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龍は天を仰ぐ  作者: lala
十二社会篇

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城戸源蔵



 城戸源蔵は、卓上の回答書を手に取った。上納負担の見直しと使途の説明については検討する。人事に直参の意見を出す機会を設けることについても、検討する。その先へ目を進めると、何度も読んだ文言が続いていた。


 縄張り問題への本家の介入を制限することは認めない。五代目選定に直参組長会の意見を反映させる仕組みも、認めない。


 五月三十一日。二代目辰巳組の事務所には、もうほとんど人が残っていなかった。応接間の戸を閉めると、廊下の音も遠くなる。城戸はソファへ深く座り直し、回答書を卓上へ置いた。


 本家の返事が届いてから、八日が経っていた。十二人の前で読み上げた時の声も、それを聞いていた男たちの顔も覚えている。検討という言葉を拾った者もいれば、認めないという箇所ばかりを見た者もいた。


 城戸は煙草へ火をつけた。要求をすべて通せるとは、最初から思っていなかった。四代目天龍会は一万人を抱え、直参だけでも約八十の団体がある。十二人が紙を出したからといって、その仕組みがすぐに変わるはずもない。


 それでも、何も言わずにいるわけにはいかなかった。組で集めた金を上へ納めるたび、その負担を下の者にも背負わせている。納めた金がどう使われているのかを尋ねることまで、遠慮し続ける理由はない。


 煙を吐いたところで、扉が開いた。


「まだおったんですか」


 顔を出したのは、辰巳組若頭の琉堂晴一だった。五十一歳。城戸のそばで長く組を支えてきた男で、他の若い衆が帰った後も、事務所に残っていることは珍しくなかった。


「お前こそ帰ったんちゃうんか」


「車置いたままでしたから」


 琉堂は戸を閉め、城戸の向かいへ座った。卓上の回答書に目を落としたが、手には取らなかった。何が書かれているのかは、すでに知っていた。


「十二社会、これからどうするんです?」


 城戸はすぐには答えなかった。灰皿の縁で煙草の灰を落とし、紙の上へ目を戻した。要求書を出す前なら、まず話を聞いてもらうのだと言えた。返事が出た今は、同じことを言うにも、十二人の顔が一人ずつ浮かぶ。


「海老沢らは、もう話しても無駄や思い始めとる」


「石渡の兄貴もでしょう」


「片岡もや」


 城戸は煙草を口へ運んだ。海老沢は返事を聞いた時から、聞く気がないのだと言っていた。石渡も、待って何になるのかと問うた。片岡も、あの回答を受け入れられない側にいた。


 その苛立ちは分かる。上納と人事を検討すると書かれていても、何を、どこまで変えるのかはまだ見えない。残る二つは認めないと返されている。紙を読んで腹を立てたのは、海老沢たちだけではなかった。


 だが、腹を立てた後、どうするかまで同じではない。室井はもう一度話をすることを望み、梶原も、検討するとされた部分を曖昧なままにしたくはないはずだった。城戸には、その声を捨てて進むことはできなかった。


 琉堂は回答書から顔を上げた。


「親父は、そこまでして天龍に残りたいんですか」


 城戸の目が止まった。煙草を持つ手を下ろし、琉堂を見た。


「何や、それ」


「いや……ここまで本家と揉めるんやったら、いっそ出た方が早いんちゃうかと思って」


 城戸は煙草を灰皿へ置いた。琉堂の声は、煽るようなものではなかった。それでも、今の言葉をそのまま流す気にはなれなかった。


「誰が出る言うた」


「でも十二社会は――」


「十二社会は、天龍抜けるために作ったんちゃう」


 琉堂が口を閉じた。城戸はその顔をしばらく見てから、背もたれへ身体を預けた。長くそばにいる男にさえ、そう見えるのかと思った。


 要求を出し、認められず、もう一度話を求める。その過程を、天龍から離れるための準備だと思われてしまえば、自分たちが何を求めたのかまで変わってしまう。


「ワシが天龍入った頃なんか、今みたいな一万人の組織ちゃうかった」


 昔の顔が浮かんだ。今も本家にいる者も、すでに死んだ者もいる。年を重ね、組を大きくした者もいれば、自分のところを支えるだけで手いっぱいだった者もいた。


 天龍の名が大きくなれば、その看板で通る話も増えた。城戸も、その力に守られたことがある。自分の組だけでは片づけられない話を、上に収めてもらったこともあった。


「昔が全部良かったとは言わん。人数増えたら決まりも要る。金も要る。本家が強ないと、まとまるもんもまとまらん」


 琉堂は黙って聞いていた。城戸は卓上の回答書へ目を落とした。


「せやけどな。大きなったから何してもええいう話でもない」


 直参として組を預かり、金を納め、下の者をまとめている。それなのに、上で何を考え、何を決めているのかが見えない。決まった後で従えと言われるだけでは、自分のところへ帰って何を説明すればいいのか。


 人事に口を出す機会を求めたのも、役をよこせと言いたかったからではない。縄張りの話も、直参同士で収められるところまで、最初から取り上げられたくはなかった。


 次の天龍を誰に託すのか。その話にも、自分たちの声を届けたかった。最終的な決定を誰がするかと、意見を出すことさえできないのかという話は、城戸の中では違っていた。


「ワシらも天龍や」


 城戸が言った。


「本家だけが天龍ちゃう」


 琉堂は膝に手を置いたまま、城戸を見ていた。城戸は灰皿の煙草を取り、指に挟んだ。短くなった先から、まだ煙が上がっていた。


「十二人とも、天龍の看板で飯食うてきた。守ってもろたこともある。せやからこそ、おかしなってきたもんを見て見ぬふりしたないんや」


 要求書を囲んだ時、そこには同じ天龍の直参が十二人いた。それぞれの組の事情も、不満も違った。それでも、今のままではいけないというところで話が合った。


 城戸は、その一致が小さいものだったとは思わない。自分のところだけで黙って抱えていた話を、他の組長の前へ出すことにも覚悟は要った。だからこそ、その十二人を、腹が立ったというだけで別の方向へ連れていく気にはなれなかった。


「それでも本家が変わらんかったら?」


 琉堂が聞いた。城戸は煙草を持ったまま、しばらく答えなかった。


 海老沢にも問われたことだった。あの時は、その時考えると答えた。今も、先のすべてを決めたように話すことはできない。もう一度話を求めて、何が返ってくるのかさえ、まだ分からなかった。


 ただ、何のために十二社会を作ったのかは変わっていない。城戸は琉堂から目を逸らさず、ゆっくり煙を吐いた。


「ワシはな」


 短くなった煙草を灰皿へ戻した。


「天龍を出たいんやない。天龍を直したいんや」


 静かな声だった。琉堂は何も言わなかった。城戸も、それ以上、言葉を重ねなかった。


 回答書を手に取り、元の折り目に沿って折った。紙の端を揃え、卓上へ戻す。検討するという返事も、認めないという返事も、その中に残っていた。


 十二社会は、本家へ弓を引くために集めたものではない。四代目を引きずり下ろすためでも、自分がその上へ立つためでもなかった。城戸は、天龍の中で話をし、変えられるところを変えたかった。


 だが、海老沢も、石渡も、片岡も、それぞれ組を預かる親分だった。城戸が待つと言えば、いつまでも同じ場所で待っているわけではない。


 琉堂が視線を落とした先に、折られた回答書があった。城戸もそこを見た。十二人が同じ要求書を出したことは確かだった。その十二人が、次の返事も同じ気持ちで待てるのかは、まだ分からなかった。



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