16.喪失
鳥の声が聞こえる。
目を開けると、ぼやけた視界に木製の天井が写った。
いつもの納屋じゃない。
ここはどこだろう。
確か回収者に選ばれて……。
そこですべて思い出したロスカは、弾かれたように体を起こした。
瞬間、体に激痛が走る。
一瞬、息ができないほどの痛み。
ゆっくりベッドから下りようと体を横に向けた先に、ヨマ婆が椅子に座ってロスカを見ていた。
「どこに行こうとしてるんだい」
それは疑問ではなく、咎めるような言い方だった。
「ヨマ婆、無事でよかった……」
ロスカは心からの安堵のため息を吐いた。
「全く大した子だよ。オーガ相手に向かって行くなんて……。しかも、こうして生きてるなんて」
「ヨマ婆、レオスは? 連れていかれたまま?」
ヨマ婆は一度ふうと息をつくと、あの戦いの後のことを教えてくれた。
ロスカはオーガの攻撃を一歩下がったことにより、何とか頭の直撃は避けた。
それができていなければ、頭を砕かれていたはずだ。
だが、攻撃はそのままロスカの体に当たった。
体がひしゃげて、吹っ飛んでいく。
ヨマ婆は、ロスカはもう死んだと思った。
しかし駆け寄ってみると、ロスカはかろうじて息をしている。
だが、いつ死んでもおかしくないだろう。
この子を死なせるわけにはいかない。
オーガからの追撃が来る。
そう思い、ヨマ婆はロスカに覆いかぶさった。
だが、衝撃はいつまでも来ない。
顔を上げると、オーガは店から消えていた。
慌てて外に出る。
オーガは列をなして、火山に戻る道を歩いていた。
町を見渡しても、壊されたのは銀鹿の角亭だけだった。
二階には被害がなく、床が抜けて落ちそうな気配もない。
ヨマ婆は、ロスカの体を大急ぎで運び、治療を行った。
「あたしが思うに、あのオーガたちの狙いは、あの石だったんじゃないかね」
オーガは、別名人食い鬼と呼ばれている。
本来ならば、人間を目の前にして無視などできるはずがない。
しかも今回は、意識を失って食べごろの人間がいたのだ。
つまり――。
「レオスをさらったのは、火山に住み着いた化物の指示ってことだね」
ロスカが言うと、ヨマ婆はうなずいた。
どうしてレオスをさらったのか。
どうしてレオスの存在を知っていたのか。
疑問はつきない。
それに、レオスが今も生かされている保証はどこにもない。
ロスカたちが町に入ったのを見ていて、物珍しさで持って行ったのかもしれない。
そうなれば、飽きてすぐに破壊されてしまう可能性もある。
こうなれば、居ても立っても居られなくなった。
「ヨマ婆、オーガが来てからどれくらい経った?」
「丸一日だよ」
なんということだろう。
つまり、次の日の朝ということか。
ロスカは痛む体で、ベッドから下りようとする。
しかしその肩をヨマ婆が掴んで止めた。
「動いたらだめだ。兵士様を治した後で魔力がなくて、あんたの体は完全に治りきってない。オーガの攻撃を受けて、内臓も骨もぐちゃぐちゃだったんだ。安静にしてな」
「でも! レオスが!」
「いいかい。あんたの体を治したのはあたしなんだ。命の無駄遣いは許さないよ」
有無を言わせぬヨマ婆の口調に、ロスカは押し黙る。
言葉で説明しても理解してもらえない。
――仕方ない。
ロスカは、ヨマ婆のことを気絶させようと隙を伺う。
しかし、ヨマ婆には全て想像できていたのだろう。
ロスカの腹を軽く小突いた。
「――――っ!」
激痛がロスカの体を駆け抜ける。
思わず、ベッドに倒れこんだ。
「ほら、ちょっと触っただけでこうなるんだ。まだ休んでなきゃだめだよ」
ロスカの視界がまた歪んでいく。
眠い。
抗えない。
瞼が勝手に降りてくる。
ヨマ婆に何かされたようだった。
「そもそもどれだけ元気だろうと、あの火山には行かせたりしないさ」
ヨマ婆が何か言っている。眠すぎて、理解ができない。
そしてそのまま、瞼が閉じていった。
次にロスカの目が覚めたのは、深夜だった。
月明かりが部屋を照らしている。
すっかり夜まで眠ってしまった。
部屋を見渡してもヨマ婆の姿はない。
――今しかない。
ロスカはゆっくりベッドから起き上がった。
足音が鳴らないよう忍び足で、荷物の準備をする。
体は朝のように動かしても痛みは少なかった。
あの後、ヨマ婆がまた回復魔法をかけてくれたのかもしれない。
ゆっくり慎重に階段を下りる。
小さくミシミシと音が鳴り、ロスカは冷や汗をかいた。
一階に下りると、涼しい夜風が吹き抜けていた。
大穴からは月明かりが入り、そこにヨマ婆が立っていた。
「やっぱり行くんだね」
ロスカに背を向けて、ヨマ婆が話す。
表情も見えず、声からもどんな感情なのか読み取ることは難しい。
「……うん。レオスは私の大切な恩人だから。それに、この街の人たちを苦しめる魔物たちも許せない」
ヨマ婆は、ため息をついた。
「オーガにだって勝てないのに、あの化物に勝つって? 笑わせるんじゃないよ」
ロスカは言い返せなくなった。
その通りだ。
今のロスカでは、オーガすら倒せない。
行くだけ無駄なのかもしれない。
「でも黙って待ってることもできない」
「……本当に何を言っても行くんだね?」
「うん。邪魔するなら、力ずくでも私は行く」
またヨマ婆のため息が聞こえた。
心底あきれているのかもしれない。
「ロスカ。あんた魔法は使えるね?」
「うん。簡単なものなら使える」
ヨマ婆は、くるりと振り返りロスカに言った。
「じゃあ教えようじゃないか。オーガに勝つ方法を」
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