22.絶望
瞬間、ぞわりとした感覚がロスカの背筋を走る。
勘が逃げろと言っている。
慌てて跳躍する。
だが、間に合わなかった。
足に焼けるような痛みが走る。
痛みでうまく着地できずに、地面に崩れ落ちるロスカ。
レオスも手から離れ転がる。
「ロスカ! 大丈夫か!」
先ほどロスカのいた場所を振り返ると、地面に突き刺さる蜘蛛の足があった。
倒したはずの魔物が動いている。
蜘蛛の背中には、先ほど首を跳ね飛ばした偽の兵士もいる。
もちろん、首がある状態で。
倒れたふりをされたのか。
ロスカは、改めてこの魔物の知性に驚いた。
死んだふりをする魔物はいるが、人間から見ればわかるものばかりだ。
そもそも会話ができる時点で、普通の魔物とは一線を画しているのだ。
ロスカは自分の甘い考えに苛立った。
「んも~あともうチョットだったのニ~」
魔物は地団駄を踏む。だが図体の割に、軽い音が鳴る。
蜘蛛特有の足さばきだからなのか、それとも見た目の割に体重が軽いのか。
ロスカははっとして転がった首を探す。
そこには、黒い水たまりができているだけだ。
首はどこにもない。
この黒い水たまりは、首だったものだろうか。
その時、レオスが勢いよく魔物に引き戻される。
また糸だ。
すぐにロスカはレオスが連れて行かれないように、捕まえようとした。
しかし、痛みが邪魔をする。
見ると、左足はざっくりと切れて大量の血が流れていた。
傷を認識すると、途端に先ほどまで感じていなかった常習的な痛みがロスカを襲う。
「レオス!」
名前を叫ぶのが、今のロスカにできる精一杯だった。
左足には、力が入らない。
どうやら筋肉まで切られたようだ。
踏み込みがもうできない。
どこか他人事のように状況を考えているロスカがいた。
しかしその思考に至って、顔から血の気が引いていく。
左足は、ロスカの軸足だ。
全ての攻撃の基盤になる場所だった。
「ロスカ! 俺のことはいいから戦いに集中しろ! こいつは魔王の一味だ!」
さらに魔王の一味という言葉。
これが本当のことであれば、今のロスカには勝ち目はない。
「あーぁ。まだバラしたくなかったのにナァ。まあいいカ。僕は魔王様の配下、スカルネだヨ~。よろしくネ!」
また偽の兵士の姿で、スカルネは嫌な笑みを浮かべている。
勇者しか倒せないとされる魔王の配下。
ロスカは改めて、目の前の敵が強大だということを実感した。
ロスカは剣を構えた。その剣先は小刻みに震えている。
ロスカは、オーガと戦った時にも同じことがあったなと苦笑する。
だが、前と同じようにこの震えは痛みからくるものか、それとも――……。
「その人型の部分は、攻撃しても無駄なんだね」
ロスカはわざと大きな声でスカルネに問いかける。
「さァどうだろうネェ~?」
スカルネは、相変わらず無邪気に笑う。
返答の内容はどうでもよかった。
声を出すと、気持ちが変わる。
そんなことをレオスに教えてもらっていたからやってみたのだ。
確かに、レオスの言うとおりだった。
現状は何も変わってはいないが、少し心の重りがとれたようだ。
レオスの教えがもう一つある。
技術で負けていても、気持ちで負けるな。
ロスカは、スカルネにニヤリと笑って見せた。
これがロスカにできる精一杯の虚勢だった。
そこから何の予備動作もなく、無数の糸が雨のように降ってきた。
ロスカは慌てて後退する。
だが、左足のせいで動作が遅れてしまった。
何本かの糸は、ロスカの体にまとわりついている。
「ヴェント・リーヴァ」
風の刃でロスカにまとわりつく糸を切断する。
残った風の刃は、スカルネを襲った。
だが案の定、固い体は全てを弾いた。
だが、風の魔法であれば糸を切断できる。これは収穫だ。
「リゼル・テラ」
ロスカが呪文を唱えると、スカルネの足下から土の棘が無数現れる。
ロスカはスカルネの弱点は大体予想できていた。
人間の部分が違うのなら、厚い甲羅で守られた蜘蛛の胴体しかない。
そこに、スカルネの心臓はあるはずだ。
体の表面ではなく、腹ならば他の部分よりは柔らかいだろう。
ダメージを与えられるかもしれない。
そこを狙ったが、スカルネは糸で岩にぶら下がってかわす。
その糸を風の魔法で切る。
そして、落ちてきたところを土の魔法の棘で狙う。
スカルネはまた糸を伸ばしてそれをかわす。
これの繰り返しになった。
「ぜ~んぶ無駄なんダヨ? どれだけ考えたってネ。だって僕は感情が読めるんダカラ」
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