39.レオスの過去⑥
「ナ……リア……」
レオスは頭を動かして、ナリアの存在を探した。
ナリアはレオスのすぐそばにいた。
同じように、土柱に突き刺さって。
レオスの鼓動は、大きく早くなっていた。
後ろで、アーシェラの悲鳴のような声が聞こえる。
しかし、なんと言っているのか聞き取ることはできなかった。
愛する人も守ることができず、味方の足を引っ張って死ぬ。
レオスの心は、絶望でいっぱいだった。
それでも、一緒に逝くことができるのは不幸中の幸いか。
次に目を開けたときには、美しい青空が広がっていた。
そして、レオスを心配そうにのぞき込むセリオンとアーシェラの顔。
「ナリア……」
レオスが声を出すと、大きく咳き込んだ。
喉がカラカラに乾いて、かすれた音しか出ない。
アーシェラがレオスの頭を起こして、そっと口元に皮の水筒をつける。
レオスの喉に、潤いが戻るとやっとはっきりとした言葉が紡がれた。
「ナリアは?」
二人はその名前を聞いて、顔を曇らせた。
レオスには、それだけでわかってしまった。
――ナリアの傷は、致命的だった。
そして、それはナリア本人が治療しなければ助かる方法はなかった。
しかし、治っていたのはレオスの体だった。
あんなに穴の開いた体は、綺麗に塞がっている。
痛み一つない。こんなに高度な回復魔法を使えるのは、ナリア以外にあり得ない。
ここまでわかっていても、レオスの頭は現実を拒んだ。
レオスが辺りを見回すと、すぐそばにナリアがいた。
真っ白だったローブが、真っ赤に染まっている。
レオスはすぐに体を起こして近付いた。
視界が一瞬暗くなったが、構わずにナリアの元へと向かった。
ナリアの顔は綺麗に汚れを拭かれていて、体を見なければ眠っているように見えた。
胸の上で組まれたナリアの手に、レオスはそっと触れた。
氷に触れたように冷たい。
彼女の指の関節も、凍りついたように動かない。
固く閉じられた口も、瞼も、もう二度と開くことはない。
もう二度と、レオスの名前を呼ぶこともない。
レオスの頬に、一筋涙が流れた。
ぽたり。
滴がレオスの右手に落ちた。
「あんた、何してるのよ!」
気付けばレオスは、拳を握りしめて自分の頬を思い切り殴っていた。
アーシェラが、レオスを止めようと右腕を掴んだ。
それでもレオスは、自分の頬をもう一度殴る。
アーシェラの力では止められない。
レオスがもう一度殴ろうと、拳を振り上げた時だった。
そのまま拳は動かなくなった。
レオスが顔をあげると、セリオンが拳を掴んでいた。
「せっかくナリアが最後の力で治してくれた肉体だ。大事にしてくれ」
「そうよ、レオス。あんただけでも無事でよかった」
セリオンの表情は、いつもと変わらない。
アーシェラの頬には涙の跡があるが、それでもレオスを責める言葉は一つも出てこなかった。
それがレオスの心を余計に追い詰めた。
「全部俺のせいだ!」
レオスは頭を地面に叩き付けた。
「俺が、ナリアは俺が守らなきゃいけなかったのに! 全部、俺が……」
レオスは拳を何度も叩き付けた。
愛する人一人守り抜けないこの拳など、必要ない。
今は痛みが心地よかった。皮膚が裂け、傷口に土が入る。
それでも、辞められない。
もっと痛みを。
ナリアを守れなかった自分に、罰を。
そんなレオスの前に、セリオンが片膝をついて優しく肩を掴んだ。
「悪いのは僕だよ。レオス」
レオスはセリオンを見上げた。
セリオンの表情は、何も変わっていない。
悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもない。
一体何を考えているのか、レオスには何一つわからなかった。
それでも、セリオンはレオスのように下を向いてはいない。
前を見据えているのだけはわかる。
「今後は、全部僕がやる。ナリアを死なせて、レオスも失うところだった。もう二度と同じ失敗はしない」
セリオンの言葉は、決意だった。
レオスに言っているようで、きっと自分自身に言っている言葉だ。
レオスはこのときのことを、心底後悔している。
ナリアを守れなかったこと、ここでセリオンの言葉を否定しなかったこと。
ここで否定していれば、何か違う未来になっていたかもしれない。
その後、魔王戦に至るまでレオスとアーシェラが戦闘に参加することはなかった。
全てセリオンが、独りで戦った。
セリオンはそれで仲間を守っていたつもりだった。
だが、魔王はそうはいかなかった。
レオスとアーシェラは、そこで命を落とした。
死ぬ間際に、二人はセリオンの装備となった。
レオスは聖剣に、アーシェラは鎧に。
ずっとセリオンは孤独に戦ってきた。
二人は、セリオンを独りにしない。
ずっとそばで支えていく。
その気持ちが形になったものだった。
魔王を倒すことはできた。
国では、勇者として崇められることになった。
天才だなんだと持て囃されても、守りたい仲間を全員失うことになった結果は変わらない。
セリオンの心はそこで閉ざされてしまった。
ただひたすらに、剣を振るうだけの人形となった。
その後、神に認められたセリオンは半神となる。
老いはなくなり、病にもならない。
それから千年、ずっとレオスはそんなセリオンを見守ってきた。
話しかけることも、背中を叩いてやることもできない。
セリオンが段々、心も記憶もなくしていくのをただ隣で見守ることしかできなかった。
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