8.戦闘③
ロスカは剣を抜いた。
ショートソードの刀身が日の光できらりと輝く。
明らかに今までよりも手強く、ましてや数も多い。
だが、ロスカにはなぜか負ける気がしなかった。
未だに、戦いで苦戦したことがないからだろうか。
ロスカは、剣を下段に構える。
それを合図に、オークたちはロスカに襲いかかった、
最初に斬りかかってきたオークを刺突。
心臓を貫いた。
口から血を吐き、崩れ落ちるオーク。
「まずは一体!」
その背後から、二体のオークがロスカに襲いかかる。
先に左のオークに狙いを定めたロスカは、懐に突っ込んでいく。
不意を突かれたオークは、反応できずにロスカによって一閃。
腹から血を吹き出し、地面に崩れ落ちた。
苦しいのか、うめき声をあげている。
――オークなら複数が相手でも、問題ない。
ロスカは、剣についた血を払う。
気を抜いているわけではない。
だが、なぜだが不思議なほど危機感がなかった。
先ほどロスカに襲いかかったオークが、仲間の死に怒髪天をつかれ、うなり声をあげて飛びかかってくる。
「なんだ! 全然問題なく戦えてるじゃねぇか!」
レオスが、カカカと楽しそうに笑う。
弟子の成長に喜んでいるのかもしれない。
「レオスは戦ってないからお気楽だ、ね!」
言葉に合わせて、オークを斬り伏せる。
最後に残ったオークは、ロスカとにらみ合った。
このオークはこの群れのボスのようで、他よりもガタイがいい。
それにこのオークだけ、皮の鎧を着けている。
一撃で仕留めることは難しいだろう。
両者にらみ合い。
ロスカが剣を握りしめた。
ボスオークが鋭い突進。
速い。
だが、避けられない速度ではない。
どれだけ装備で固めても、この程度の攻撃なら問題ない。
ロスカが身を躱そうとしたとき、足が動かなかった。
慌てて足下を見る。
先ほど腹を斬ったオークが、ロスカの足を掴んでいた。
引き剥がそうにも、力の強さでオークには適わない。
剣で、両腕を斬り落とす。
顔を上げると、ボスオークは目前に迫っている。
――よけられない!
ロスカは、ボスオークの大剣が自らを貫く覚悟をした。
思わず、ぐっと目をつぶる。
轟音。
しかし、ロスカにその衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、オークの刃が空中で止まっていた。
防御魔法。
青色の盾が、攻撃の手を止めていた、
「ロスカ! 誰が戦闘中に目をつぶっていいなんて教えた!!」
怒号が空気を震わせた。
ボスオークすら怯んで、数歩後退した。
ロスカは、一瞬自分に言われた言葉だと気付かなかった。
この戦闘の中、怒られている。
「例え斬られて死のうが、剣士が戦いから目逸らすな! 命を奪う相手から目をそらすな!」
レオスの言葉に、ロスカはハッとして敵を見据えた。
剣を教わる前に、一番始めにレオスから教えられたことだった。
剣を振れば、命を奪う。だから相手には、最高の敬意を払え。
相手は自分と違って、死にたいと思っていない。
生きるために戦っているのだ。
――みんな、私と違って死にたくないんだ。
ボスオークも、しっかり大剣を構えている。
ロスカを倒し、生き残るために。
いくら相手が魔物であろうと、一生懸命生きて戦ったことに敬意を――。
またボスオークが先に動いた。
突進からの刺突だ。
「それはさっきも見たよ!」
今度こそロスカは、この突進ひらりと躱した。
そして、オークの右腕を落とす。
オークは痛みで絶叫し、数歩後退した。
そこに息つく間もなく、ロスカは踏み込んだ。
「痛い思いさせてごめんね。今、楽にするよ」
ロスカは、そのままオークの首をはねた。
「……ねえ、レオス」
「……なんだ」
二人の間に、重苦しい空気が流れる。
レオスは、まだ怒っているようだ。
だが、ロスカはこのまま話を続けた。
「戦いって難しいんだね」
相手に苦しみを与えずに戦いを終えるには、相当な技量が必要になる。
相手が強ければ強いほど、どんどんそれは難しくなる。
先ほどの戦いでも、一度ボスオークに必要のない痛みを与えてしまった。
「そうだな。だから、毎日必死に強くなるために努力するんだ」
レオスには、ロスカの考えていることがわかっているようだった。
「レオス、私頑張って強くなるね」
「ああ。俺がしっかり鍛えてやる」
レオスのその言葉には、もう怒りはなかった。
「お嬢さん、とんでもなく強いんですねえ」
そこに、間の抜けたような声が飛び込んできた。
御者が恐る恐る馬車から出てきた。
背の小さい男だった。
ロスカがあと数年で身長を追い越してしまいそうだ。
その割に横には大きく、着ているシャツのボタンが苦しそうにしていた。
顎髭は真っ白で、帽子からも同じように真っ白な髪が見える。
「よぉ、おっさん無事かぁ?」
転がるオークたちの亡骸を見て驚いていた男は、レオスの声にキョロキョロと辺りを見回す。
「ど、どこから聞こえてるんだ?」
「驚かせてごめんなさい。この石が話してるの」
「石? 喋る石なんて珍しいですなぁ」
男は、レオスが話す石であることをすんなりと受け入れたようだった。
驚かない人間は、初めてのことだ。
「おっさん、意外と肝座ってんなぁ」
ロスカはふと先ほどの戦いで気になったことを口にした。
「それよりレオス。さっきの防御魔法って……」
「あぁ。俺が使った魔法だ」
レオスは肯定した。
話すだけでなく、魔法も使える石。
レオスへの謎はどんどん深まる。
魔法について詳しく聞こうとしたロスカの手を、男はぎゅっと両手で掴んだ。
人の良さそうな笑みを浮かべている。
「本当にありがとうございます。お嬢さん。あなたは私の命の恩人です。本当にありがとう」
ありがとう。
ロスカは、その言葉で涙がこぼれ落ちそうだった。
生まれて初めて、人から受けた感謝。
暖かくて、心地よい。
村のみんなにもこうやって感謝してもらいたかった。
ロスカは、過去の自分を抱きしめたくなった。
そして、励ますのだ。
もう少し頑張れば、こんなに素敵な気持ちになれるよ、と――。
ロスカの顔に、笑顔が浮かんでいた。
花が咲いたような、とびっきりの笑顔だった。
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