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龍は天を仰ぐ  作者: lala
十二社会篇

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21/53

改革



 五月十七日。


 昼過ぎ、榊宗次郎は再び二代目天真会の事務所を訪れていた。昨日とは違い、今日は水谷と龍司も一緒だった。


 もっとも、龍司に用があるわけではない。水谷が別件で天真会へ届ける書類を持っており、龍司はその付き添いでついてきただけだった。


「昨日も来たんやろ?」


 廊下を歩きながら龍司が榊へ聞いた。


「来たで」


「今日も何かあんの?」


「あるから来とんねやろ」


「何が?」


「お前は何で全部知りたがんねん」


「気になるやん」


 榊は相手にせず、先に応接室へ入った。龍司はその背中を見送ると、水谷と一緒に少し離れた待合の長椅子へ腰を下ろした。


「兄貴、何の話やと思う?」


「知らん」


「絶対知ってるやん」


「ここで騒ぐな。黙って待っとけ」


「はいはい」


 龍司は背もたれへ身体を預けた。榊組の事務所ならまだしも、ここは天真会の本部である。さすがの龍司も好き勝手に歩き回るほど馬鹿ではなかった。


 応接室では、久世征一郎が昨日の要求書を机に置いていた。


「昨日から何回か読んだけどな」


 久世が煙草へ火を点ける。


「向こうが言うとること、全部が間違いやとは思ってへん」


「俺もです」


 榊は要求書へ目を落とした。上納、人事、縄張りへの介入。その辺りについては、直参の組長たちが不満を持つ理由も理解できる。


 天龍会は一万人近い人間を抱える巨大組織になった。組織が大きくなれば金も動き、人事ひとつで影響を受ける人間も増える。本家が全体をまとめる必要がある一方、直参には直参で自分の組を預かる立場があった。


「今回の京極との話もそうや」


 久世が言った。


「本家が入ったから止まった。それ自体は悪いことやない。せやけど、何でも本家が決めるようになったら、自分で組持っとる意味がないと思う親分がおってもおかしない」


「そうですね」


「上納かて、下に何百人抱えとる組と百人の組で事情は違う。そこ見直せ言うだけなら、別に無茶な話でもない」


 久世はそう言いながらも、要求書を肯定しているわけではなかった。問題は内容だけではなく、十二人の直参組長がまとまり、連名で本家へ要求を出すという形そのものにある。


「そこまでせな、本家に届かんと思ったんでしょうか」


「城戸さんはそう考えたんかもしれんな。一人で言うても一人の不満で終わる。十二人なら無視できん。理屈は分かる」


「でも、本家からしたら話は変わりますよね」


「せや」


 同じ要求でも、一人の直参が意見を出すのと、十二人が名前を並べて出すのとでは意味が違う。まして最後には五代目選定への関与まで書かれている。


 それを改革の提案と見るか、本家の権限へ踏み込んだ要求と見るか。受け取る側によって意味は変わる。


「親父は、十二人が間違ってるとは思わんのですね」


「間違ってへん部分もある。それと、このやり方を本家が飲めるかは別の話や」


 榊は黙って頷いた。


 話を終えて二人が応接室を出ると、龍司と水谷はまだ廊下で待っていた。


「親父」


 龍司が立ち上がる。


「終わったん?」


「おう」


 その後ろから久世が出てきた瞬間、龍司の姿勢が自然と変わった。


「お疲れさまです」


「おう」


 久世は龍司の前を通り過ぎかけたが、何か思い出したように足を止めた。


「龍司」


「はい」


「お前、昨日の話まだ気になっとるんか」


 龍司は一瞬だけ榊を見る。


「……はい」


「何が分からん」


 そこまで聞かれて、龍司は少し迷った。榊には何でも口にするが、久世を相手に同じ調子で話すわけにはいかない。


「すんません。俺みたいなんが聞く話やないとは思うんですけど」


「ええから言うてみ」


「城戸さんらが言うてること、全部おかしいわけやないんですよね?」


「ああ」


「親父も……」


 龍司は隣の榊を見てから言い直す。


「榊の親父も、そう言うてました」


「せやな」


 龍司は少し考えた。


「ほな、何で揉めるんですか?」


 久世が龍司を見る。


「揉める?」


「はい。向こうの言い分にも筋が通ってるところがあって、本家の人らもそれが分かるんやったら……ちゃんと話したら、それで済むんちゃうんかなって」


「龍司」


 榊が低い声で名前を呼んだ。


「すんません」


 龍司がすぐに頭を下げる。


 だが、久世は怒らなかった。


「ええ。こいつは別に喧嘩売っとるわけやない」


 久世は龍司へ目を戻した。


「お前の言いたいことも分かる。ただな、人間二人でも話し合うだけで全部丸く収まるとは限らんやろ」


「……はい」


「それが一万人になったら、もっと簡単にはいかん」


 正しいか間違っているかだけで組織は動かない。誰が言ったのか、どういう形で出されたのか、それを認めれば誰の立場が変わるのか。上で決めたことは、その下にいる何百、何千という人間にも影響する。


 十二人には十二人の事情があり、本家には本家の事情がある。同じ天龍会の代紋を背負っていても、立っている場所が違えば見えるものも違った。


「難しいですね」


「せやろ」


「はい」


 久世が笑った。


「せやから今は、お前は榊の言うこと聞いとけ」


「分かりました」


「ほんまか?」


「……多分」


「龍司」


「分かりました!」


 榊に睨まれ、龍司は慌てて頭を下げた。久世はそれを見て笑い、そのまま廊下の奥へ歩いていった。


 龍司には、まだ完全には理解できなかった。


 喧嘩なら単純だった。殴られたら殴り返し、自分の街へ勝手に入ってきた者がいれば追い出す。だが、天龍会ほど大きな組織になると、それだけでは決められないことがあるらしい。


 間違っていない要求でも、通るとは限らない。同じ代紋を背負っていても、立場が違えばぶつかる。


 龍司がこれまで知らなかった種類の揉め事が、少しずつ形を持ち始めていた。



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