割れる十二
座敷の中央に、本家からの回答書が置かれていた。折り目のついた紙は開かれていたが、手を伸ばす者はいない。海老沢豪は城戸源蔵の顔を見ており、石渡慎吾は煙草を吸っていた。室井泰造の前では、湯呑みの茶がまだ手をつけられないまま冷めていた。
六月四日。十二人が再び顔を揃えたのは、要求書をまとめ、本家の返事を読んだのと同じ料亭だった。座る場所も大きくは変わっていない。だが、以前なら誰かの言葉に重なった声が、今日は途切れるたび、そのまま沈黙になった。
城戸は全員が座るのを待ち、口を開いた。
「もう一回、本家と話する」
海老沢が露骨に顔をしかめた。座卓に置いていた手を膝へ戻し、城戸へ身体を向ける。
「まだやるんか」
「まだ一回返事もろただけや」
「その返事が、あれやろ」
海老沢は回答書を顎で示した。城戸は紙へ目を落とさなかった。何を認められず、何が検討とされたのかは、この座敷にいる全員が知っている。
「肝心なとこは何一つ認めへん。向こうは俺らがそのうち諦める思うとるんや」
「それは分からん」
城戸は海老沢を見たまま返した。
「分からんから話すんや」
石渡が鼻で笑った。煙草を灰皿の縁へ置き、城戸を見た。その顔には、もう言葉を選んで収めようとする様子がなかった。
「城戸さん、いつまでそんな綺麗事言うてるんです?」
城戸の目が石渡へ向いた。海老沢も口を閉じ、二人の間を見た。湯呑みを持ちかけていた者が、手を座卓へ戻した。
「綺麗事?」
「向こうにその気がないのに、こっちだけ筋通して何になるんです」
石渡は答えを待たず、続けた。
「一回くらい、本家に分からせた方がええ」
「何をや」
「俺らが本気やいうことをです」
室井が眉を寄せた。石渡は城戸を見ていたが、室井の声がすると、そちらへ顔を向けた。
「どうやって分からせるつもりや」
石渡は答えなかった。言葉を探しているようにも見えなかった。室井はその顔を見てから、指に挟んでいた煙草を灰皿へ押しつけた。
何をするのかを言わずに、本気だと分からせると言う。その先を曖昧にしたまま頷けば、後で自分たちも同じ考えだったことになる。室井は煙草から手を離し、石渡へ目を戻した。
「それやったら、もう改革やないやろ」
「ほな何やねん」
「喧嘩や」
石渡の顎がわずかに上がった。その横で、片岡忠志が口を開いた。
「喧嘩になったらあかんのか?」
室井が片岡を見た。片岡は座った姿勢を変えず、室井の視線を受けた。
「誰も好き好んでやる言うてへん。せやけど、向こうが話聞かんのやったら、いつまでも頭下げとるわけにもいかんやろ」
「頭なんか下げてへん」
柏木寛治が静かに返した。片岡がそちらを見る。柏木は回答書のそばに置かれた灰皿を少し寄せ、続けた。
「要求出して、返事もろて、まだ話せる余地がある。それだけや」
片岡が鼻で笑った。
「柏木さんは呑気やな」
柏木の目が細くなった。声を荒らげはしなかったが、片岡から視線を外さなかった。
「ワシは自分とこの若い衆を、意味もなく血ぃ流させたないだけや」
石渡が灰皿へ手を伸ばしかけ、止めた。海老沢は座り直し、柏木へ身体を向けた。
「意味がないかどうかは、まだ分からんやろ」
「分からんから止めとるんや」
柏木は退かなかった。
「始めてから間違いやったでは済まん」
海老沢は口を結んだ。片岡もすぐには返さず、柏木を見ていた。誰かが茶を飲む音がして、その後はまた静かになった。
城戸は男たちの顔を見ていた。要求書をまとめた時も、意見がすべて同じだったわけではない。海老沢は強く出ることを求め、室井は話し合いを重んじていた。それでも、どの要求を本家へ出すのかという話は、一枚の紙にまとめることができた。
