32.裁き
「ああ、俺は構わないぜ」
レオスがそう返事したので、ロスカは胸のホルダーから外して男に手渡す。
ローブの男は懐から眼鏡を取り出すと、レオスをまじまじと見た。
「おい……そんな見るなよ……照れるぜ」
レオスの軽口にも、男は反応しない。
ただ色んな角度から見たりしている。
ローブの男は控えている執事を呼ぶと、何かを耳打ちした。
それを聞いた執事は一礼すると、大広間から出ていく。
男はレオスを手放さない。
ずっと手に持ったまま、何かを待っている。
「あの、レオスになにかありましたか?」
「いや、珍しい石だなと思いまして。詳しい者がいるので、少しお待ちください」
違和感のある対応ではあるが、ロスカは引き下がるしかなかった。
まだ何かされたわけではない。
それで、わざわざ位の高そうな男を不快にさせるわけにはいかない。
ロスカの頭の中では、様々な考えがめぐっていた。
嫌な予感は当たっていたのかもしれないという考えがぬぐえないのだ。
すると、大広間に執事と白衣の男が現れた。
頭は白髪で、分厚い眼鏡をかけている。
その老人はロスカたちの元へ来ると、ローブの男に話しかけた。
「それで? その喋る石とは?」
「博士。ご足労いただきありがとうございます。こちらなのですが」
差し出されたレオスを博士は奪うようにとった。ロスカの眉間に皺が寄る。
「おい。俺を雑に扱うなよ」
「ほほう。本当に喋るのじゃな。おもしろい。おもしろいぞ!」
博士は、白衣のポケットから虫眼鏡を取り出した。
それで、レオスを見る。
すると、その虫眼鏡になにか文字が書かれたのが見えた。
「なんと!」
その文字を見るなり、博士はこの大広間中に響くような声で驚いた。
まだ残っていた者たちは、一気に博士を見る。
「こ、この石は……フェデリス石じゃ!」
博士の言う石に、ロスカは心当たりがなかった。
聞いたこともない。
だが周りはそうではないようで、ざわめきが聞こえる。
「間違いないんですね?」
「わしの『鑑定くん』が言うんじゃから間違いない! これはフェデリス石じゃ!」
博士がそういうと、ローブの男は腰のホルダーから杖を取り出した。
そして、その杖はロスカに向けられた。
「……どういうつもりですか」
ロスカは低い声で、ローブの男に声をかける。
今は丸腰だ。
剣は門番に預けてしまっている。
魔法で対抗しようにも、相手は魔法使いのようだ。
ロスカの魔法の腕では、この男を圧倒するのは難しいだろう。
ロスカはテーブルを見る。食事用のナイフがある。
「あなたにとっては相棒とのことで、残念な結果となるでしょうが、この石は失われたとされるフェデリス石と呼ばれるものなのです」
ロスカには、聞きなじみのない石の名前だ。
だが貴重な石なのは間違いないのだろう。
「それがなんだっていうのですか」
レオスは、ロスカにとっても大切な存在だ。
それがどれだけ貴重なものであろうと、ロスカには関係ない。
「この石で作った勇者様の聖剣が、五年前に壊れてしまったのです。この石でなければ、勇者様の攻撃を耐えられる剣はありません」
ローブの男は、肝心なことを言わなかった。
何を言われるのか、ロスカは想像がついていた。
だがそれでも、ロスカは神に祈るしかなかった。
自分に向けられた杖も、レオスが貴重な石であるということも、全てが間違いであることを。
「このレオス殿は、我々が回収します。あなたに拒否権はありません」
ローブの男は、はっきりとした声で言った。
予想はしていたが、実際に言葉にされると、胸をえぐられたような感覚に陥った。
次はロスカが炎そのものになったような気分になった。
頭の中も、体も沸騰している。
その状態でも理解していることが、この男がレオスを殺そうとしているということだった。
ロスカの殺気に、男は魔法を唱えた。
すると、ロスカの足元に水の渦ができ始める。
辺りの人間たちは、慌てて大広間から逃げ出し始める。
いつの間にか、王の姿も消えていた。
渦はどんどん大きくなっていき、ロスカの腹あたりまで成長している。
彼女を動けなくするつもりなのだろう。
ロスカは足に力をためると、真上に跳躍した。
そして着地したところで、テーブルのナイフを数本回収する。
その内の一本を男に向かって投げつける。
男は先ほどの水を自分の周りにまとわせると、ナイフを水で飲みこんで無力化する。
ローブの男の周りに、近衛兵たちが剣を構えて集まった。
ロスカには剣がないし、分が悪い。
レオスを持った博士も、大広間から出て行ってしまった。
ローブの男が何か呪文を唱えている。
ロスカも魔法に対抗するべく、呪文を唱える。
「リゼル・テ……」
一拍早く男が魔法を唱えた。
一瞬光が辺りを満たした。
次の瞬間には、ロスカの体に衝撃が走る。
意思とは関係なく、体が痙攣する。
痛い。
熱い。
焼ける。
苦しい。
息ができない。
気付けばロスカは地面に倒れこんでいた。
自分に何が起こったのか、何一つとしてわからなかった。
「ほう。『裁き』を受けて、まだ生きているのか」
ローブの男が、ロスカを見て言った。
四年前、レオスから説明された『裁き』を受けたのか。ロスカは鈍る頭でなんとか理解した。
「……このまま生きているのも苦しかろう」
ロスカの鼻先に、男の杖が向けられる。
目の前に魔力が凝縮しているのがわかる。
死がロスカの肩を叩いている。
だが、ロスカの頭は、もう何も考えられなくなっていた。
その時、大広間の扉が勢いよく開いた。
「ちょっと待ったー!」
いつかのような言葉が、大広間に響き渡った。
「レ……」
もうレオスの名前を呼ぶこともできない。
喉からは声ではなく、ただひゅうひゅうと息が漏れる音がするだけだ。
すぐにせきが止まらなくなって、口からはどす黒い血があふれ出る。
どうにか体を起こそうと、ロスカが自分の手を見た。
そこには皮がなくなり、肉が真っ赤になった手がある。
全身にひどい火傷があるようだ。
しかし、痛みは何も感じない。
「ロスカちゃん!」
ダリオが駆け寄ってくるのが見える。
その後ろを博士が、レオスを連れていやってきている。
レオスがロスカにとってどれだけ大切か、わかってくれたのかもしれない。
淡い希望を持つのをやめられない。
「大丈夫? 今治すからね!」
ダリオが回復魔法を発動しているのが見える。
それをローブの男も、兵士も誰も邪魔はしなかった。
「ロスカ!」
レオスの声が聞こえる。心配してくれているみたいだ。
まだレオスが、何かを話している。
でも、もう何を言っているのかわからない。
そのままロスカは、意識を手放した。
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