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龍は天を仰ぐ  作者: lala
十二社会篇

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葬儀のあと



 事務所の前で、店へ荷を運ぶ台車が音を立てた。八月十二日。開けてある窓から、向かいの店のラジオが聞こえていた。龍司は椅子へ腰を下ろし、喪服から普段の服へ戻った水谷を見ていた。


 昨日は一日、本家にいた。黒塗りの車が並び、知らない組長へ何度も頭を下げた。神楽町へ戻れば、通りにはいつもの店があり、顔を知った人間が歩いていた。それでも、祭壇の前に立っていた國枝の声が、まだ耳に残っていた。


 水谷が灰皿を手元へ寄せた。近くにいた若い衆が顔を向けるのを待ち、事務所を見渡した。


「前にも言うたが、一人で動くなよ」


 龍司は顔を上げた。武藤の死を伝えるテレビを見ながら、同じことを言われていた。昨日、葬儀へ行く時も帰る時も、榊組の人間と一緒だった。


「まだ続くんですか」


「昨日で何か済んだんか」


 龍司は黙った。武藤を送った。それで済んだと言えるものは、ほかに思いつかなかった。


「兵頭と岩城ですか」


「それだけちゃう」


 水谷は煙草の灰を落とした。龍司は昨日、本家の入口で向き合った男たちを思い出した。東堂が滝川の腕を掴み、岩城はその前を通っていった。


「十二社会は一枚岩ちゃう。岩城と同じ考えの組長もおれば、武藤のカシラの話聞いて考え変えた親分もおる」


 相沢も椅子を寄せて聞いていた。水谷は龍司だけに向けて話しているわけではなかったが、龍司から目を離さずに続けた。


「兵頭組かて、親父殺られて頭に血ぃ上がっとる。どこで誰が何するか分からん」


「榊組は関係ないでしょう」


 水谷の手が止まった。龍司は、その目を見た。


「天龍会の看板背負っとる時点で関係あるんや」


 言い返す言葉は出なかった。武藤が殺されたことにも、岩城が疑われていることにも、自分たちは関わっていない。それでも、榊組の上には天真会があり、その上には同じ本家があった。


 自分の知らないところで誰かが動いても、榊組は関係ないと言って通れるとは限らない。水谷は、そのことを言っていた。


「しばらく外出る時は二人以上。車停める場所も毎日変えろ。見たことない車が事務所の前うろついとったら、ナンバー覚えろ」


「はい」


 相沢が返事をした。龍司も頷くと、水谷が少し間を置いた。


「それとな」


 まだあるのかと思い、龍司は顔を上げた。


「何か見つけても、一人で首突っ込むなよ」


「分かってますよ」


「お前の分かってますは信用ならん」


 奥で柴崎が小さく笑った。龍司がそちらを見ると、柴崎は煙草を咥えたまま、顔だけを戻した。


 水谷は笑っていなかった。龍司はそちらへ目を戻し、もう一度返事をした。今度は、それ以上言い返さなかった。


◇◇◇


 兵頭組で、東堂政信は報告に戻った若い衆を前へ座らせていた。机の端には煙草の箱があったが、まだ手をつけていない。横には滝川雄二が座っていた。


「鬼塚組の動きは」


「昨日から変わってません。事務所の出入りも押さえてます」


「誰と会うた」


 若い衆が名前を挙げた。十二社会に属する組もあれば、岩城と以前から付き合いのある組もあった。東堂は口を挟まず、最後まで聞いた。


 その中には、武藤との話し合いを経て、離脱から距離を置き始めていたところもあった。岩城と会ったというだけでは、何を話したのかまでは分からない。葬儀のあとに顔を合わせた者も、普段から行き来している者も、今の報告では同じように名前が並んでいた。


「全部つけろ」


 若い衆が頷いた。東堂は、その顔を見て続けた。


「せやけど手ぇ出すな」


 滝川が顔を上げた。


「カシラ、まだ待つんか」


「待つ言うてへん」


「一緒やろ」


「ちゃう」


 東堂が滝川へ向き直った。若い衆は二人を見ていたが、どちらにも口を挟まなかった。


「岩城が親父殺った証拠はまだない」


「証拠、証拠て……」


 滝川は言い終えず、息を吐いた。昨日は葬儀だから止まった。親父の前で揉めるなと言われれば、腕を振りほどけなかった。だが、一日が過ぎても、出てくる言葉は同じだった。


 岩城は、疑うならいつでも来いと言っている。葬儀にも顔を出し、こちらを見て殺していないと言った。その顔を思い出すと、滝川には、黙って見ている時間が余計に長く感じられた。


