14.格上①
兵士は眠っていた。
傷も塞がっている。
だが、失った右腕は戻ってこない。
もう兵士の仕事に戻ることはできないだろう。
「傷自体は塞いだが、失った血まではどうにもできない……。あとはこの兵士様の運だ」
ヨマ婆は額の汗を拭った。
その表情は、まだ険しいものだった。
ここにいる全員で、兵士の体を二階のヨマ婆の部屋のベッドに運んだ。
ヨマ婆は、そのまま兵士の様子を見ているそうだ。
全員が階段で下りていくとき、先ほどまで酔っ払っていた老人がこっそり話しかけてきた。
「さっき、あの兵士の兄ちゃんがベイル様って言っておったじゃろ?
あれは、ヨマ婆の孫のことなんじゃ。あの化物を一人で無謀にも倒しに行ったんじゃよ。
じゃが、もちろん帰ってきてはおらん。一人で倒すなんて無謀じゃ。
お主もそのようなことはしないようにな。黙って討伐隊を待つんじゃぞ」
そう老人はロスカに釘を刺すと、町民と共に店を後にした。
そんなことをするわけがない。
自分の実力は、自分が一番わかっているのだから。
店にはロスカが一人ぽつんと残された。
正確には、カウンターに先ほどからずっとジョッキをかぶせたレオスがいるので二人だ。
しかしロスカは、そのままレオスを置いて二階の部屋で眠りについた。
翌朝、ロスカはヨマ婆の手伝いをした。
兵士の傷自体は問題ないが、ダメージがなくなったわけではない。
高熱が出て、いつどうなるかもわからない状況だった。
水を井戸から汲んで、二階に持っていく。
兵士の額に置いた濡らした布を交換する。
その間、ヨマ婆は少し休めたようだ。
「助かったよ、ロスカ」
ヨマ婆はそう言って、ロスカの頭をわしわしと撫でた。
「ベイルは、あたしの孫でね。娘とその旦那が残した忘れ形見だった。二人とも、ベイルが幼いころに亡くなってね。だから、あたしとベイルずっと二人でやってきたんだ。
本当はあたしが、娘のためにもベイルを守らないといけなかった。
あの子は、騎士になるのが夢でね。だけど、あたしを一人にしないように、その夢を諦めてこの町に残って、店を手伝ってくれた。
だけど、空いた時間で剣の練習をしていたのも知っていた。店に来た客からいらない古い剣や鎧なんかをもらってね。
だからあたしは、せめてと思って、上等な剣と鎧をあげたんだ。ベイルの好きな真っ赤な特注品さ。だてに商人やってないからね。ベイルは本当に喜んでいたよ。町の自警団にも、あともう少しで入れる年齢だからって、この剣と鎧で活躍するんだって息巻いててね。
そんな時にあの化物が山に住み着いた。奴は、魔物を町にけしかけてくる。
だから、自警団が討伐に向かった。だけど、誰一人として帰ってこなかった。
そのあとに、化物自身も山から下りて、町を荒らした。死者も増え、町から逃げる人間も増えた。
そしたら次は、食べ物がなくなって、もっと住民はいなくなった。
そんな現状に耐えられなかったんだろうね。ベイルはあたしに隠れて、一人でオルダナ火山に向かったんだ。自警団の何人も行って、誰一人帰ってこなかったんだ。ベイル一人で勝てるわけがないのに……。
それから、ベイルも帰ってきていない。もしかしたら、一人で隠れて生き残ってるかもしれない。あたしも、そんなわけないってわかってるのに、諦めきれなかったんだ。
だから、あの兵士様にベイルがいたら助けてほしいってお願いしてたんだよ。ばかみたいだろ?
あたしがあんたの立場だったらそう思うさ。生きてるわけないんだから、受け入れて前を見ろってね」
ヨマ婆の声は、かすかに震えていた。
「でも、昨日の言葉を聞くに、ベイルはやっぱりだめだったんだね……。
わかってはいたはずだったんだけどね。
とりあえず今は、この兵士様の看病に夢中になりたいのさ。その方が何も考えなくて済む」
ふっと笑ったヨマ婆に、先ほどまでの力強さはなかった。
「一つ言えるのは、しっかり話し合うことが大事だってことだよ。
騎士の夢をひっそり諦めたときにしっかり話し合うべきだった。ベイルも火山に向かう前に私に相談するべきだった。
私たちは、こうやって何度も何度もこうなる前に、チャンスがあったのに全て無駄にしてきたんだ。
だから、昨日あの石と喧嘩してたろ?
ロスカ。あんたも後悔しないために、しっかり話あった方がいい。あんたたちには、まだ未来があるんだからね」
ヨマ婆の言葉には、重みがあった。
お互い意地になって、何も必要な話し合いができていない。
レオスとは、これが最後の冒険になるだろう。
それなのに、これではあんまりだ。
レオスにも、何かしらの作戦があるのかもしれない。
しっかり話し合いをするべきだ。
それに、暗い場所に一人閉じ込めてしまった。
ひどいことをしてしまったかもしれない。
ロスカは、レオスの元に向かおうとした。
その時、轟音が響いた。
そして、大きな揺れ。
飛ぶように階段を降りる。
ロスカの目に飛び込んできたのは、大量の砂埃だった。
げほげほと咳が出る。
目を細めて、よく見る。
店の壁が大きく壊れ、一体の魔物がいるのをロスカは見た。
右手を腰に持っていき、剣を抜こうとするがそこにはない。
二階の部屋に置いてあるのだ。
砂埃がはれていく。
そこにいたのは、褐色のオーガだった。
今まで戦ってきたどんな魔物より大きい。
オーガは、店の天井に頭がついてしまうので、少し屈んで中に入ってきた。
外にもまだオーガがいるようで、腹の底に響くような足音が聞こえる。
ヨマ婆が二階から慌ただしく下りてきた。
こちらに向かってこようとするのをロスカが手で制す。
「ヨマ婆、私の剣持ってきて!」
ロスカはヨマ婆に叫んだ。
視線はオーガから離さない。
しかし、オーガにはロスカなど眼中にないようだった。
ただ一点を見つめている。
そこにいたのは、レオスだった。
……このままではまずい。
ロスカの顔に、汗が一筋流れた。
オーガはのそのそとレオスに近付く。
持っている棍棒が引きずられて、ガタガタと音を立てる。
その棍棒で、レオスを破壊するつもりだろうか。
剣はない。
だけど、やるしかない。
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