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勇者の落としもの  作者: 永久福
第3章

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21.過去の片鱗②

 


 偽の兵士の表情が急に消えた。


 そこには怒りも、悲しみも何もなかった。


 ――ただひたすらに、底が見えない。


 そして、レオスがこの魔物の家族を殺したという言葉。


 ロスカには、それを想像できなかった。


 レオスはただの石で、確かに魔法も使えるがそれは防御魔法のみだ。


 何かを隠してはいるが、レオス本体が動けないのにこの魔物の家族を殺せるだろうか。


 いや、それができるならこんな状況にはなっていないはずだ。


 ロスカの頭の中で、様々な考えが高速で飛び回っていた。


「だから、コイツの前で君という大切なソンザイを殺してやりたいんだヨ。だから、君を食べたりはしないンダ」


 偽の兵士はずっとレオスを向いている。


 しかし、蜘蛛の体にある八個の目は、確実にロスカを捉えている。


 不意を突いてレオスを助け出すことも考えたが、難しいだろう。


「じゃあこれからロスカサンのコト、殺すネ。そのあとに殺してやるから首洗って待ってろヨ~」


 ケラケラと魔物は笑ってレオスに言った。


 心底人を不快にするような笑い声だった。


 だが、もっと不快なことがあった。


 レオスを殺すと言われたことだ。


 先ほどまでの腹の中にあった黒く渦巻く激情が、ロスカの中で燃えさかった。


 炎が内側から、体を焼き尽くそうとしている。


 早くこれをあいつにぶつけなくては。


 この魔物の口を閉じたい。


 後悔させたい。


 懺悔させたい。


 はやく。


 ――はやく、息の根を止めたい。


 ロスカがそう感じたときには、もう体が動いていた。


 姿勢を低くして、魔物の足を狙う。


 いつもよりも鋭い動きだった。


 力に身を任せたような強引なもの。


 だがそこに無駄はなく、洗練された一撃だった。


 そこにあったのは、相手を殺す意思だ。


 だが魔物の足に当たっても、それは大きな音を立てただけで、傷一つつかない。


 やはり固い。


 激しい感情の中でも、冷静に状況を見る自分もいる不思議な状況だった。


 まるでもう一人の自分がいて、あるべき場所にロスカを操作しているような全能感がある。


 ロスカめがけて、魔物の反対の足が飛んでくる。


 普段なら躱すような攻撃を、ロスカはそのまま剣で受け止めた。


 そしてそのまま、剣先へと受け流す。


 するりと魔物の足は横に流れていく。


 力の動きが、手に取るようにわかる。


 周りの動きも、なんだか遅く感じる。


 まるで、心地の良い水の中にいるような感覚。


 魔物のバランスがほんの少し崩れたのも、ロスカにはわかった。


 今ならこの魔物も斬れる。これは確信だった。


 ロスカは受け流した剣を返して、そのまま魔物の足の関節に叩き込もうとした。


 もう一人の自分が姿勢も力の入れ方も、今までにないほど完璧だと言っていた。


 だがこの魔物は、一筋縄ではいかなかった。


 ロスカの目の前にレオスを突き出したのだ。


 ゆっくりと剣先がレオスに近づいていく。


 このままでは、斬ってしまう。


 その瞬間、二つあったような意識が元に戻った。


 ロスカはレオスに剣が当たらないよう空中で身をよじり、地面に転がる。


 危うく自らの手でレオスを壊してしまうところだった。


 ロスカは、立ち上がり魔物をぎろりと睨んだ。


「許せない。よくも私にレオスを殺させようとしたな……」


 その目は、子供がするような目ではなかった。


 憎悪が宿っていた。


 かつての村人も、ロスカがこの目をしていたらあんなことはしなかっただろう。


「あははははは! いいネェ! 楽しくなってきたネ」


 だが、相手は魔物だ。


 そんなロスカを見ても、楽しそうに笑う。


 ロスカは咆哮を上げて、魔物に斬りかかる。


 体が止められない。


 どうにかして、この魔物に打撃を与えないと気が済まなかった。


 先ほどの全能感はもうない。


 だが、激情だけはずっと増し続けていた。


 ロスカの猛攻は、魔物の二本の脚で防がれる。


 剣は通らない。


 腕を斬れないのなら、魔物の背中にある甲羅は不可能だ。


 しかしチャンスもある。


 中央の脚はレオスをぶら下げていて、封じられている。


 隙をつけばレオスを助けられるかもしれない。


 ロスカは攻撃の手を緩めなかった。


「リゼル・テラ!」


 ロスカは、猛攻の中でも魔法を発動した。


 途端に魔物の足元が崩れ、全ての脚がめり込んだ。


 ――今だ!


 ロスカは狙いを変えた。


 跳躍のあと、渾身の一文字切りが偽の兵士の首を捉える。


 剣が近づいても、にやにやとした気味の悪い笑みは消えない。


 ロスカは、そのまま首を跳ね飛ばした。


 大きく宙を舞い、地面に鈍い音を立てて落ちる。


 そのままゴロゴロとロスカの足元まで転がった。


 魔物の大きな体は、地面に沈んだ。


 ロスカは、すぐさまレオスの元に向かった。


 剣で足につながった糸を斬ろうとするも、中々斬れない。


 粘着力が強いためだろう。


 ロスカは風の魔法を使って糸を切った。


 ついにロスカの手にレオスが戻ってきた。


 この重厚感がこれだけ安心するものだとは思っていなかった。


 心の中の炎は、嘘のようにすっかり消え去っていた。


「もがもがもが!」


 レオスには、未だにたくさんの糸がぐるぐると巻かれている。


 表面の綺麗な緑も全く見えないくらいに真っ白だ。


 ロスカは、剣を収めて、ナイフに持ち替えた。


 この方がレオスを傷つけないように、慎重に糸を切ることができる。


 ひたすらに糸を切って、ようやくレオスの緑が見え始めた。


 その時、隙間からレオスが叫んだ。


「後ろだ!」


ここまで見てくださってありがとうございます。

楽しんでいただけますでしょうか?

もしよかったら感想などいただけるとうれしいです。

見てくれたあなたに、幸せが訪れますように。

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