十二人の親分
十二社会の名簿は、要求書の隣に置かれていた。武藤和正は、その二枚を見ながら黒岩剛三の話を聞いていた。六月二十日の夕方。室井泰造が城戸源蔵へ自分の考えを伝えた頃、本家にも、十二社会の中で意見が割れ始めているという話が届いていた。
広い座敷の上座には、國枝重政が座っている。頬にはまだ痩せたところがあり、時折、顔を横へ向けて咳をした。それでも話す者が変われば目を向け、誰が何を言っているのか、最後まで聞いていた。左右には執行部が並び、新道宏一も煙草を指に挟んで座っている。
十二社会への処分を求める声は消えていなかった。要求書を出し、本家の返事にも納得せず、交渉を続けると言っている。その一方で、十二人の中には残留を考える者が出てきた。本家から見れば、今なら動かせると思う理由はあった。
「カシラ」
黒岩が武藤を見た。
「室井が残留に傾いとるんでしょう」
「らしいな」
「やったら今ですわ」
武藤は膝の上へ置いた手を動かさず、聞き返した。
「何がや」
「十二社会を割るんです」
黒岩は要求書の方へ目をやった。室井に続きそうな者を先に本家へ引き戻す。残る者には、これ以上要求を押しつけるなら処分もあると伝える。十二組が揃っているから扱いにくいのであって、半分に分かれれば、同じやり方では本家へ出てこられなくなる。
黒岩が話し終えてから、武藤は少し間を置いた。座敷の中には、今の話を聞いて頷いた者もいる。國枝は何も言わなかった。
「誰が室井を戻したんや」
黒岩が眉を寄せた。
「カシラでしょう」
「ワシ?」
「カシラが会うた後に、残留言い出したんでしょう」
「ワシは何もしてへんで」
黒岩は口を閉じた。武藤は煙草を取り出し、火をつけた。吸い込んでから、煙を吐く。
「話しただけや。室井が考えて、室井が決めた」
「同じことやないですか」
「全然ちゃう」
声は低かった。武藤は黒岩を見たまま、煙草を灰皿へ寄せた。
「ワシが室井を本家へ引っ張ったんやったら、次も同じことしたらええ。せやけど、そうちゃうやろ」
室井は十二社会を抜けていない。要求も取り下げていなかった。武藤が会った時にも、上納やシマへの不満を話している。その話を聞いた上で、自分一人ならどうするのかと尋ねた。
返ってきたのは、分からないという言葉だった。武藤が欲しい返事を言わせたのではない。その後、室井が考え、残る道もあると口にしたのだった。
「室井が揺れたから、今のうちに十二社会割ったろ」
武藤は短く笑った。座敷の誰も、それに続いて笑わなかった。
「そんなことしたら、ワシらが向こうの言うとる通りの本家になるやないか」
「でもカシラ」
神崎隆臣が口を開いた。武藤はそちらへ目を向けた。
「向こうは十二社会いう集団で来とるんです。こっちだけ一人一人を尊重してたら――」
「ちゃうねん」
武藤が言葉を止めた。神崎は続きを言わず、武藤を見た。新道も煙草を持つ手を止める。
國枝は湯呑みを卓上へ戻した。小さな音がした後、座敷が静かになった。武藤はすぐには続けず、要求書の横にある名簿へ目を落とした。
城戸源蔵、海老沢豪、梶原信成。室井泰造、大庭英治、佐伯昭三。岩城宗次、赤松隆一、石渡慎吾。柏木寛治、片岡忠志、古賀慎二。紙の上には十二の名が並んでいた。
十二社会と呼べば、一つの集まりとして話せる。二千人を超える人間を抱え、本家へ要求を出した勢力だった。そのまま残すか、処分するか、内側から割るか。今の座敷でも、そういう話が続いていた。
だが、名簿にあるのは、それぞれ自分の組を持つ男の名前だった。下には若い衆がいる。組を維持するための仕事があり、これまで積み重ねてきた付き合いもある。本家に腹を立てた理由まで、十二人全員が同じとは限らない。
室井も、最初は要求書に書いてある通りだと答えた。話してみれば、上納についてはすぐに言葉が出たが、五代目の話になると口が鈍った。紙に同じ要求を並べていても、それを出した人間の中では重さが違っていた。
武藤は顔を上げた。
「お前ら、まだ十二社会と喧嘩しようとしとるやろ」
黒岩も神崎も、返事をしなかった。武藤は二人だけでなく、座敷にいる男たちへ目を向けた。
「向こうが十二社会いう看板出してきた。せやからこっちも本家いう看板で押さえつける」
煙草を灰皿へ置いた。指を離してから、続ける。
「それやったら、最後は看板同士の喧嘩になる」
國枝の目が僅かに動いた。武藤は、その顔を見てから座敷へ視線を戻した。
「看板は血ぃ流さん。流すんは、その下におる人間や」
神崎が座り直した。黒岩は要求書へ目を落とし、口を閉じたままでいた。庭の方から入っていた風が弱まり、灰皿の煙が真上へ昇っていく。
武藤は、話で済まなかった場面を知っていた。殴って終わる揉め事もあれば、それだけでは収まらない争いもある。一人が倒れれば、黙っていられない者が出る。その者が動けば、今度は向こうにも返さなければならない理由ができた。
始まる前には、どちらも自分の組を守るためだと言う。だが、下の人間が死んでからでは、上で話をまとめても、それを飲めない者が残る。今はまだ、十二人を座敷へ呼ぶことができた。会って、言葉を聞けるうちに、聞いておきたかった。
