26.決着②
兵士が左手を出している。
その手には、人差し指と中指がない。
ヨマ婆の店に来たときは、手袋をしていたのでロスカは気付いていなかった。
彼はもう剣を握れないのに、ここに来たのだ。この瞬間を見届けるために。
「ふざけるナ! どうして僕が! 僕がああアああ!」
ロスカはスカルネがしていたように、ゆっくりゆっくりと向かっていく。
この真っ赤な剣は、ベイルのものだ。
ヨマ婆がベイルのために特注したと話していた剣。
ベイルはこれを見て、自分を取り戻したのかもしれない。
「おおおオオい! よよ寄って集って、ぼぼ僕を、イジいじメテ、楽しいいイいカ? そそそれで僕ををを殺して、ホントウに、満足カ? おおおおお前まえまえの、実力じゃ、ないないないんダゾ!」
スカルネは、もうまともに話すこともできないようだった。
人間の姿がなければ、本来は話すこともできないような存在。
その二人に反逆されていれば、当然のことだ。
ロスカは痛む足を引きずって、一歩一歩近付いていく。
この魔物に、一体どれだけの人が殺されたのだろう。
涙を流したのだろう。
こんなことを言うような、小さい存在に、一体どれだけの人たちが……。
スカルネの体全体が、黒い液体に変化し始めていた。
スカルネの本来の姿は、スライムだ。
この蜘蛛の姿すら、仮初めの存在なのだ。
スカルネの前に立つと、黒い液体の奥に淡い桃色の核があった。
それがどくんどくんと脈打っている。
「わわわワカッタ! あややや謝るカラ! 殺さないないイいいで!」
その言葉を一体何人の人間が、この魔物に言ってきたのだろう。
そして無視され続けてきた。それが今回、自分自身に回ってきただけだ。
「さようなら」
ロスカは、剣を構えて突き刺した。
核は深いところにある。
右腕ごと、スカルネの中に入ってしまった。
腕が焼ける。スライムの消化液が、ロスカの細胞たちを溶かし始めた。
だがそんなことでは、この剣は止まらなかった。もう痛みはない。
そして、核は砕かれた。
スカルネは一度びくんと痙攣すると、蜘蛛の形もベイルやラシルの姿も崩れて流れていった。
ロスカの手元に残った剣も、見るも無惨なほどにボロボロになっていた。
赤い色は消え去り、根元から今すぐに折れてしまいそうなほどに細く小さくなっていた。
「ありがとう。ベイル」
この言葉を待っていたかのように、剣は役目を終えて、錆の砂となって風に乗って行った。
「ありがとうございました」
兵士がロスカに頭を下げていた。
「我が弟の敵を取ってくださったこと、生涯忘れません!」
ロスカは頭を上げてと口を開こうとした。
しかし、思いとどまった。
兵士の肩が、小刻みに震えている。
「あなたやラシルがいなければ、死んでいたのは私だったよ。こちらこそありがとう」
ロスカはそう声をかけると、その場を離れた。
今はきっと一人になりたいだろうから。
「おーい! 俺のこと忘れてないよな?」
遠くでレオスの声がする。
ロスカは、急いで声の元に向かう。
足がうまく動かないのが、もどかしい。
「レオス!」
やっとたどり着いて、レオスをそっと抱える。
よく見ても傷はない。
ロスカは胸をなでおろした。
「無事でよかった……」
安心した途端に、足や肩の痛みが体中に響きわたった。
次に感じたのは、猛烈な寒気だ。
途端に力が抜けて、体が倒れる。
「おい! ロスカ!」
レオスの声が聞こえる。
心配させてしまった。今すぐ起きないと……。
暗くなる視界の中でロスカは、光を見た。
洞窟の中から、青い光が漏れていた。
そしてその光を不思議に思う間もなく、ロスカの意識は途絶えた。
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