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龍は天を仰ぐ  作者: lala
十二社会篇

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24/54

返事



 城戸源蔵は、本家から届いた回答書を座卓の上へ広げた。五月二十三日。要求書が正式に受け取られてから三日後、十二人は再び、あの料亭に集まっていた。


 仲居が茶を置いて下がると、座敷の襖が閉じられた。廊下を遠ざかる足音を聞きながら、城戸は紙へ目を落とす。自分たちの要求書には十二人の名が並んでいたが、返ってきた文書は四代目天龍会本家としての回答だった。


 上納負担の見直しと使途の説明については、検討する。人事について直参組長が意見を出す機会を設けることも、検討の対象とする。

 一方、縄張り問題への本家介入を制限することは認めない。将来の五代目選定に直参組長会を関与させることも、認めない。


 城戸は最後まで読み上げ、静かに紙を置いた。卓を囲む男たちは、誰もすぐには口を開かなかった。海老沢豪は腕を組み、石渡慎吾は城戸の手元を見つめている。梶原信成だけが、灰皿の縁へ煙草を置いた。


「……結局、聞く気ないやろ」


 最初に沈黙を破ったのは石渡だった。


「検討、検討いうて、肝心なとこは全部あかん。何の返事やねん、これ」


「全部あかんとは言うてへん」


 城戸は回答書を石渡の方へ向けた。


「上納と人事は、見直しを検討する言うとる」


「いつまでに?」


 石渡は間髪入れずに聞いた。城戸はもう一度文面へ目を落としたが、そこに日付はなかった。いつ検討を終え、どのような形で知らせるのか。回答書には、そこまで書かれていない。


 石渡が鼻で笑った。


「書いてへんやろ。そんなん、なんぼでも引き延ばせるやんけ」


 要求を出す前から、本家がすべてを受け入れるとは思っていなかった。それでも、十二人で名を連ねれば、何かは具体的に動くはずだと考えていた。石渡にとって、期限のない検討という返事は、待てと言われたのと変わらなかった。


「俺も同じように見えるな」


 海老沢が低い声で言った。


「こっちが大人しく紙出したから、適当に返しといたらええと思われとるんちゃうか」


「決めつけるんは早い」


 城戸の声は静かだった。


「向こうも一万人の組織や。一回の要求で全部変えろいう方が無理ある」


 海老沢は回答書へ手を伸ばし、認めないとされた二つの項目を読み直した。本家の最終的な裁定権と、跡目を決める権限。その説明はある。だが、自分たちがなぜ要求したのかに、本家がどこまで向き合ったのかは、この紙だけでは分からなかった。


「俺ら、本家をなくせ言うたか」


 海老沢は紙から顔を上げた。


「下で話がつくもんまで入ってくるな、次の会長のことも直参の意見を聞いてくれ。それが、何で本家の権限を渡す話になるんや」


 城戸は海老沢の言葉を最後まで聞いた。要求の受け取り方に隔たりがあることは、城戸も感じていた。だからこそ、文書を一度交わしただけで話を終えるわけにはいかなかった。


「そこを、もう一回話したらええ」


「また説明からですか」


 石渡が身を乗り出した。


「城戸さん。いつまで待つんです?」


 向かいに座る室井泰造が湯呑みから手を離した。石渡の声は大きくない。だが、問いかける相手が本家から城戸へ移ったことで、座敷の空気がわずかに張った。


「俺ら、お願いしとるんちゃいますよ。おかしいもんを、おかしい言うとるだけでしょう」


「せやから交渉するんや」


 城戸は石渡から目を逸らさなかった。


「最初から喧嘩するために集まったんちゃう。俺らがやりたいんは、天龍を壊すことやない」


 石渡は唇を結んだ。要求書をまとめた夜、城戸がどのような考えで十二人を集めたのかは聞いている。それでも、本家から返ってきた紙を前にすると、その方針を守って待つことが、自分たちだけの我慢に思えていた。