「カシラは、十二社会を認めるんですか」
鷲尾勝政が尋ねた。武藤はそちらを見た。
「認めるも何も、もうあるやないか」
「そういう意味やなくて」
「分かっとる」
武藤は僅かに笑い、それから表情を戻した。鷲尾が聞きたいのは、本家とは別に十二組でまとまり、要求を出すやり方を、この先も許すのかということだった。
「十二社会と話すんちゃう」
一度言葉を切った。名簿へ置かれていた視線が、武藤へ集まる。
「十二人の親分と話すんや」
武藤は静かに続けた。
「城戸には城戸の考えがある。海老沢には海老沢の考えがある。室井が自分で答え出したように、ほかの十一人にも自分で決めてもらう」
「それで残らん言うたら?」
矢吹宗一郎が聞いた。武藤は迷わず答えた。
「その時は、その時や」
「出ていくのを認めるんですか」
「誰がそんなこと言うた」
武藤の目が鋭くなった。矢吹は背を伸ばし、続きを待った。武藤は少し声を落とした。
「残る言わせるために話すんちゃう言うとんねん」
灰皿に置かれた煙草から、細い煙が上がっていた。武藤はそれを取らず、矢吹へ向けて話した。
「何で出たいんか。何が気に入らんのか。本家が直せるもんなら直す。直されへんもんなら、何で直されへんのか説明する」
上納の使途については、新道が帳簿を確かめている。五代目の選定や縄張りへの介入については、認められないと答えた。だが、その返事を紙で渡したことと、相手が何に納得できないのかを聞くことは、別の仕事だった。
「それでも出る言うなら、そこで初めて次の話や」
矢吹は黙って頷いた。鷲尾も、それ以上は問いを重ねなかった。武藤は灰皿から煙草を取り、一口吸った。
「十二人全部やる気か」
新道が口を開いた。武藤は横を見た。
「ああ」
「時間かかるぞ」
「前にも聞いたわ」
新道の口元が少し緩んだ。
「年寄りは同じこと何回も聞くんや」
「便利やな、それ」
阿波野和重が短く笑った。矢吹も口元を緩め、膝の上へ置いた手を動かした。張っていた座敷で、ようやく人が息をついたように見えた。
國枝はその様子を黙って見ていた。武藤は黒岩を怒鳴りつけたわけではない。神崎の話も、最後まで否定して押し返したのではなかった。それでも、十二社会を割れば済むという話を、先ほどと同じ調子で続ける者はいなくなっていた。
國枝は煙草を灰皿へ押しつけた。火が消えたのを確かめ、武藤へ顔を向ける。
「武藤」
「はい」
「次、誰や」
武藤は少し考えた。室井が残留を口にしたからといって、同じように考えそうな者だけを選び、先に本家へ寄せるつもりはなかった。十二人に会うと言った以上、聞く相手は全員だった。
名簿へ目を落とす。十二社会の中には、金の負担や使途を重く見ている男もいる。本家が説明できることと、相手が知りたいことを、顔を合わせて確かめる必要があった。
「梶原にします」
國枝は理由を聞かなかった。一度だけ頷き、座敷にいる男たちへ目を向けた。そこで話は終わった。
襖が開き、執行部が座敷から出ていった。廊下では、待っていた若い衆が頭を下げている。國枝を見送ってから、武藤も煙草を消した。
新道はまだ座っていた。卓上の名簿を見ていたが、武藤が立ち上がろうとすると、横から声をかけた。
「武藤」
「何や」
「お前、十二人全員残る思っとるんか」
武藤は腰を上げず、新道を見た。少し考えてから、首を横に振った。
「思ってへん」
新道は黙った。武藤は名簿へ一度目をやり、続けた。
「人間やからな。話しても分からんことはある」
会えば必ず残るというのであれば、もっと簡単だった。相手にも、譲れないところがある。こちらが直せることを説明しても、それでは足りないと言われるかもしれない。
室井との話が済んだからといって、海老沢も同じ返事をするとは思っていなかった。十二人それぞれに考えてもらうということは、違う答えが返ってくることも、引き受けなければならなかった。
武藤は立ち上がった。羽織を整え、襖へ向かう。その背中へ、新道がもう一度尋ねた。
「ほな何でやる」
武藤の足が止まった。襖へ手を伸ばす前に、その場で答えた。
「話さんかったことを、あとで言い訳にしたないだけや」
振り返らなかった。それ以上の言葉も足さず、襖を開けて座敷を出る。廊下で若い衆へ短く声をかけるのが聞こえ、足音が遠ざかっていった。
新道は閉じた襖を見ていた。全員が残るとは思っていない。それでも十二人全員に会い、聞いたことへ返事をしようとしている。うまくいかなければ仕方がないと言う前に、自分ができるところまではやるつもりだった。
卓上には、要求書と名簿が残っている。新道はその二枚を揃えた。金の使い道について聞かれれば、本家にも説明しなければならないことがある。自分の帳簿で見つけた曖昧な箇所を、武藤の言葉を聞きながら思い出していた。
座敷で処分や切り崩しを口にした男たちが、全て考えを変えたわけではない。十二社会への苛立ちも残っている。それでも、同じ場所で、武藤の話を最後まで聞いていた。
五代目。
この夕方の会合では、誰もその名を口にしなかった。だが、本家にいる何人かの胸の内では、その二文字を考える時、武藤和正の顔が浮かび始めていた。




