10:ただ守りたかっただけなのに
「歌の話は置いといて、そいつらに聞いたかい? 『誰に頼まれたんだ』って」
「……もちろん、聞いたよ」
キルミスは悔しそうに口をへの字に曲げた。
「でも、みんな口を開く前に倒れちゃうの。黒いモヤが出て、そのまま……」
「尋問不可、か。口封じの呪いも組まれてるのかな」
「うん。だから、誰が命令してるのか、わからない」
ロビンは、しばし沈黙した。
「なるほど。末端だけ潰してる状態か。倒れた人たち、死んでないよね?」
「……加減はしてるから」
それを聞くと、今度は保湿クリームを子供の手足に塗り始める。
「キルミス、その呪い『加減してる』って言ったけど、具体的にどうやってるの?」
『光る首輪』を指先でいじっているキルミスに質問する。
「……ボクが狙った相手を思い浮かべて祈るだけ。そうすると黒いモヤがかかって、その人の体力を吸ったり、髪を白くしたり。でも、死なない程度に止めてるよ。ロビンも試してみる?」
「やってもいいけど、僕の蟹にはやらないでね。それにしても四歳でそんな事できるなんて、さすが、二人の子供」
ロビンは感心したように頷くと、不意に真面目な顔でキルミスを見つめた。
「でもね、キルミス。一つ問題がある」
「……なに?」
首を傾げる甥。
「君は嫌いな奴に呪いをかけて復讐しているつもりだろうけど、本来『呪い』って自分に返ってくるんだよね。でもキルミス、君は守護魔法がかけられているでしょ?」
「……うん」
「そのせいで、『返ってきた呪い』は君の事を一番大切に思っている人へ飛んでいってしまってる」
「一番大切な人?」
「君の母上。君が一番、母親を苦しめてるよ」
「え……」
「母親に全部飛んだから父親は無傷だったね。運のいいこと」
キルミスは、凍りついたように動きを止めた。
ロビンの淡々とした言葉を拒絶したいのに、幼い知性が瞬時に「正解」を導き出してしまう。
自分の呪いが、跳ね返ってきている?
本来、自分が受けるはずだった『報い』は、守護魔法に弾かれ、行き場を失って――。
――ボクが、母様を。
理解した瞬間、キルミスの顔からみるみる血の気が引いた。
「うそ……ボク、そんな……母様を守りたかっただけなのに……っ!」
四歳の子供にとって、「良かれと思ってやったことが大好きな母親を苦しめていた」という事実は、残酷な一撃だった。
「……う、うわあああん! 母様! ごめんなさい、ボクのせいで……っ!あああん」
膝の上で泣きじゃくる王子を見て、ロビンは「ああ、泣かせちゃった」と他人事のように呟き、おもむろに首輪のスイッチを入れた。
『ピカッ!』
「……ひゃっ!?」
首輪が七色に激しく点滅し、キルミスの涙が引っ込んだ。
「何これ……! ホントまぶしい……っ!」
「迷子防止用カイロ首輪(語呂が悪いなぁ)だってば。蟹の目によくわかる光にしてあるんだよね。クラウス先輩の傑作だ」
ロビンは淡々と言いながら、首輪の光量を落とした。
キルミスは、しゃくり上げながらロビンを見る。
「……どうすれば、いいの……? ボク……母様に……」
「んー、とりあえず、君のまわりに渦巻いている悪意、流しに行こう」
ロビンは、あっさりと言った。
「悪意?」
「そう。君の母が呪い返しを受けてるけど、『返還された呪い』は、まだまだ君の周りをうろうろしている」
キルミスは泣きながら目を瞬かせる。
「……返還された呪いが……」
「人を呪わば穴二つ。兄上が幽霊みたいになったくらいじゃ、呪いのローンは利子がついてるから全額返済できないんだよ。だから、これから『一括清算』する」
ロビンはキルミスの額を軽く小突いた。
「……どうやって」
「海に行くよ」
キルミスはぽかんと口を開けた。
「……うみ?」
「そう。流すにはちょうどいい」
ロビンはベッドから降りると、キルミスを抱き上げた。
「行こう」
「ちょっと待ったぁぁ!」
勢いよく飛び込んできたのは、ルイス・ノールだった。彼はロビンの暴走を食い止めるべく王妃に雇われた、いわばお目付け役だ。
「やあ、ルイス。深夜に何の用だい?」
「まだ二一時にもなっていません! 今は陛下からも、あなたの身勝手を見張るよう厳命されているのです!」
「そっか。じゃあルイスも来てよ。蟹に餌をやらなきゃいけないから」
「……カニ?」
キルミスは涙の跡を残したまま、きょとんとした。
「僕のペット。最近さらに成長して魔獣の類いになってきてるんだよね」
ロビンは気にした様子もなく踵を返し、そのまま部屋を出た。
ルイスが困惑した声で呼び止める。
「今から外出する気ですか」
「うん。蟹がお腹を空かせている。さあ。馬車出して」
ルイスは諦めたように小さくお小言をこぼす。
「着替えはさせてくださいね。寝巻きのままではなんか情けない」
ほどなくして、屋敷の前に黒塗りの馬車が用意され、扉が開かれる。
夜道を爆走する馬車の揺れに、ルイスは胃を押さえながら「王族を乗せていい速度ではない」と遠い目をした。
当のロビンは激しい揺れの中でも平然と熟睡しており、その隣で、キルミスもまたぐっすりと眠っている。
(……本当に、このまま海へ行くつもりですか。まだまだ寒いのに、寒中水泳でもさせる気……?)
そんな心配を余所に、少し欠けた月がちょうど天の頂へと差し掛かる頃、馬車は人気のない断崖へと辿り着いた。