「向こうに変わる気がなかったら?」


 海老沢が言った。


 城戸はすぐには答えなかった。検討すると書かれた二項目が、実際にどう扱われるかはまだ分からない。変える気があるとも、ないとも、この場で言い切ることはできなかった。


「それでも、全部突っぱねられたわけやない」


 室井が口を開いた。石渡が顔を向けると、室井は回答書を見たまま続けた。


「上納と人事は検討する言うとる。少なくとも、話する余地は残っとるやろ」


「本気で言うてます?」


「本気や。いつまでか書いてへんなら、それを聞いたらええ。何を検討するんかも、もう少しはっきりさせたらええやろ」


 室井も、この返事で満足したわけではなかった。だが、足りない部分があることと、次の話し合いが無駄であることを、同じには考えていない。まず確かめられることを確かめるべきだと思っていた。


「甘いな」


 海老沢の一言に、室井の表情がわずかに変わった。


「何がや」


「検討しますなんか、断る時にも使える言葉や」


「ほな今から本家と喧嘩すんのか」


「誰がそんなこと言うた」


「同じやろ。話す前から無駄や言うんやったら」


 海老沢が腕をほどき、室井へ身体を向けた。室井も視線を外さなかった。卓の中央にあった回答書を、城戸が二人の間から手元へ戻した。


「やめとけ」


 城戸の声で、二人が口を閉じた。海老沢は座り直し、室井は膝の上へ手を置く。誰もそのやり取りに口を挟まなかったが、要求書をまとめた時にはなかった気まずさが残った。


 梶原が煙草を取り、細く煙を吐いた。灰を落としてから、城戸ではなく石渡へ顔を向ける。


「俺は、もう一回話したらええと思う」


「梶原さんまで?」


「喧嘩しても金にはならん。それに、本家も二つは検討する言うとる。今ここで全部蹴ったら、俺らの方が話する気ないように見える」


 梶原にとって、上納の見直しは決して小さな項目ではなかった。負担が変われば、各組織が手元に残せる金も変わる。使途が説明されるだけでも、今まで分からなかったものが見えるようになる。その可能性まで、ここで捨てるべきではなかった。


「何回話すんです?」


 石渡の苛立ちは収まらなかった。


「向こうが断るたびに、またお願いします言うんか」


「石渡」


 城戸の声が、それまでより少し強くなった。石渡は口を閉じたが、目は城戸へ向けたままだった。


 城戸は卓を囲む男たちを見渡した。海老沢と石渡の苛立ちは、他の者にも伝わっている。片岡忠志は黙って海老沢の方へ目を向け、大庭英治は手元の茶にも触れていなかった。一方で、梶原の話が終わると小さく頷いた者もいる。


 同じ要求書へ名を連ねた十二人だった。何を変えてほしいかは揃えられても、どこまで待てるかまで同じではない。本家の返事を受け取ったことで、その違いが口に出るようになっていた。


「勘違いすんな」


 城戸が言った。


「俺らはまだ、天龍の直参や」


 誰も口を挟まなかった。城戸は石渡だけに向けてではなく、座敷にいる全員へ話した。


「本家に言いたいことがある。変えてほしいことがある。せやから十二人で集まった。それだけや」


 城戸は回答書へ手を置いた。認めないとされた項目も、検討するとされた項目も、まだ目の前にある。紙を出した目的を、この返事への腹立ちだけで変えるつもりはなかった。


「これで終わりやない。もう一回、話する」


「それでも変わらんかったら?」


 海老沢だった。城戸が顔を向けると、海老沢は今度は回答書を見ず、城戸の目を見ていた。


 少しの間、二人の視線がぶつかった。城戸は先の約束をせず、海老沢も問いを引っ込めなかった。やがて城戸が口を開いた。


「その時は、その時考える」


 海老沢は何も言わなかった。石渡も腕を組み、背もたれへ身体を預けた。交渉を続けるという城戸の方針を、その場で覆そうとする者はいなかった。


 梶原が煙草を灰皿へ押しつけ、室井は冷め始めた茶を一口飲んだ。城戸は回答書を揃え、要求書の控えと重ねた。次に話す時には、検討するという二項目を、もう少し具体的に確かめなければならない。


 紙を片づける城戸の前で、石渡はまだ腕を組んでいた。海老沢も、話がまとまったことに頷きはしなかった。反対の言葉が止まっても、納得したわけではないことは、その顔を見れば分かった。


 十二人は、この日も同じ卓を囲んでいた。帰り支度を始めた時、室井は城戸へ声をかけたが、海老沢と石渡は二人で先に襖へ向かった。城戸は二人の背中を見送り、手元に残った本家の回答書を封筒へ戻した。



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