13.不和②
その時、扉がドンドンと叩かれた。
今度は全員の視線が、扉に注がれる。
火山に巣喰う化物かもしれない。
空気が張り詰めていた。
ロスカはカウンターの中に護身用の剣があるのを確認する。
すぐにカウンターを乗り越えて鞘から抜き放った。
いつも使う剣よりはずっと長いが、問題ない。
いつの間にか店にいた全員が立ち上がり、手を扉に向けて戦闘態勢に入っている。
全員魔法で戦えるようだ。
一人の老人が、扉にゆっくり手を伸ばす。
ロスカは固唾を飲んだ。
老人はこちらに一度目配せをして、勢いよく扉を開いた。
するとそこには、一人の傷だらけの兵士が立っていた。
右腕はなく、布で縛って止血している。
残った左手には、真っ赤な剣を持っている。
足も怪我しているのか、立っているのがやっとの状態だ。
他にもあちこちに怪我をしている。
血がポタポタと落ち続けていた。
うつむいているので、兜でよく表情が見えない。
「あんた討伐隊の兵士様じゃないか!」
ヨマ婆はそう言うと、兵士に駆け寄っていった。
「まって! まだ安全とは……」
ロスカがヨマ婆を止めようと手を伸ばしたが、それは届かなかった。
ヨマ婆は兵士の肩を支える。
そして、片手で兜を外した。
すると、美しい金髪が現れた。
癖毛なのか、うねうねとウェーブがかっている。
ロスカはやっとこの兵士が人間だと確信した。
兵士は、頭からも血が流れている。
血を流しすぎたようで、表情は青白い。
「ヨマ様、申し、訳ござい、ません……。ベイル様は、もう……」
兵士は荒い息づかいの中、必死に声を絞り出している。
ベイルという名前が出ると、ヨマ婆の皺だらけの顔がさらにくしゃっと歪んだ。
「誰か! 寝かせるのを手伝っとくれ!」
ヨマ婆は先ほどの表情から一変、鬼気迫るものになった。
その言葉で我に返ったロスカは兵士の背中を支え、その場に寝かせた。
青い瞳が虚なまま、天井を見つめる。
改めて近くで見るとひどい怪我だ。
生きているのが不思議なくらいだ。
「お願い、です……。城に状況、を伝え、てほしいのです……」
兵士はなおも声を絞り出した。
その言葉に、老人たちが髪とペンを持ってやってきた。
「火山前の魔、物の、数は五十以上……。主、は頂上にい、ます……」
オルダナ火山の状況だ。
この兵士は、自分の命がつきる前に全ての情報を伝えなければいけないと思っているのだろう。
ロスカは、一言も聞き漏らすまいと耳を澄ませた。
ヨマ婆は、慣れた手つきで兵士の鎧を外す。
そして、ヨマ婆は兵士の腹に手をかざす。
すると、淡い緑色の光が兵士の体を包んだ。
「両足の骨折に、内蔵も傷ついてるね……」
ヨマ婆は目をつぶっているのに、状況を言い当てていく。
彼女は、そのまま兵士に魔力をこめ始めた。
すると、淡かった緑がどんどん濃い色となっていく。
光もどんどん強いものにかわる。
ヨマ婆は何をしているのだろう。
「能力、は不明……まともに見る前に、全員殉職しました……」
兵士の呼吸が、変わっていく。
荒かった呼吸が、落ち着いてきた。
ロスカははじめ、この兵士が死んでしまうからだと思った。
だがよく見てみると、傷口から流れる血が止まり小さな傷は塞がり始めている。
ロスカはこの光景を信じられなかったが、ヴァルクで聞いた。
これは、回復魔法だ。
「……次の討伐には……小隊以上を派遣してください……」
傷が治り始め話しやすくなったのか、兵士の言葉も先ほどより聞き取りやすい。
ヨマ婆の額には、大粒の汗が流れていた。
これだけの怪我を治すのだ。
魔力の消費も大きいだろう。
だが、代わりは誰もいない。
ヨマ婆には、このまま続けてもらうほかない。
この兵士が助かるよう、ロスカは祈るしかなかった。
「討伐隊の派遣はいらねぇ。俺たちで十分だ」
その時レオスは言った。
「魔物の群れも、火山の化物も、全部ロスカが倒す」
空気が凍った。
今まで不安そうに見ていた老人たちが、ロスカを値踏みするような目で見ている。
その中には、怒りを向けている者もいた。
当然だ。
ずっと自分たちを苦しめているこの状況を軽々しく倒すと言ったのだ。
城から派遣された討伐隊も、たった一人しか戻らなかった。
それをこんな小娘が。
ロスカには、町民たちの心が手に取るようにわかった。
そう思って当然だ。
ロスカはこのレオスの発言で、失望した。
ここまで人の気持ちを考えられないとは思っていなかった。
レオスは、今までロスカの心にずっと寄り添ってくれていた。
言い方は乱暴だが、そこにはしっかりと心があった。
だけど今レオスは、誰のことも考えられていない。
ロスカのことも、ここにいるみんなのことも。
「レオス、そのことは後で話そう。今はそれよりも……」
「いーや。今話すぜ。このままだと急ぎで手紙出すだろ? 無駄になるからやめとけよ。これから……」
「レオス!」
今まで生きてきた中で、ロスカがここまで大きな声を出したのは初めてだった。
慣れないことをしたからか、心臓がいつもよりうるさい。
言いたいことがたくさんあって、その後の言葉が続かない。
ロスカは、レオスを胸のホルダーから外す。
そしてカウンターに置き、近くにあったジョッキをかぶせた。
中の酒が勢いよくカウンターに広がる。
レオスが中で喚いている。
だが何を言っているかはわからない。
「今のレオスは最低だよ! 私がそもそもそんなに強い魔物倒せるわけないでしょ! もっと考えてよ!」
ロスカの悲痛な声を聞いて、レオスは押し黙った。
「それに、ベザクに来るまでに『裁き』を受けた人の話も聞いた! 私だってそれが怖いの! レオスばっかり構ってられないよ!」
一度心の中のことを吐き出すと、それはとめどなく溢れ止まらなくなってしまった。
「……今は、レオスと話したくない」
ロスカはビールジョッキをレオスにかぶせたまま、ヨマ婆の手伝いに戻った。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
よかったら感想などいただけますと、うれしいです。
みなさんに幸せが訪れますように。




