をやればいい。
死者に残されたユールスを集め、
浄化し、
純粋な力へ変える。
そうすれば。
彼の血魔法に対抗できるかもしれない。
常識外れの発想だった。
狂気と紙一重の賭けだった。
だが。
もう他に道はない。
ユイは目を閉じた。
深く息を吸う。
意識を広げる。
感じる。
空気の中に残る生命の残滓を。
倒れた仲間たちの身体に残る微かな光を。
まだ完全には消えていない魂の温もりを。
まるで消えかけた焚き火の火種のように。
弱々しく。
けれど確かに存在していた。
ウィンターは気付いていない。
血雲の制御に集中している。
今しかない。
ユイは倒れた仲間へ手を伸ばした。
そして意識を重ねる。
ユールスの流れが見える。
死者の中に残る生命の欠片。
瀕死の兵士たちから零れ落ちる光。
胸が痛んだ。
彼らの力を借りることへの罪悪感。
それでも。
立ち止まれない。
「……ごめん。」
小さく謝罪する。
そして。
ユールスを引き寄せた。
戦場の空気が震える。
光が集まる。
生命力が彼女の身体へ流れ込んでくる。
熱い。
けれど優しい。
死とも血とも違う。
純粋な生命の輝き。
その力は彼女の周囲を巡り、
光の渦となって収束していく。
やがて。
ウィンターが血雲を創り上げるように。
ユイの頭上にも雲が生まれた。
純白の光雲。
柔らかく輝く生命の集合体。
死の象徴である血雲とは正反対の存在。
鼓動に合わせて脈打ち。
呼吸に合わせて膨れ上がる。
ユイはさらにユールスを集め続けた。
死者から。
負傷者から。
無数の生命を一つへ編み上げる。
膝が震える。
意識が揺らぐ。
力が大きすぎる。
それでも彼女は耐えた。
絶対に離さない。
その時。
ウィンターの視線が向いた。
冷たい瞳。
計算するような眼差し。
空気の変化に気付いたのだ。
ユイは目を開く。
二人の視線が交差する。
「これで終わり。」
静かな声だった。
だが迷いはない。
頭上の光雲が脈動する。
その瞬間。
ウィンターの表情が僅かに変わった。
ほんのわずか。
確かに。
戸惑いが浮かぶ。
ユイは叫んだ。
そして手を突き出す。
轟音。
眩い閃光。
純白の奔流が放たれる。
仲間たちのユールスを束ねた一撃。
生命そのものを撃ち出したような光の砲撃。
身体が悲鳴を上げる。
それでも止まらない。
止められない。
光は一直線にウィンターへ向かった。
ウィンターの目が細まる。
危険を察知したのだ。
即座に右手を掲げる。
「――《ブラッドストリーム》」
低い声が響いた。
血雲が震える。
無数の血滴が一つへ集まり始める。
やがて巨大な血流となった。
蛇のようにうねりながら。
猛獣の牙のように。
ユイの光へ襲い掛かる。
二つの力が衝突した。
次の瞬間。
異変が起きる。
血が消えた。
触れた瞬間。
蒸発した。
純白の光に触れた血液は、
一滴残らず霧散していく。
蒸気となり。
消滅していく。
ウィンターの瞳が見開かれた。
信じられないものを見るように。
血流は崩壊していく。
削られていく。
押し負けていく。
それでも光は止まらない。
勢いを失わない。
むしろ。
血を飲み込みながらさらに加速していく。
決着は一瞬だった。
ウィンターは悟る。
遅すぎた。
防げない。
回避するしかない。
彼は咄嗟に身体を捻る。
だが。
間に合わない。
光が空間を切り裂いた。
そして。
逃れようとした彼の脇腹を貫く。
「――ッ!」
焼けるような激痛。
ウィンターの身体が大きく揺れた。
鮮血が舞う。
彼は数歩後退し、
傷口を押さえる。
初めてだった。
戦場に立つ誰もが見た。
絶対だと思われていた男が。
初めて傷付いた瞬間を。




