19.警鐘
「はじめましてぇ〜、ロスカサン」
その時、腕が出ている渦から愉快そうな声が聞こえる。
男が裏声で話しているような声だ。
なぜか言葉の端々で、ぎこちない話し方をする。
「あのねぇ〜、ず〜っとロスカサンのことは見てたんだヨォ」
声はクスクスと笑う。
一体この声の主は何者なのだろう。
「レオスに会いたいんデショ? 会わせてアゲルから、こっちにおいでヨ」
腕がロスカを手招きした。
これは罠だ。
近づいたところを殺すつもりなのではないか。
そう思うと近づけない。
そんな感情を腕は察したのか、さらに愉快そうに言った。
「大丈夫。コッチに来ても殺したりしないヨ? 僕はタダ、顔を合わせてオハナシしたいだけなんダァ」
「話?」
「そうソウ。お話ダヨ。簡単デショオ?」
「信用できない」
ロスカはばっさりと腕の提案を拒絶した。
明らかに相手は人間ではない。
話せる魔物の存在を初めて見たが、信じていいわけがない。
「あー、じゃあ声聞かせルヨォ」
そういうとまた渦からもう一本の腕が現れた。
腕の先に何かが糸でぶら下がっている。
「もががもがもがもがーーーー!!」
レオスだ。糸で何を言っているのかわからない。
「レオス!」
ロスカが駆け出そうとすると、レオスをぶら下げた腕は渦の中に消えた。
話をしないと返してくれないようだ。
「ハイ、これでイイデショ〜? 僕は嘘をついてナイヨン」
腕は得意げに言う。間違いない。
この腕の正体が、ヨマ婆の言う化物だ。
何が目的なのだろう。
「僕がコンナニ優しくしてるノニ、来てくれないならァ〜……」
腕は、うーんと考えている。
まるで子供のような態度に、調子が狂いそうになる。
間違いなく、先ほどのオーガよりも凶悪な相手だ。
「レオスを――壊すよ」
今までの楽しそうな雰囲気が消えた。
空気が凍る。
圧迫感で息ができない。
これは脅しではない。
そこには、わずかな怒りの感情と、きっとほんの少し殺気を出した。
だが、それだけで全てを諦めてしまうような圧倒的力があった。
ロスカは固唾をのんだ。
「……わかった。言うことを聞く」
ロスカの言葉で、空気が一気に弛緩した。
呼吸ができるようになる。
今はこの腕がこの場を支配している。
「わァ~! そう言ってクレルと思ったヨ!」
まるでおもちゃを買ってもらった子供のように喜ぶ腕。
状況との差異に、ロスカの頭は混乱してしまいそうだった。
「じゃあロスカサン。コッチにきて、僕の腕につかまってネ!」
ロスカは言われた通り、腕の元へ近づく。
この腕には、未だにオーガの血がついている。
おそるおそるその腕に捕まると、ぬちゃっと音をたてる。
ロスカの眉間に、大きなしわが寄る。
腕には小さな毛が生えていて、ロスカの手にちくちくと刺さる。
腕はそのまま渦の中にずるりと入った。
ぐいっと大きな重力がかかる。
そして、世界がぐにゃりと回るような感覚。
目が回ったようになり、ロスカの胃は悲鳴を上げていた。
突然その感覚が消え、投げ出される。地面に足がついている。
そのまま数歩進んで、ロスカは腹の中の胃液を吐き出した。
落ち着いてから、辺りを見渡す。
はるか下にベザクの街が見えた。
ここは先ほどと同じ場所ではない。
ロスカは、山の頂上にいた。
頂上は観光スポット故なのか、開けた場所だった。
「人間はヤワだナァ」
ロスカは声の聞こえた方を見る。
そして、驚愕した。
そこには、今まで見たことも聞いたこともないような魔物がいた。
大きな蜘蛛の魔物がそこにいた。
蜘蛛の魔物自体は存在する。
だが、この魔物は全く別物と言ってもよかった。
背中には大きな真っ黒い甲羅を持っていて、体全体もまるで昆虫のように固そうな殻で覆われている。
大きさも、今まで見た魔物の中で一番大きい。
しかし、何より一番目を引くものがあった。
甲羅の上に人間の上半身が出ている。
この人間が、話をしているようだった。
その人間が誰なのか理解できた瞬間、ロスカの心臓は大きく跳ねた。
あれは――
「ベイル……」
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