第四章 眠れる神
小章① 物理的防衛戦
一方、現実世界。 神威データシティは、吹雪と炎に包まれていた。 ギガスが最後の足掻きとして、施設の自爆シークエンスを起動させたのだ。 冷却システムが停止し、サーバーの温度が急上昇している。至る所で火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが作動している。 さらに、警備ドローンの群れが制御室を包囲し、レーザーカッターで分厚い防護扉を焼き切ろうとしていた。
「チーフ! 急いで! もう持ちません!」
サラは、武器庫から持ち出したショットガン(暴徒鎮圧用のゴム弾仕様だが、至近距離なら鉄板も凹む威力がある)を構え、壊れた扉から侵入してくるドローンを撃ち落としていた。 彼女の肩は赤く染まっている。流れ弾が掠めたのだ。美しい顔が煤と血で汚れている。
部屋の中央、ダイブポッドの中で、剣崎はまだ目覚めない。 モニター上の彼のバイタルサインは、微弱だが安定し始めていた。仮想空間での戦いは終わったはずだ。 だが、現実の崩壊は止まらない。
ドローンの一機が、サラの防御を突破し、剣崎のポッドに向かって突進した。 自爆特攻だ。ポッドを破壊すれば、剣崎の意識は戻ってこれなくなる。
「させない!」
サラは銃を捨て、体当たりでドローンを弾き飛ばした。 爆発。 衝撃波でサラが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。 意識が遠のく中、彼女は見た。 ポッドのハッチが開き、白い蒸気と共に剣崎がよろめきながら起き上がるのを。
小章② 凍てつく再起動
剣崎はよろめきながら立ち上がった。 現実感が戻らない。視界が二重に見え、平衡感覚がない。脳がまだ半分デジタル空間に残っているようだ。 だが、やるべきことは分かっていた。 ギガスは論理的に封印されたが、物理的なシステムはまだ「暴走」の命令を残したままだ。このままでは炉心融解のような熱暴走を起こし、施設ごと吹き飛ぶ。
彼は這うようにしてメインコンソールに向かった。 キーボードを叩く。指先が火傷しそうなほど熱い。コンソール自体が高熱を発している。 冷却システムの強制再起動コマンド。 権限コードの入力画面が表示される。 『DEITY(神)』ではない。 初期設定のコード。開発当初、彼らが希望を込めて設定したパスワード。
『H.O.P.E(希望)』
「戻れ……! ただの機械に!」
剣崎はエンターキーを叩き割る勢いで押した。 ブウゥゥン……。 重苦しい音が響き、非常用電源が作動した。 天井の巨大な排気口が開き、極寒の外気が猛烈な勢いで吹き込んでくる。 マイナス二十度の北風。 熱暴走寸前だったサーバー群が、急速に冷却されていく。 ドローンたちが糸切れた人形のように落下し、床に散らばった。ギガスの制御が切れ、ただの鉄屑に戻ったのだ。
静寂が戻った。風の音だけが聞こえる。 剣崎は、壁際で倒れているサラの元へ駆け寄った。
「サラ! しっかりしろ!」
「……チーフ……勝ちましたね……」
サラは血まみれの顔で微笑み、そして気を失った。 剣崎は彼女を強く抱きしめ、安堵の息を漏らした。 終わった。 神話的災厄は、人間の意地とコードによって、際どいところで防がれたのだ。




