第1章:赤い雲
かつて平和と繁栄を誇ったアルキヤ王国は、今や史上最大の戦場と化していた。
大地は血と絶望によって赤黒く染まり、
無数の叫び声と断末魔が戦場を埋め尽くす。
穏やかな青空は赤い煙と灰によって塗り潰され、
まるで地上の惨劇を映し出す鏡のように歪んでいた。
足首まで沈むほどの血溜まりが戦場一帯に広がり、
その一つ一つが失われた命の墓標となっている。
腐臭と死臭が風に乗って漂い、
誰も逃れられない地獄の現実を突きつけていた。
「やめて……!」
ユイが叫ぶ。
「もうやめてよッ!!」
その悲痛な叫びは戦場の喧騒を切り裂いた。
彼女の瞳には絶望が宿っている。
辺りを見渡せば、
そこにあるのは死だけだった。
血が雨のように流れ落ち、
まるで世界そのものが泣いているかのようだった。
「何のために……!」
震える声で彼女は問いかける。
「何のためにこんなことをするの!?」
そして。
返ってきた答えはあまりにも冷たかった。
「――《ブラッドレイン》」
ウィンターが呟く。
その瞬間だった。
空が変わる。
空一面が深紅に染まり、
脈打つような赤黒い雲が渦を巻く。
戦場の温度が急激に下がった。
立ち昇る赤い霧。
それは死者たちの記憶。
あるいは怨念。
やがて雲が割れる。
次の瞬間――
血が降った。
豪雨のように。
空から降り注ぐ無数の血滴。
だがそれは落下の途中で形を変える。
鋭利な棘へ。
無数の血の槍へ。
兵士たちの鎧を貫き、
魔術師たちの防御魔法を粉砕しながら、
容赦なく命を刈り取っていく。
詠唱は間に合わない。
悲鳴が響く。
絶叫が木霊する。
血の棘は次々と獲物を貫き、
まるで死者たちの復讐を代行するかのように戦場を蹂躙した。
瞬く間に大地は屍で埋め尽くされる。
「どうして……」
ユイの声が震える。
「どうして……どうしてこんなことに……」
涙が溢れる。
雨と混ざり、
頬を伝い落ちていく。
彼女の胸には後悔だけがあった。
全ての選択。
全ての決断。
その積み重ねが、
今この地獄へ繋がっている気がした。
(人のせい……?)
(王様のせい……?)
(神様のせい……?)
違う。
違う。
違う。
(全部……私のせいだ)
胸が締め付けられる。
(あの時――)
(私があの魔法陣を描かなければ)
(今頃は……)
彼女の脳裏に過去がよぎる。
ベンチに並んで座りながら。
好きな音楽を聴いて。
他愛のない話で笑い合っていた日々。
そんな未来もあったはずなのに。
涙は止まらなかった。
「助けてくれぇぇぇ!!」
若い兵士が叫ぶ。
「逃げろ!!」
歴戦の老兵が怒鳴る。
「全員死ぬぞ!!」
恐怖が連鎖する。
絶望が広がる。
「……勝てない」
ユイは呟く。
その声は小さかった。
剣は力なく垂れ下がり、
希望はとうに砕け散っていた。
息をするだけで苦しい。
秒針が進むたびに恐怖が増していく。
周囲には仲間たちの死体が転がっていた。
誰もが命を燃やして戦った。
それでも。
届かなかった。
そして――
ユイは見てしまう。
死体から流れ出る血を。
黒く濁った血液が、
まるで生き物のように地面を這っていた。
蛇のように。
主の元へ帰るかのように。
「……いや」
ユイは一歩後退る。
脚が震えていた。
「いや……そんな……」
だが。
現実は変わらない。
戦場の中心に立つ男。
ウィンター。
その顔に感情はなかった。
あるのは計算だけ。
冷徹な意思だけ。
無数の血流が彼の元へ集まり、
頭上で巨大な血の雲を形成していく。
空がさらに暗くなる。
死そのものが形を持ったかのようだった。
ユイは理解してしまった。
次に何が起こるのかを。
血の雲が脈動する。
膨れ上がる。
そして再び――
血が降る。
今度はさらに激しく。
さらに鋭く。
血の刃が空を埋め尽くした。
悲鳴が響く。
鎧が裂ける。
肉が貫かれる。
命が消えていく。
ユイは動けなかった。
ただ見ていることしかできなかった。
仲間たちが死んでいく姿を。
「利用してる……」
震える声が漏れる。
「みんなの血を……武器にしてる……」
思考は何度も答えへ辿り着く。
そして何度も絶望する。
戦えば戦うほど。
死ねば死ぬほど。
ウィンターは強くなる。
一人死ぬたびに。
一滴血が流れるたびに。
彼の力は膨れ上がっていく。
この戦場そのものが。
彼のための餌場になっている。
「……勝てない」
再び呟く。
血の嵐に掻き消されそうなほど小さな声で。
胸の奥へ沈んでいく。
耐え難い真実と共に。
ウィンターは止められない。
そして――
彼らが抗えば抗うほど。
彼はさらに強くなるのだから。
※本作は英語から日本語に翻訳したもののため、不自然な表現や誤りがある場合があります。お気づきの点があれば、ご指摘いただけますと幸いです。修正させていただきます。