今は、その紙を出した後の話をしている。もう一度、返事を求める者と、返事を待つこと自体に意味がないと考える者がいた。城戸が話を続けようとしても、海老沢や石渡には、それが本家の返事を受け入れることに見えていた。
「城戸さん」
大庭英治が、そこで初めて口を開いた。城戸が顔を向けると、大庭は座卓に片手をついたまま、少し身を寄せた。
「もし次の話でも本家が折れんかったら、どうします?」
「今それ決める必要あるか」
「いや、先の話も考えとかんと」
大庭は薄く笑っていた。城戸が答えるのを待ちながら、その目は海老沢へ動き、石渡と片岡にも向いた。室井や柏木の方も、一度ずつ見た。
誰の言葉に誰が頷き、誰が黙っているのか。大庭は話すより、その顔を見ている時間の方が長かった。先のことを尋ねながら、自分がどこへ立つつもりなのかは口にしなかった。
城戸は大庭から目を戻し、全員へ向けて言った。
「ワシは交渉続けるで」
海老沢の顔が動いたが、城戸は続けた。
「最初から言うとる。十二社会は天龍と戦うために作ったんちゃう」
「でも、戦わな変わらんこともある」
海老沢が返した。今度は、回答書を示すこともしなかった。紙に書かれたことより、目の前で城戸が何を言うのかを見ていた。
「それを決めるんは、お前一人ちゃう」
「城戸さん一人でもないでしょう」
石渡の言葉に、城戸は口を閉じた。室井が石渡を見て、柏木も顔を向けた。石渡はどちらにも目をやらず、城戸の返事を待っていた。
言い方に腹は立った。それでも、石渡の言葉を、従えという一言で押さえることはできなかった。
十二社会の盟主と呼ばれていても、ここにいる男たちは城戸の子分ではない。全員が四代目天龍会の直参で、自分の組を預かっている。本家に対して意見を聞けと求めた城戸が、この座敷では自分の言う通りにしろと命じるわけにもいかなかった。
梶原信成は黙ったまま、回答書へ目を落としていた。赤松隆一も、誰の言葉にも声を重ねていない。城戸はその二人を見たが、無理に返事を求めなかった。
このまま続ければ、誰がどちらにつくのかを言わせる話になってしまう。もう一度本家と話すという提案さえ、今は十二人の言葉にできなかった。
「今日は終わろ」
城戸が言った。海老沢はしばらく座ったままでいたが、やがて膝へ手をつき、立ち上がった。石渡も続き、片岡は煙草を消してから腰を上げた。
男たちは一人、また一人と座敷を出た。戸が開くたび、廊下の明かりと料亭の人の声が入ってきた。部屋の中で話していたことには触れず、履物を出す声だけが聞こえた。
赤松は最後まで座敷に残っていた。中央の回答書を一度見てから、無言で立ち上がる。廊下へ出ると、他の組長たちは玄関へ向かっていた。赤松はその背中を見送り、反対側へ足を向けた。
便所へ入り、誰もいないことを確かめた。廊下から来る足音もなかった。赤松は懐へ手を入れ、小さな手帳を取り出した。
開いた頁には、城戸、室井、柏木、海老沢、石渡、片岡の名があった。赤松は筆記具を取り、名前の横へ短く印をつけた。いくつかの名の間で手を止めたが、言葉を書き足すことはなかった。
手帳を閉じ、懐へ戻した。鏡の前で襟元を整え、便所を出る。玄関へ向かう足取りは、座敷へ入った時と変わらなかった。
十二社会から抜けると言った者はいない。城戸に従わないと決めた者も、この場で別の集まりを作ったわけではなかった。
それでも、次に本家へ何を言うのかを、十二人では決められなかった。赤松は履物へ足を入れ、他の男たちと同じ玄関から外へ出た。




