38.レオスの過去⑤
オルダナ火山は、まさに魔物の巣窟だった。
三歩進めば、魔物が姿を現す。
これほどの魔物の数を見たのは、レオスも初めてだった。
ほとんどが一撃で済むような魔物ではあるが、それでも骨が折れる。
深夜に出発して、頂上に着いたのは日が昇り始めた頃だった。
朝日が目にしみる。
しかし、日の光はある形に影を落とした。
あれは蜘蛛……?
「避けろ!」
セリオンは叫んで、大剣を抜き放った。
レオスも咄嗟に剣を抜き、目の前に迫る何かを斬り伏せた。
地面に散らばった物に目をやる。
飛び散った粘液のような物は、岩肌をシュウシュウと音を立てて溶かしていた。
アーシェラが咄嗟に使った防御の魔法も、同じように溶けている。
影が話し始める。
「人間ども……。ここから先へは行かせぬぞ……」
腹の底に響くような声が、ゆっくりと近付いてくる。
近付くにつれ、その影の姿がはっきりとしてきた。
真っ黒な体の蜘蛛だ。
たくさんの複眼が、四人のことを捕らえている。
そして何より驚くのが、その大きさだった。
四人が横に並んでも、それよりも大きな横幅。
この中で一番大きいレオスでも、蜘蛛の足にすら届かない。
「お前は何者だ」
セリオンが問う。
「私は魔王様の配下、スカルド……。何人も魔王様の元へは行かせぬ」
スカルドはそう言うと、また先ほどの粘液を飛ばしてきた。
セリオンは跳躍して躱し、スカルドの元へと向かっていく。
レオスはそのまま粘液を斬り伏せようとしたが、なんだか剣が軽い。
「レオス!」
アーシェラの声とレオスが気付くのは、ほとんど同時だった。
剣が溶けている。
「ちっ!」
レオスは舌打ちをして、粘液から身を躱す。
攻撃には当たっていないが、手に持った剣はもうすっかり形を失っていた。
今まで一緒にやってきた戦友を失った。
レオスは、自分の未熟さを呪った。
「レオス! あんた戦えないなら、ナリアを守ってて!」
アーシェラはそう言って、少し前に躍り出た。
そして呪文を唱える。
すると、どんどん炎の弾ができる。
近くにいるだけで、焼けてしまいそうだ。
レオスはナリアを自分の後ろに庇い、戦闘を見守る。
「レオス……大丈夫?」
ナリアが控えめに、レオスに声をかけた。
それだけで、レオスの心は弾んだ。
心臓もドキドキして、落ち着かない。
ナリアと話すときは、いつもそうだった。
「大丈夫だって、ほら」
レオスがセリオンを顎で指し示す。
彼はもう既に、スカルドの足を何本も切り落としている。
追撃でアーシェラの炎の弾も、スカルドの複眼をどんどん潰していく。
一方的な戦いだった。
「そうじゃなくて……レオスの剣、溶けちゃったから、落ち込んでないかなーって」
不安げに見つめる瞳が、レオスにはとても輝いて見えた。
戦闘中だというのに、楽園か何かにでもいるようだ。
「心配してくれてありがとな」
レオスがお礼を言ったその時、セリオンが最後の足を切り落とした所だった。
これで戦闘は終わりだろう。
セリオンが剣を突きつけて、魔王の居場所を問いただしているのが聞こえる。
それでも蜘蛛の魔物は、何も答えない。
アーシェラは何が起きてもいいように、また炎の弾を準備している。
沈黙が流れた。決して長い時間ではない。
吸って吐いて、呼吸をするくらいの短い時間だ。
その間に、蜘蛛の姿は蟻のように小さくなった。
そして、一瞬にして黒い姿を形作る。
ぐんぐんとその影は大きくなっていく。
足下は、先ほど切り落とした蜘蛛の足がある。
しかし、その背中には人間のような形が見える。
四人は呆然とスカルドを見つめる。
漆黒のシルエットが、徐々に色づいていく。
そして完成した姿は、ザルディアの騎士の姿だった。
レオスの眉間に、深い皺が寄る。
あの魔物は、人間を愚弄している。
アーシェラもそう思ったのか、炎の弾がスカルドを襲う。
「ほう。人の姿でも容赦なく攻撃するとは」
剣を抜いた蜘蛛の上の騎士の口が動く。
「黙れ! その騎士はそんなことを言わない!」
「ほう。知り合いだったのかね?」
「違う! だが俺たち騎士は、そんなことを言わない! 当たり前だろ!」
レオスは駆け出した。
頭の中で、今すぐこの魔物を殺せと繰り返されている。
武器もないが、この魔物には、一発入れてやらないと気が済まない。
レオスを見て、騎士の姿はにやりと笑った。
人間のする表情ではない。
そこにあるのは、負の感情だけだ。
セリオンがレオスよりも先に、スカルドに斬りかかった。
それを受けたのは、背中にいる騎士だ。
両手に剣を持って、セリオンの一撃を受け止めている。
スカルドの蜘蛛の体は、その間に力をため込んでいる素振りを見せる。
まずい。
何かをするつもりだ。
本体に何かダメージを与えないと。
レオスは走った。
あと五歩。
四歩。
三歩……。
振り上げた拳は、スカルドに届くことはなかった。
スカルドから無数の糸が鞭のようにしなって向かってきたからだ。
レオスはなんとか、足を踏ん張ってその場に踏みとどまる。
そして、振り返ってナリアに向かって走り出した。
ナリアは自分を守る術を持っていない。
レオスは矢のように走って、ナリアの前で防御魔法を展開した。
間一髪間に合って、二人は無傷でこの攻撃をしのいだ。
スカルドを見ると、その背中にある兵士の顔が、にやりと歪んでいた。
その瞬間にも、スカルドの足がセリオンに斬られているというのに。
その時、足下にわずかな振動を感じた。
レオスはナリアを抱えて、避けようとした。
しかし、地面から何本もの尖った土柱が出てくるのが先だった。
「レオス! ナリア!」
セリオンの悲痛な叫び声が、響き渡った。
レオスの口からは、大量の血がこぼれ落ちる。
ああ、油断した。
レオスは冷静に、そんなことを考えていた。
彼の腹には、土柱が貫通している。
他にもあちこちに土柱が貫通して、操り人形のように吊されていた。
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