「せやから言うとるんや」


 東堂の声が低くなった。


「殺る相手間違えたら、親父に顔向けできんやろ」


 滝川は目を戻した。久世にも、同じことを言われていた。武藤に何と言うのかと問われれば、答えはなかった。


 東堂は滝川を見ていた。納得していないことは分かっていた。だからといって、その怒りを理由に、まだ分からない相手へ行けとは言えなかった。


「見張るんは続けろ。ただし勝手なことすんな。何かあったら全部ワシ通せ」


 若い衆が頭を下げた。東堂は、それを確かめてから机へ目を戻した。


 滝川だけは、しばらく動かなかった。口を開くこともなく、膝へ置いた手を握っていた。


◇◇◇


 二代目鬼塚組の窓からは、今日も兵頭組の車が見えた。岩城宗次は窓際に立ち、通りの向こうへ目を向けていた。車内の男は、こちらに気づいているはずだったが、動かなかった。


「親父。まだおりまっせ」


「見たら分かる」


 後ろに立った若い衆が口を閉じた。岩城は窓の外を見たまま、煙草を指へ挟み直した。


 葬儀へ行っても、何も変わらなかった。武藤の遺影へ頭を下げ、國枝の言葉を聞き、兵頭組の人間たちの前を通って帰った。その翌日も、同じように車が停まっていた。


「いつまで好きにさせるんです」


 若い衆の声に苛立ちがあった。自分たちが見張られていることよりも、見張られたまま何もしていないことが、もう我慢ならないようだった。


「向こうが手ぇ出すまでは動くな」


「けど……」


「ワシがやってへん言うても、もう誰も聞く気ないんや」


 若い衆は返事をしなかった。岩城は灰を落とし、また車へ目を戻した。


 車を止めて話した時も、葬儀の入口でも、同じことを言った。武藤は殺していない。証拠があるなら出せ。その言葉を何度繰り返しても、兵頭組の顔は変わらなかった。


 そこへ、鬼塚組から手を出したという話まで加えるわけにはいかなかった。見張りの男を殴れば、兵頭組は殴られたと言える。先に撃てば、岩城が動いたと騒がれる。


「こっちから先に手ぇ出したら、それこそ向こうの思う壺や」


「ほな、ずっと我慢するんですか」


 岩城が振り返った。若い衆は言いかけた口を閉じたが、目は逸らさなかった。


「誰がそんなこと言うた」


 低い声だった。近くに座っていた者も、岩城へ顔を向けた。


「向こうが一発でも撃ってきたら、話は別や」


 誰も返事をしなかった。岩城は若い衆を見てから、もう一度、窓へ向き直った。


 通りの向こうには黒い車がある。向こうも、こちらを見ている。昨日までは、いつまで見張るつもりなのかと思っていた。今は、その車から誰かが降りた時、何をするのかまで考えていた。


 若い衆は窓際を離れた。先に手を出すなという言葉と、撃ってきたら話は別だという言葉を、どちらも聞いていた。


◇◇◇


 夕方、龍司は相沢と二人で神楽町へ出た。店の前で顔を知った男に呼ばれ、挨拶を返した。通りには買い物帰りの人間がいて、狭い道を自転車が抜けていった。


 歩く場所も、寄る店も変わっていなかった。ただ、道の端へ停まっている車が、前より目に入った。運転席に人がいるのか。窓は開いているのか。こちらを見ていないか。確かめてから、ようやく前へ目を戻した。


「龍司」


「ん?」


「さっきから何キョロキョロしてんねん」


「別に」


 相沢が笑った。龍司はその顔を見てから、通りの先へ目を向けた。


「カシラにビビらされたんか」


「ちゃうわ」


 答えながら、道路の向こうを見た。見覚えのない車が一台、ゆっくり通り過ぎていく。龍司は、その後ろのナンバーを目で追った。


 車は角を曲がらず、そのまま先へ行った。こちらを見ていたのかどうかも分からない。ただ、この道を通っただけかもしれなかった。


 少し前までなら、気にしなかったはずだった。神楽町へ車が入ってくるのは当たり前で、顔を知らない男が歩いていることもある。その一つ一つを見ていたら、どこへ行くにも落ち着かなかった。


 それでも、見るなと言われて見ないわけにはいかなかった。何か起きてからでは遅いと、水谷は考えている。龍司には、まだ何が起きるのか分からなかったが、武藤が車を降りた場所は、テレビに映っていた。


 喧嘩なら、相手が目の前へ来る。何をされたのか、自分が何に腹を立てているのかも分かる。だが今は、何もされていないうちから、知らない車の番号を覚えようとしていた。


 龍司は足を緩め、通りの先を見た。相沢は少し前で立ち止まり、こちらを振り返った。


「行くぞ」


「分かっとる」


 龍司は歩き出した。いつもの神楽町だった。店から呼ばれる声も、路地の匂いも変わらない。その中を歩く自分だけが、今朝言われたことを何度も思い返していた。


 同じ頃、鬼塚組の若い衆を乗せた車が、事務所を出た。通りの向こうで停まっていた兵頭組の車が動き、その後ろへついた。



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