9:母を泣かせたので、呪いました。でも……
ロビンは、間を置かずに続けた。
「君のまわりの人間の奇妙な現象、それ。君の呪いだよね?」
「……なんでわかったの?」
「消去法だ。だってリオン陛下は優秀な部下を使ってあらゆる原因を調べまくったのにわからない。彼が調べてないのは、残すところ君だけだ。君は魔力がめちゃくちゃ高そうだし」
ロビンは、のんびりと言う。
「……みんな、ボクを疑わなかったのに……」
「みんな忙しそうだったからね。僕は暇だから気づいただけ」
「えええ?」
「そういうこともあるんだよ。で、なんで呪ったの?」
キルミスはゆっくりと膝の上に座り直した。
「……倒れた人たち、母様の酷い噂を流してるから……」
「え、兄上、王妃宮でいじめられてるの?面倒くさ……」
「違うよ。母様は皆から慕われてるよ……。でも、父様の事を物凄く好きな『よこれんぼ』がいて、その人が母様を邪魔だと思ってるんだ」
ロビンは特に驚いた様子もなく、タオルを広げ、甥の髪をまたかき回し始めた。
「父様の事を物凄く好き?でたでた陛下の愛人(笑)か?」
「違うったら! 父様のストーカーだよ! そのストーカーが変な人たちをボクの周りに送り込んで、母様の悪口を言わせてるの」
「横恋慕とストーカーねぇ……。そんな言葉どこで覚えたんだか。で、なんでそんなこと知ってるの?」
「……赤ちゃんの時に聞いた」
「赤ちゃんんん?」
キルミスはコクリと頷く。
「ボク、昔から聞いたこと、見たこと、だいたい覚えてるの。大人って、赤ちゃんの前では何でも話すでしょ。聞こえてないと思って。……ゆりかごの傍で、お掃除をしながら、嫌な感じのメイドが話してたよ」
ロビンは、ぴたりと手を止めた。
「……ああ、それで謁見の時、僕を見て『お久しぶりです』って挨拶したのか。1歳くらいの時しか会ってないのに。……で、その人たちは、兄上――君の母様のどんな話をしていたの?」
キルミスは、遠い記憶を手繰り寄せるように、無感情な声で続けた。
「……『あの王妃は、公爵家の権力で陛下を脅して結婚したんだ』って。本当は陛下には他に好きな人がいたのに、無理やり割り込んで、愛を奪い取っただって……。ボクのことも、『愛のない結婚で無理やり作らされた可哀想な子供』だって、笑いながら言ってた」
「……脅した?交換条件だったんだけどねぇ。本当に嫌なら断れたはずだし。創作意欲旺盛なメイドだねぇ」
「それだけじゃないよ。母様が夜遅くまでお仕事をしていると、『陛下の気を引こうとして必死だ』ってヒソヒソ話すんだ。母様が父様からお土産を貰って喜んでいると、『どうせ中身に興味もないのに、媚を売っている』って」
キルミスの小さな拳が、シーツをぎゅっと握りしめた。
「母様、段々表情がなくなっていくの。泣いたり、父様に言いつけたりする人じゃないけど……それを知ってて、あいつらは母様にわざと聞こえるように何度も言ってたよ。……だから、呪った」
ロビンは、自分の感情が、一瞬だけ凪になったのを感じた。
「……なるほど。そのメイドたちは、わざと兄上の耳に入るように悪意を撒き散らして、心を折りにかかってたんだね。兄上のメンタルが想定より弱ってたのは、これが原因かな。……そういえば、兄上が実家帰りした時、ハーブティのカップの底に気味の悪い『紫色の粉末』が沈んでいたね」
キルミスが驚く。
「ええ! 母様、毒を飲まされてるの!」
「ううん。調べたら『超ダイエット薬』だった。兄上、ダイエットいらないのになぁ、って思ってたんだ。でも確実に体力は無くなるよ。……心を削って、体も削る。念入りなことだね」
「……ボク、その人たちを呪ったのは正解だったんだね。母様をいじめる『敵』だもの。……ねえ、ロビン。母様を泣かせる人は、いらないでしょ?」
キルミスが、吸い込まれるような純粋な瞳でロビンを見上げる。
「……あ、思い出した。ロビンは僕に子守唄、歌ってくれたよね。悪い事をしたお姫様がお城の地下に閉じ込められて、魔王に食べられる、あのお歌」
ロビンは、使ったタオルをリネンバスケットに投げ込むと、保湿クリームを取り出し子供の顔にペタペタと塗り始める。
「懐かしいねぇ。あれ、この辺りに伝わる『子供の為の教訓歌』なんだ。メロディがいいよね」
「……母様が血相を変えて飛んできて、ボクの耳を塞いだね。一緒に入って来たお婆様がロビンを外に叩き出したのを覚えてる。あの時の母様とお婆様、凄い勢いだったね」
「二人とも、足速いよね。あの後、僕、父上に三時間お説教されたんだ」
ロビンは、ウンザリしたように振り返る。
「……ロビンは赤ん坊にあのお歌、教えていいと思ったの?」
「あれは、世の中、優しいことばかりではないっていう誠実な歌だよ。あれでもマイルドな歌詞に変わってるんだけどなぁ」
キルミスは、あきれ果てて深く溜息をつく。
母を泣かせる敵は憎いが、目の前の『善意で子供にカニ大福を食わせ、トラウマ級の歌を歌う叔父』も、別の意味で放置してはいけないと再確認した。
「……まあ、いいや。とにかく、母様の周りには悪い人がいっぱいなの。だからボクは、それをお掃除してるんだ」
キルミスの冷ややかな宣言に、ロビンは、小さく息を吐き、わずかに天井を仰いだ。
――面倒くさいことになってきた、とでも言うように。




